111 カニポイとは、ちょっと違うのです。
夕凪とチヒロラが慌てる横で、霧乃がちょっと考え込む。
何か思いついたのか、霧乃はハッとしてチヒロラに尋ねた。
「チロ、すっちゃえば、いいのっ?」
「そうなんですーっ」
「わかった、チロ、すぐとんで。
あーぎと、まめ、持ってきてっ」
「えっ?」
「はやくっ、このなかじゃ、チロが、いちばん早いからっ!
あっちにいるからっ、
がしゃの中っ、
まっすぐ、いってっ、
すっごい早くいってっ!」
「はいーっ!」
チヒロラは弾かれたように鬼火となり、霧乃の指差す方向へとんだ。
霧乃たちの狐火よりも一回り小さい鬼火が、弾丸のような速さで壁をつき抜けていく。
チヒロラは飛ぶことを覚えたばかりだが、はかばーに向かうさい、誰よりも速く飛んでいた。
あまりにも速いため、一本の朱い線に見えてしまうほどだ。
チヒロラは、どうして連れてくるのか分からない。
でもそれは、きっとお師さまのためになる事だ。
チヒロラは、そう信じて飛んでいく。
けれどチヒロラは、お師さまと離れるのが不安でたまらなかった。
だから早く行って、早く帰る。
――早く、早く、早く。
チヒロラはその想いで、更にスピードを上げていく。
あっという間に、ベイルフの城壁までたどり着き突き抜ける。
開けた視界に映るのは、辺り一面で燃えさかる山火事だ。
その手前で巨大な幽鬼と絡み合う、がしゃが見える。
チヒロラは迷わず、角つきのこめかみを撃ち抜くように入り込んだ。
入ってすぐに、朱儀と豆福の名をよぶ。
(あーぎさんっ、まめさんっ!)
(あー、チロだー、うにゅ?)
(チー、だー)
(チヒロラ、どうしてここに!?)
(あっ、あっ……)
チヒロラは驚く楽市に説明しようとしたが、焦って言葉が出てこなかった。
早くお師さまの元へ、帰りたいのだ。
(うーっ、ごめんなさいっ)
チヒロラは説明をぶん投げて、朱儀と豆福へ襲いかかった。
(わーっ)
(ふぁーっ)
(ごめんなさーいっ!)
チヒロラは二人を包み込むと、すぐに外へ飛び出していく。
一人残された楽市は、何が起きたのか全く分からなかった。
(なっ!?)
飛び出した朱い弾丸は、来た道をまっ直ぐにもどる。
直線だ。
午前中、はかばーに着くまで寝ていた朱儀と豆福は、チヒロラの速さを初めて知り大喜びである。
(わーっ、はー、やー、いーっ)
(ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ)
豆福は多分、すり抜ける音を声まねしているのだろう。
とても楽しそうである。
帰りもあっという間に着いて、地面へ着弾する前に姿を戻し、転がるように着地した。
むしろ転がる。
むくりと起き上がり、霧乃に報告だ。
「もってきましたーっ!」
「ありがとっ、あーぎ、まめっ、出てきてっ!」
「うにゅー、ついたの?」
「きりだー、うにゅ?」
朱儀と豆福が霧乃に呼ばれて、おっくうそうに出てきた。
二人ともぼんやりとして、まるで緊張感がない。
チヒロラから出ると、ぺたりと座り込んで寝転がろうとする。
それを見た霧乃と夕凪が、顔を見合わせた。
「うーなぎ」
「はいよー」
霧乃と夕凪は、それぞれ手をニギニギする。
「うにゅ?」
「にゅ?」
朱儀と豆福は、寝そべりながら小首を傾げた。
その直後、瓦礫だらけの通りにかわいい悲鳴が響くのだ。
「「 ぎゃあああああああああああーっ!」」
自分がなぜここに居るのか、分からない二人は、脂汗を流し辺りをキョロキョロする。
「あれ、ここどこー?」
「ふあー?」
霧乃が、そんな朱儀と豆福に語りかけた。
「きいてっ、みんなで、おしさまを、助けるよっ!」
*
「「「「 よいしょっ、よいしょっ 」」」」
霧乃たちは、南地区へと通じるゲートをくぐり抜ける。
通りに敷かれていた石畳を、神輿のようにかつぎ全力で走っていた。
石畳の上には、シノとキキュールが横たわっている。
石畳は二人が寝ていた部分を、そのまま使っているのだ。
石畳一枚は子供の顔位の大きさしかないが、それをとある力で繋ぎ止め、一枚の大きなプレートにして担いでいた。
石畳神輿の前方、左手を担ぐ夕凪が走りながら叫ぶ。
「おーい、石さまっ!
こっちの石、はずれる、なんとかしてっ」
それを聞いた後方を受け持つ朱儀が、自分の頭にのっかる、石さまたちに通訳した。
「ゆー、ちゅー、ち、つっつけて」
石さまとは、灰色のスライムみたいな「国つ神」のことである。
ただ霧乃たちは未だに、石さまが国つ神だと信じていない。
朱儀から通訳された石さまたちが、朱儀の頭の上で腰らしき部分をふる。
すると石さまの「引っぱる力」が強くなり、夕凪の担ぐ部分がしっかりと固定された。
「ありがと、石さまっ」
「ゆー、ちゅー、ち、あんとー」
朱儀から夕凪の「ありがとう」を通訳されて、石さまが頭らしき部分を、うなずかせる。
今のところ石さまと、音声で通じ合えるのは、朱儀だけである。
石さまの鎮座している所が、朱儀の服のすきまなので、ずっとくっついている間に、妙な繋がりができたらしい。
いつの間にか、変な言語で朱儀と石さまは通じ合っていた。
前方・右手を担ぐ霧乃が、神輿の上にのる豆福へ声をかける。
「まめ、どう? ちゃんと、すえてる?」
「んー、……できるー」
「ぜんぶ、食べちゃだめだよっ、もやもや、するとこ、だけっ」
「う……んー」
豆福の返事は、かなり自信なさげだ。
豆福の脇には、折り重なって横たわるシノとキキュールがいる。
豆福はシノとキキュールに手を当てて、カニポイの要領で二人を食べているのだった。
「んー?」
ただカニポイと比べて勝手がわからず、かなり食べずらそうだ。
豆福はドレインタッチくんの代わりに、瘴気を吸い取っているのである。
「あれっ、ん゛ー?」
かなり、むずかしそうな顔をしている豆福に、みんなの声援がとんだ。
「まめなら、できるっ!」
「まめ、つよいっ、カッコイイっ!」
「まめ、だーいすきっ!」
「まめさん、お願いしますっ、おねがいしますーっ!」
みんなに、褒められてしまった。
これはいけない、豆福の顔がゆるんでしまう。
豆福はホクホク顔で、言い切るのだった。
「うんっ! でーきーるーっ!」
「よし、えらいぞ、まめっ。みんなっ、このまま――」
夕凪が気合を、入れようとしたその時。
後方で、音の無い大爆発がおこった。
それは聴覚でなく、五感すべてで感じるもの。
黒く揺れるカゲロウのようなそれを、霧乃たちは全身で感じ叫んだ。
「「「 でたーっ! 」」」
「たーっ!」
「でちゃいましたーっ!」