118 これは、ちょっと裸っぽい
(らくーちっ、待って、いまかわるっ、きりっ、あーぎっ!)
(うんっ、あ、あれっ!?)
(あー、なにこれっ!?)
(駄目……今、運動のとこ切り替わったら、あんたたちに痛みが流れる。
だから入れさせない)
喋る間にも、四足獣が襲ってくる。
楽市は削れた左腕の先を、槍がわりに応戦した。
ゴオオオオオオオオンッ
それは直に傷口を叩きつけるようなもので、楽市の神経網に激烈な痛みが流れてくる。
(くうううっ!)
(ああ、らくーちーっ!)
(やめろっ、らくーちーっ!)
(らくーち、すごい……)
霧乃と夕凪が悲鳴を上げる中で、朱儀は傷口をかえりみない楽市の根性に、じーんときてしまう。
楽市は痛みに耐えながら、霧乃たちに笑いかける。
(……私は別に、何もしてなかった訳じゃないんだ……
ずっと抑え込んでたお陰で、随分とコントロールのコツ……分かってきたよ)
楽市は乱れた呼吸を整える、自分の中で暴れ狂う瘴気にも微笑みかけた。
(……さて、反撃するかな……
でも全開だと、折角逃げたシノさんのとこまで届くかも、か……
だとすると、うん……これぐらい……)
楽市はそう言って、抑え込んでいたものを開放する。
すると傷だらけの角つきから、大量の瘴気が噴き出しはじめた。
瘴気は荒れ狂う炎のように、角つきを取り囲む。
(ふわっ、出たーっ!)
(おおすげーっ!)
(あーっ!)
霧乃たちは楽市からの瘴気に流されて、心象内で楽市の周りをくるくると回る。
まるで流れるプールのようである。
先ほどまでの役立たずの薄い繭じゃない、本気のドス黒い瘴気だ。
襲いかかろうとした、四足獣アンデッドが慌てて飛びのいた。
攻めあぐねて、角つきの周りをぐるぐると回る。
楽市は瘴気の激流に身をまかせながら、角つきがしゃに声をかける。
(がしゃ、ごめんね。
あんたの体、ボロボロにしちゃって。
今、治すから……
心配しないで、あんたの体はたぶん崩れない。
トリクミに勝つ。
そのための、瘴気だから……)
楽市の瘴気が帯のようになり、角つきを何重にも取り囲んで収縮していく。
欠損した左腕に、瘴気が巻き付き重なりあう。
頸骨、肋骨、上腕骨、大腿骨。
至る所に瘴気が巻き付いて、骨だらけの体に激烈な変化を起こさせた。
(ふあーっ、なにこれっ!?)
(らくーち、カッコイイっ!!)
(あっ、あーっ!)――やりたいやりたいやりたい
(抑え込んでて、分かったんだけど。
あたしが他の人に取り憑きながらだと、ちょっと色々できるみたいなんだよね……)
痛みが引いてきた楽市は、いくぶん茶目っ気のある笑顔を霧乃たちにおくる。
そこに立つのは、もう巨大スケルトンではなかった。
肉の身を持つ、漆黒の巨人である。
身体の各部に金の流線が施されており、それはまるで金色の河をまとっているようだ。
巨人はそこで堂々と立ち、四足獣を威嚇するのかと思ったら、急にもじもじし出す。
霧乃たちはその変化へ目をキラキラさせただけに、楽市の仕草に我慢ならなかった。
(えーっ、なんでクネクネ、するのっ!? カッコわるいっ!)
(カッコよく、たてっ、らくーちっ! なんだそれーっ!?)
(ふあーっ!)――やらせてやらせてやらせて
(いや、だって……)
漆黒の巨人は楽市と、うり二つの姿をしていた。
白狐である楽市の姿に、こめかみから捻れた角が生え翼を持ち、いつもの尻尾とは違う悪魔の尻尾が生えている。
そして何だか、一糸まとわぬ全裸っぽいのだった。
(これは、ちょっと……裸っぽい)
恥ずかしくて、色々な所を隠そうとする楽市に三人がキレる。
楽市はかりにも、北の森に君臨するボスなのだ。
そのボスが、はかばーの子分たちの前でクネクネしている。
霧乃たちは狩りを繰り返す中で、自然界での強さの序列の重要性を、肌で感じていた。
その重要性を分かっていない楽市に、霧乃たちは眷族として、めちゃくちゃ恥ずかしかったのだ。
(はー、らくーちっ、それが、はずかしーのーっ!)
(らくーち、かくすなっ、だせーっ!)
(ふあああああっ、わーっ!)――かわってかわってかわって
散々な言われように、楽市がふくれる。
(もういいからっ、あんたたちも動かす所に入ってきて。
それと先に謝っておく、ごめん)
何を謝られたのか良く分からないが、霧乃たちもふくれながら、運動を司る領域へ入った。
すると、謝られた理由を一瞬で理解する。
(かっ、かゆいーっ!)
(かゆい、かゆい、かゆい、うそーっ!?)
(や゛ーめ゛ーて゛ーっ!)でもかわってっ
霧乃たちは全身を襲う痒みに、ひっくり返ってしまった。
治りかけの傷口とは、とっても痒いのだ。
(だから言ったでしょ、ごめんねって)
楽市は疲労しながらも、もう一度茶目っ気のある笑顔をおくった――
https://36972.mitemin.net/i586744/