116 すごい弱い、でも、かっこいいっ!
ベイルフのそばを流れる、フリンシル川。
石畳の神輿は瘴気から逃れるため、その川に沿って南下していった。
かなりの距離を走り抜け、楽市の瘴気が十分に感じられなくなった所で、石畳はとまる。
霧乃たちはフリンシル川に合流する、支流のそばで御輿をおろした。
「あーぎ、おねがい、ここら辺、たいらにして」
「うんっ」
霧乃に頼まれた朱儀が、河原の石を叩きわり強引に整地する。
残りの三人が整地された場所に、石畳の神輿をそっと置きなおした。
べちゃり。
額におかれた濡れた布の感触で、キキュールは目を覚ました。
全く絞られていないため、こめかみや鼻の脇へ水がつつーっと流れていく。
それが虫が這う感触に似ていて、とっても不快だった。
「……こういうものは、固く絞るものだと思うぞ」
キキュールが話しかけると、布をのっけた夕凪が首をかしげる。
「え、そうなの?」
体がだるいので、額に置かれた布をどかす気にまではなれない。
目だけ動かして胸元を見ると、そこにはシノではなく豆福が寝ていた。
キキュールの形の良い胸に、顔をうずめて気持ち良さそうである。
「ん?」
「つかれてるから、ねかせといて。
おしさまは、となりだよ」
夕凪にそう言われて、首を少しだけ傾ける。
そこにはちゃんと絞った布を額に置かれた、シノが横たわっていた。
傍にはチヒロラが座っており、ちょうど目が合う。
チヒロラが、泣きあとの残る顔で笑った。
「キキュールさんっ、お師さまのボロボロが、止まりましたっ!
まめさんの、おかげですーっ!」
ホッとすると、なぜか涙が出でしまう。
チヒロラはキキュールと目が合って、真っ赤になった鼻をまたズズーっとすすった。
「まめ? ああこの子か……」
キキュールは自分の胸で眠る、黄緑色の髪をした幼子をみる。
逃げる間一人だけずっと、難しい顔をしていた少女だ。
キキュールは豆福がずっと自分の手に、触れていたことを覚えている。
そのせいか空気を抜かれた風船のように、右手がペラペラとなっていた。
しかしこの程度なら、すぐに修復できる。
キキュールが動く左手で、豆福の髪に触れていると、霧乃たちの会話が聞こえてきた。
「じゃあ、いこっか」
「よしっ、いくかー」
「わーっ、はやくいこっ!」
キキュールがどこへ行くのかと思っていると、チヒロラが説明してくれた。
「きりさん達はこれから、らくーちさんを助けに行くんですっ」
「らくーち?」
それは赤い瓦屋根を渡るときに、聞いた名前だった。
「その者が、今危ないのか?」
「いえ多分、大丈夫らしいですっ」
キキュールが不思議がると、霧乃、夕凪、朱儀の三人が説明してくれる。
「しっぽ、でてる、らくーちに、勝てるのは、いないよ。でもねー」
「なー、らくーち、だもんなー。
ぜったい、わーわー、言ってる」
「わーてっ、いってるっ!」
キキュールが聞いてもいないのに、三人が楽しそうに楽市の話をする。
「すっごい、よわいっ!」
「でも、かっこいいっ!」
「でも、すきーっ!」
一通り話した後、
少女たちは火の玉となり、オレンジ色に染まる空へと飛び立った――