103 もうちょっと、早くしていいよっ!
霧乃と夕凪からも、あきれ返った心象が飛んできた。
(あー、やっぱりね、そんな気がしてた)
(あーぎ、かてんのー? 今からでも)
(???)
豆福は、よく分かってない。
朱儀は慌てて姉たちに、しがみ付く心象を送った。
(わー、ちゃんと、やーるーっ。
やだやだやだ、こっちが、いいのーっ)
(もー)
(なんだよ、もー)
(!?)
豆福はいきなり始まったいざこざに、キョトンとしてしまう。
楽市は、そんな状況を見て少し考える。
(ふーむ……)
これから動きを合わせてやるって時に、まずいと感じたのだ。
なので、しようがないなと思いつつ、瘴気の濃度をもう少し上げる。
プシューッ
(あっ)
(うひょっ)
(あーっ)
(ふぁ?)
霧乃と夕凪の、好戦的な血がさわぎ始めた。
(でもあーぎの、そういうとこ、好きかも。あーぎって、かんじっ)
(やるなら、かてっ。うーなぎが、付いてるぞっ)
(きり、うーなぎ、いいのっ?)
(しょうがないなー、やっちゃえっ!)
(おもいっきり、なぐれっ!)
(あー、がんばるっ!)
(ふあっ、きり、うーな、あーぎ、もー)
朱儀は姉たちに許されて、心象の中でピョンと飛んだ。
豆福はいきなり始まった嫌な空気が、いきなり終わってホッとしていた。
楽市もとりあえず、場の空気が戻ってホッとする。
しかしちゃんと、釘を刺すことは忘れない。
(朱儀そう言うことは、ちゃんと前もって伝えること。
狩りをするときも、信じあう事が大切でしょ。
それを乱しちゃ駄目。いいねっ)
(わーっ、ごめんなさいっ)
(それと、これはトリクミだからね、殺しちゃ駄目。)
(うん、わかったっ!)
(よし、じゃあ行ってこいっ!)
*
四足獣アンデッドたちは、頭の中から炎が消えても、警戒して角つきから距離をとった。
じりじりと、角つきの周りをまわる。
そこでちょっと、首を傾げてしまう。
角つきの動きが、何やら妙なのである。
手足を、上げたり下げたりしている。
四足獣が真後ろに回っても、妙な動きを止めない。
隙だらけなのだ。
四足獣は一体が正面で、角つきの気を引きつつ、もう一体がその背後から襲い掛かった。
もう少しで頸骨に食いかかれるという瞬間、角つきの肘が四足獣の鼻先に入る。
声が出せるならば、四足獣はキャンッと鳴いたことだろう。
鳴き声の代わりに、ゴオオオオンッと釣鐘のような音がする。
四足獣は飛びのいて頭をふり、首を傾げた。
不思議な一撃だった。
打撃はそれほど強くなかったが、気付けば鼻先に肘があって、四足獣は自分から当たったような気がしたのだ。
もう一度ようすを窺い、背後から飛びかかる。
するとまた目の前に肘があり、四足獣は自分から鼻先をぶつけてしまった。
まずは合わせるだけ――
朱儀はそれに徹する。
四足獣に必要最小限の動きで、拳を合わせる。
朱儀は、霧乃と夕凪が自分の動きに慣れるまで、カウンターに徹した。
四足獣が、飛びかかってくる。
朱儀は拳を軽くにぎり、最短で当たるポイントへ拳を「置いた」。
そこへ吸い込まれるように、四足獣の鼻先が当たる。
相手の爪は、最小限の動きでかわす。
かわせなくても良い。
爪の打撃点。
その芯を外す。
それだけで、威力のない攻撃になる。
そうしておいて、拳や肘を最短のポイントへ置いていく。
拳を置く。
ゴオオンッ
肘を置く。
ゴオオンッ
膝を置く。
ゴオオンッ
(なにこれ、おもしろいっ)
(あーぎ、すげー)
(あはは)
だんだん霧乃と夕凪が、朱儀の動きに慣れてきたようだ。
霧乃と夕凪が、朱儀にさいそくしてきた。
(もうちょっと、早くしていいよっ!)
(いけいけ、もっといけっ!)
(うんっ)
朱儀は言葉に甘えて、軽く腰を落とした。
体重を拳にのせる、準備をする。
打撃の威力が弱いと勘違いして、正面からくる四足獣に向け、朱儀は拳を固くにぎり渾身の右フックを放った。
今度は置くのではなく、そのポイントへ向かって思い切り振りぬく。
四足獣の自重と朱儀の拳が、四足獣の顎さきで爆発した。
四足獣の顎が外れ、回転しながら吹き飛ばされていく。
殺しはしない。
これは、トリクミだからだ。
けれど殺意を込めつつ、四足獣を殴り飛ばしていく。
何度も何度も殴り、相手の体に分からせてやる。
この朱儀が、一番強いことを――
朱儀はそう考え、拳をにぎにぎする。
(あはは)