109 途中放棄は、許されないのです
幽鬼の首輪から解放された四足獣たちが我に返り、城壁にくっつき縮こまっていた。
角つきからボコボコに殴られた記憶が甦り、もう戦意を喪失している。
角つきと幽鬼。
今はどちらが勝つのか、ジッと見つめていた――
*
((わーっ、らくーち、まってまってっ))
(ん゛ん゛ー、なにっ?)
霧乃たちの声で気がそれる。
今はしっかり、集中したいところだ。
楽市はそう何度もなんども、知らぬ間に尻尾が出ているなんて嫌なのだった。
(チロが、ないてるっ)
(おしさまが、しぬって、ないてるっ)
(えっ、シノさん? あっ!)
楽市は大変なことを、ど忘れしていた。
幽鬼の精神攻撃に対抗することばかり考えて、すっかりシノとキキュールの事を忘れていたのだ。
シノたちは、アンデッドである。
今ここで、尻尾を出せばどうなるか?
二人は確実に、尻尾の瘴気で粉々となるだろう。
(あっ、ヤバイっ!)
(やめて、らくーちっ!)
(とめろ、はやくーっ!)
(そんなこと言ったって、止め方なんて分かんないよっ。
あたし感じようとしてる、だけだものっ)
(いーから、とめてっ)
(できるから、ほら、できるからっ)
(えーっ!)
急に慌てだした楽市たちが、朱儀と豆福には面白くて、笑い転げてしまう。
特に楽市が何かをガマンするように、踏ん張っているところが面白すぎた。
(ふぬぬっ、ぐわーっ。止まれ、止まれ、止まれーっ!)
(あはははっ、なにそれー!?)
(にゅふふ? あはははーっ!)
楽市が強く念じても、せり上がってくる感覚が止むことは無い。
(わっ、止まんないよっ!)
(わーっ)
(どーすんの!?)
(こーするっ!)
楽市はそう言って、がしゃの中から狐火となり飛び出そうとする。
シノたちから、できるだけ離れるのだ。しかし出来なかった。
うまく狐火になれず、飛び立つことが出来ない。
(ぐっ、なんでよっ!?)
楽市は、直前まで何と言っていたのか?
――こんな負け方絶対に許さない
その望みを叶えるため、楽市の内側から力が顕現しようとしているのだ。
途中放棄は許されない。
歯を食いしばる楽市は、笑い転げる朱儀に声をかけた。
(朱儀っ!)
(うにゅー、なになに? ぷふーっ)
(もういいから、トリクミ止めちゃおうっ。
がしゃに、体を返してあげてっ)
(やったっ、いいの?、はいどーぞー、うにゅ)
朱儀が素直に、がしゃへ体を戻す。
急に体を戻されたので、がしゃは戸惑っている。
そんながしゃに、楽市が叫ぶ。
(がしゃお願い、ここから飛び立ってっ)
(??)
(翼はあんたしか使えないっ。お願いここから離れてっ!)
楽市は尻尾を止められないと判断し、がしゃごと移動するきだ。
(早くお願いっ。ぐっ……止まらないの、お願いっ)
(!!)
がしゃは、楽市の心象へ跳ねるように反応して、翼を大きく広げた。
骨だけのスカスカな翼に力場を発生させ、力強く羽ばたく。
翼の起こす爆風で、周りのガスが吹き飛んでいった。
ばさりっ ばさりっ ばさりっ
ベイルフの城壁を越え、大空へ飛び立っていく。
(よしっ)
(やったっ!)
(いけ、がしゃーっ!)
しかし幽鬼は、それを逃がさない。
ガス体から再び、半霊半物質の状態へ移行する。
幽鬼は触腕を伸ばし、がしゃの足に絡ませた。
バランスを崩したがしゃは、ベイルフのすぐ傍に落下してしまう。
ベイルフの城外で、うろついていた大量のアンデッドが、角つきの下敷きとなり白い砂と化していく。
(くっ、駄目っ。 ここじゃまだ近すぎるっ!)
(わー、らくーちーっ!)
(もう、だめだーっ!)
(霧乃っ、夕凪っ! まだ諦めちゃだめっ)
(どーすんのさっ!)
(らくーちーっ!)
(あんたたち、がしゃから出てシノさんの所へ行ってっ、二人を運んであたしから離れて、早くっ!)
(あーっ、わかったっ!)
(すぐいくっ!)
霧乃と夕凪は狐火となり、チヒロラの声のする方向へ飛び立った。
ベイルフの城壁を、すり抜ける。
あらゆる障害物を、いっさい無視して突っ切った。
直線だ。
(お願い、早く逃げてっ!)
楽市は、顔を真っ赤にして叫んだ――
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ちょっと早いですが、タコ姉さま、お誕生日おめでとうございます。(・v・)