114 ベイルフで、迷う
外へと通じる、南城壁の大門。
そこには家財道具を詰め込んだ荷車が殺到して、大渋滞を起こしていた。
城門付近はもちろんのこと。
そこへたどり着くまでの中央道が、かなりの長さで渋滞し塞がっている。
それらが皆、動く様子を全くみせない。
荷車を引く、四足獣。
そして、その所有者であるダークエルフ共々、ことごとく息絶えていたからだ。
巨大な幽鬼が、街にみっちりと堕ちたとき。
獣人ばかりでなく、民間のダークエルフも死んだのだろう。
民間のダークエルフたちに支給されていた、対瘴気用のマジックアイテムでは、ゼロ距離の瘴気まで防ぐことはできない。
それぞれの身につける青い鉱石が、みな砕け散っていた。
霧乃と夕凪は、その有様をみて途方に暮れる。
「これぜんぶ、どかす?」
「むりっ」
「うーなぎ、別のとこ、いこ」
「うん」
石畳の神輿はわきの道へと入り、迂回路をさがす。
しかしどこでも、荷車が邪魔をして通れないのだった。
「うわー、うーなぎ、ここせまい、とおれないっ」
「よし、もどるっ」
「あれ、うーなぎ、ここ先がないっ」
「うーっ、もどろっ!」
霧乃たちは、狭い道やら袋小路へ迷い込みルートを探す。
その間、よゆうだと思っていた瘴気が、すぐそこまで来てしまった。
それを肌でじんわりと感じ、みんなで慌ててしまう。
ただ迫りくる瘴気が霧乃たちにとって、気持ち良さそうなのが困りものである。
そうこうしていると、御輿がまた住宅の行き止まりに、入り込んでしまった。
三方を取り囲む、薄暗いレンガの壁をにらみつけて、担ぎ手の四人は振りかえる。
どんどん近付く瘴気を感じて、チラリと心情がこぼれてしまう。
「ごくりっ」
「気もちよさそう……」
「あーぎ、がまん……するっ」
「わーっ、皆さん後でお願いしますっ。
後でおねがいしますーっ!」
豆福だけが、それどころでは無い。
夏の日差しの中で、瘴気の濃いところをザブリと浴びたら、どんなにスカッとすることか……
「わーっ、皆さん、足を止めないで下さいっ。
後ろへ下がりますっ、後ろへ下がりますよーっ!」
そんな四人へ、神輿の上から声がかかる。
「子供たちよ……石畳につかまってくれ」
「ん、なに?」
夕凪が聞き返そうとする前に、呪文を唱えるキキュールの声が響く。
「物理浮遊っ」
その声とともに、石畳の御輿がふわりと浮かんだ。
みんなで慌てて、石畳にしがみつく。
「うわーっ」
「ういてるっ」
「わっ、まってまってっ」ぴょん
「キキュールさん、大丈夫なんですかっ!?」
「ああ……お陰でだいぶ、体が動くようになってきた。
君たちしっかり、掴んでいてくれ。
このまま、屋根までいく」
キキュールは何とか動くようになった左手で、魔法陣を手元に描き、石畳をあやつる。
ゆっくりと上昇する石畳。
レンガの壁を上がりきると、そこは赤い瓦屋根の海だった。
昼をだいぶ過ぎたとはいえ、まだ日は高い。
夏の日差しが照りつけて、独特のオレンジがかった赤が眩しかった。
その瓦屋根がリズミカルに連なり、ずっと南の城壁まで続いている。
神輿にぶら下がる霧乃たちは、大喜びだ。豆福は、それどころでは無い。
霧乃がうっとりとして、つぶやいた。
「とっても、きれい……」
四人はこのまま、大空へ飛び立つのかとワクワクしたが、そうでもなかった。
ふわりと行く。
だがゆっくりで、軌道も不安定だ。
「すまない……
今の私には、これが限界だ……」
キキュールが苦しそうに、声を絞り出す。
そう言っている間にも、石畳がゆっくりと降下してしまう。
それを見て、夕凪が気にせず答えた。
「だいじょーぶっ。
ねえこれ、軽いままに、しといてくれる?」