107 シノの告白
「君は瘴気を、取り込み過ぎたんだよ……」
「シノ喋るなっ、ジッとしていろっ」
「あー? お師さまがー?」
「大丈夫、ジッとしているさ。
喋るには問題ない。
キキュール聞いてくれ……たのむ」
「たのむだとっ」
キキュールはその言い方が、気に食わなかった。
まるで最期みたいではないか。
――やめてくれ、やめてくれ
キキュールはそう願うが、シノは止めない。
チヒロラが、その横で涙を流し固まっている。
チヒロラは北の沢で触れたアンデッドが、ボロボロと泡のように崩れたのを思い出していた。
「あー? お師さまー? お師さまー?」
「キキュール……
北からの瘴気は、純粋な負の力ではないんだよ。
その中には、生命の力強さも含まれているんだ」
「シノ……」
キキュールはシノに話すのを止めさせたかったが、もしこれが本当に最期だったらと思うと、これ以上強く言うことが出来なかった。
吸う必要のない呼吸を整えて、シノの言葉に耳を傾ける。
「負の力と生命力……
折り合うはずのない二つが、共存している。
しかしそれが実際に、北の森で起きているんだ。
なぜなのか、私には分からない。
キキュール……
君はその力を、私との千里眼により、眼窩から大量に摂取し続けたんだ……」
「千里眼……だと?」
「ああ、そうだ……
その結果、君の中に“本物の情動”が発現した。
模倣した仮面ではない。
君の内側から、にじみ出る情動だ。
キキュール……
君は北の森の力により、内面が変化している。
半年前の君とは別個体と言えるほどの、劇的な変化を起こしているんだよ」
「私が別個体? ばかな……」
「そして情動を得た君は、今その意識で初めて世界を見ている」
「ばかなっ……では……ではお前もそうなのか!?」
「ああ、そうだ……
私も変化した意識で、世界を見続けている。
その初めて見る世界で、私は傍にいるものに情を感じるようになった。
これは鳥類に見られる、“すりこみ”に近いかもしれない。
私にとって、それがチヒロラだったんだ。
今ではアンデッドの私が、チヒロラを我が子のように育てている。
キキュール……
私にとってチヒロラが、すりこみ対象だったように、君にとってのそれは、この街の獣人だったのだろう。
それが今の、君の困惑の正体だ。
キキュール……
君はこの街の獣人に情を抱き、本当に大切だと思っているんだよ……」
「私が、この街の獣人をっ……」
「すまない……
私が北へ行くと言い出さず、千里眼通信をしていなければ、君がこんなに苦しむ事はなかっただろう。
そして私は、君の大切なものを守れなかった。
すまない……」
「シノっ」
「キキュール……
君の大切なものを守れなかったのに、頼めることでは無いかも知れないが、もし私に何かあったらチヒロラをたのむ。
育ててやってくれないか?」
「あー? お師さまー? あー?」
チヒロラは涙を流しながら、首を激しくイヤイヤし続けた。
「あーーーーーーっ」
「ばかを言うなっ、自分で育てろっ!
なぜ私へ、先に結界を張ったっ?
なぜそんなばかな事をっ!」
「キキュール……
私にとって、君もそうなんだ。
初めて見る世界で、私は君を千里眼で見ていたんだ。
私の傍にいてくれる、大切な人なんだ……」
「シノっ」