117 ベイルフへ、とんぼ返りする。
「チロ、まめを、たのむね」
「はいっ、まかせて下さいっ!」
夕凪はそう告げて、霧乃たちと共に狐火となる。
その変化を見て、キキュールが目を見はった。
三人は垂直に急上昇して飛び去っていく。
見えなくなるまで手を振ったチヒロラは、いそいそと河原の整備をはじめた。
「ふん、ふん、ふーんっ」
霧乃から、教えてもらったのだ。
お師さまの気分が、悪くなったら「あしゆー」しろと。
言葉の意味は分からないが、流れる水へ足をつけると体にいいらしい。
お師さまがいつでも使えるように、支流のフチにくぼみを作る。
あしゆーポイントである。
チヒロラが自分の頭ぐらいある石を、ポイポイ投げていると、キキュールから声をかけられた。
「チヒロラ……」
「はい、なんですかー」
キキュールは、なぜか固い表情をしていた。
「あの子供たちは、一体何者なのだ?
いま私には肉の身の“土属性”を、 一瞬で火属性へ変換したように見えたぞっ。
属性相転移は、軍事機密レベルの秘儀だ。
何で、あんな小さい子供たちが使える?
それとも、持って生まれたスキルなのか?
そうであるならば、どこぞの高位悪魔か何かなのか?
あの子たちは、一体何というアンデッドなんだ!?」
「種類ですかー? えっと確か、らくーちさんが(あやし)って言ってました」
「あやし?」
「はい、それとチヒロラも、(あやし)なんだそうです。えいっ」
そう言ってチヒロラは、キキュールの前で鬼火となった。
「ふふふ、どうですかー」
「なーっ!?」
*
だいぶ傾いた日差しが、西の空をオレンジ色に染め上げる。
山々はすでに影へ隠れて、黒々だ。
狐火たちは高度を保ち、フリンシル川を北上した。
「もう、おわってる、かも」
「そーだなー」
「えー、つまんないっ」
三人は、お互いの風切り音が聞こえる距離で、螺旋をえがき合いながら飛んでいく。
ベイルフに近付いてくると、その周りで燃える山火事もハッキリと見えてきた。
黒々とした山の中で、陽光とは別のオレンジが山肌を舐め上げる。
「くうっ、広がってるよ、うーなぎっ」
「分かってるってっ」
「あっ、きり、うーなぎ、がしゃがっ!」
最初に気付いた朱儀が、叫びながら鬼火を激しくバーストさせた。
続いて気付いた霧乃と夕凪も、角つきがしゃを見て、激しく火花を散らせる。
「あーっ、何やってんの、らくーちっ!」
「らくーち、うごけーっ!」
「わーっ、わーっ!」
尻尾を、発現させたはずの楽市。
その力を大いに奮っているかと思えば、何もしていなかった。
角つきから黒い尻尾が出ているはずなのに、どこにも見当たらない。
ただ角つきの周りを、うっすらとした瘴気が取り囲み、黒い繭のようにみえた。
角つきはじっとうずくまり、襲いかかる四足獣アンデッドたちから、一方的に攻められている。
角つきを覆う瘴気が、何かの役に立っているかと言えば、何の役にも立っていなかった。
四足獣は苦もなく瘴気を蹴散らし、襲いかかっている。
角つきは腕をふるい最低限の防御はしているが、全身傷だらけだ。
特に、両腕の 防御創がひどい。
左手は手首から先がなく、残された腕の骨は、粗く削られた鉛筆のようになっている。
翼や尻尾は嚙み砕かれて、もう無かった。
「わーっ、らくーちっ!?」
「らくーちっ、なんでっ!?」
「やだ、やだ、やだっ!」
三人は炎を乱しながら角つきへと向かい、絡まるように角つきの頭蓋へ、一緒に飛び込んだ。
飛び込んだと同時に叫ぶ。
(らくーち、何やってんのっ!!)
(どうしたっ!?)
(うわあああっ!)
(あ……あれ? あんたたち、来てくれたの……)
心象から伝わる、楽市の体はボロボロだ。
取り憑く者は、取り憑いた相手の受けるダメージが、そのまま伝わってくる。
アンデッドである角つきがしゃが、痛覚をもたなくても、楽市の痛覚がそれを痛みとして、楽市に伝えてしまう。
噴き出す尻尾の瘴気で、修復できるはずなのに、楽市はそれすら抑え込み拒んでいた。
シノたちへ瘴気の伝播が遅く、霧乃たちが逃げ切れたのは、楽市が傷すら修復を拒み、瘴気を抑えてくれたお陰だったのだ。
慌てふためく霧乃たちに、楽市が聞く。
(……シノさん、ちゃんと逃げれた?)