105 お師さまとチヒロラの、カニポイ攻撃
「話せっ、今すぐ話せ、シノっ」
キキュールは、自分を抱くシノの胸を何度も叩いた。
「キキュール、暴れないでくれ。君を落としてしまう」
シノはキキュールを抱き、チヒロラを背にしがみ付かせて、飛行中なのである。
「うるさい、今すぐ話せっ。
お前のせいとは、どういう事だっ。
私がこの、“気になり” にどれだけ困惑しているか分かるか?
話せ、話せ、話せっ!」
「分かった、暴れるな話すから」
揉める二人に、チヒロラが声をかける。
「お師さま、あれっ!」
チヒロラの指差す地上に、多くの獣人が集まっていた。
皆、北地区と南地区をへだてる壁の前で、ぐったりとしている。
ベイルフを囲む城壁とは別に、ベイルフ内には、幾つか地区を切り分ける壁があるのだ。
地区を切り分ける壁に、地下へ通じる入口があるのだが、そこが崩れて瓦礫に埋まっている。
獣人たちは何とかそこまで辿り着いたものの、瓦礫を見て力尽き、うずくまっているのだった。
「ああっ、地下への入口がっ」
キキュールはそれを見て、悲痛な声をあげた。
そこには、あの双子と母親の姿も見える。
「お師さま、あのウニョウニョが、いっぱい来てますーっ」
チヒロラがシノの襟首をつかみ、身を乗り出して叫ぶ。
チヒロラの声で見れば、謎のアンデッドが様々な方向から、瓦礫の山をこえて進み、ゆっくりと獣人たちへ近付いていた。
ざっと見て、二〇体はいる。
建物の影で、見えないのもいるだろう。
「ああっ、あんな数を、どうすれば!?」
叫ぶキキュールに、シノが囁く。
「大丈夫、私に任せてくれ」
「シノ?」
シノは獣人の顔をニヤリとさせて、チヒロラに指示を出す。
「チヒロラっ、炎を頼むっ」
「はい、お師さまっ!」
チヒロラは手のひらから前方へ、血のように朱い炎を出した。
「この、炎の色はっ!?」
キキュールが驚くと、シノが説明してくれた。
「チヒロラの炎は地獄の炎に近くてね、これを使うと魔法の過程を、色々すっ飛ばせるのだよ」
シノはキキュールを左手に抱き直し、右手で素早く魔法陣を描いた。
そしてチヒロラの炎を触媒として、火属性魔法を発動させる。
「火焔縛鎖っ」
シノの右腕から、太い火焔の鎖が出現する。
その先が何十にも分かれて、夜の街へ伸びていった。
伸びた鎖が、芋虫のようなアンデッドに絡みつき縛りあげる。
シノは辺りを飛び回り、建物の陰で見えなかった個体も、次々に縛り上げていく。
その数は四十五体。
シノは右手の鎖を、ゆっくりと巻き上げていく。
「むふんっ」
キキュールがシノの手際を見て、信じられないと言った顔をする。
「シノ、お前……なんて魔力量を……」
火焔縛鎖は一本だけでも、かなり魔力を使う。
それを一気に四十五本など、並のエルダーリッチならば、とっくに魔力が空となり、気絶しているだろう。
シノはちょっとだけ、自慢げに話す。
「ふふふ、だてに北で瘴気をため込み続けた、訳では無いからな。
それにチヒロラのお陰で、魔力消費はかなり抑えられているのだよ」
巨大幽鬼のリードから生まれたアンデッドたちが、建物や瓦礫の間から引きずり出されて宙に浮いた。
吊り上げられた四十五体が、炎に身を焦がされて悶えている。
太い鎖の下でまとまった炎は、暗闇に浮く巨大な篝火のようだ。
「チヒロラ、仕上げを頼む」
「はい、お師さまっ」
チヒロラが身を乗り出して、シノの右手にぶら下がる鎖へ朱い炎を流し込む。
するとアンデッドを縛る鎖の温度が、一気に上がった。
縛られたまま、燃え尽きていくアンデッドたち。
チヒロラは沢であぶったカニポイを思い出し、目をキラキラとさせた。
「わーっ」
シノとチヒロラ。
二人の連携攻撃に、キキュールが目を見張る。
そんなキキュールの瞳に、離れた所で立ち昇る五つの火柱が映った。
「あれは、何!?」
キキュールが指差すと、シノとチヒロラもそちらを見た。
「ん、何だあれは?」
シノが首を傾げる後ろで、チヒロラがぴょんと跳ねる。
チヒロラは、その光の色に見覚えがあったのだ。
「あー、チヒロラ分かりましたっ! あの火の色はですねーっ」
チヒロラが二人に説明しようとした時、夜空が震えそのまま落ちてきた――