ジェジェの摩訶不思議な旅
前述の私と先生のやりとりに対して首を傾げる人が殆どと思われるので、少々説明を加えることにしよう。
私と先生のもといた世界では漫画というものが存在する。漫画とは簡単に言えば絵を用いたフィクションのことだ。こちらの世界では物語を描くとき基本的には文字しか用いないが、漫画はそれをより視覚的にしたものと言える。一枚の紙の中を何分割かしてマスをつくり、その中にキャラクターやセリフなどを描写することによってより臨場感の高い表現を可能としている。文字だけの本より分かりやすさや迫力などといった面で圧倒的に優っており、元の世界において、より大衆受けの高い芸術として広く嗜まれていた。
その漫画の中でも特に人気のあったものの1つが「ジェジェの摩訶不思議な旅」、通称「ジェジェ」だ。だいたいこちらの世界の本でいうところの「100万回転生した男」や「走れバルス」ぐらい人気があっただろうか?読んでない人もいるが、まあタイトルを一度も聞いたことがないという人はほぼいないだろう。そのぐらいの知名度はあった。
先生が発した、質問を質問で返すなーー!!、から始まる一連のセリフは、ジェジェの中に出てくる有名なセリフである。先生はそれをオマージュ、もといパクったというわけだ。
余談ではあるが、数年の付き合いの中で、先生はこのような「元の世界ジョーク」と自称するネタの数々をなぜか私に披露してくれたが、求めてもいない一発ギャグがなす結末というのは、賢明なる読者諸君ならば察してくれることだろう。
読者諸兄には私がこの男の解答にそこそこの期待を寄せているたことをご理解いただけると思うが、まさかこのような返答を返されるとは夢にも思わなかった。正直に言って期待外れだと思った。まあ、そもそも私が勝手に期待していただけなので、その期待を裏切ったことに対してこの男に言及するのは筋が通らないわけで、決してこの男は何か悪いことをしたわけではない。
元の世界ジョークなんてつまらないもの差し込むような、そんな軽い空気感でもなかったのに、それをぶち込んでくるあたり、なかなかの空気の読めなさというか、なんというか。そういうことに関しては色々もの申したいが、確かに悪いことはしていない。
だが、このときの私の落胆ぶりというのは、まさしく呆れを通り越して、何か悪いことでもされたときにも感じる怒りに近かった。まるでこちらは真剣に質問しているのにおふざけを返されたような、そんな心境に近かった。
誤解のないように何度も記させていただくが、この男は悪いことはしていない。ただ空気にそぐわないことをしただけだ。
しかし、まさかのまさかでおふざけを返してくるとは夢にも思わず、真剣な質問におふざけを返された私は、心の中で「そうか。そうか。君はそういう奴だったんだね」と呟いていた。なぜ私はこんな男に期待してしまったのだろう?こんな男など放っておいてとっとと帰ればよかった。私は間違いなく失望を露わにしていたことだろう。
それに加えて、作品を忠実に再現しているが如くのドヤ顔。見ていると、何と言えばよいのか、ちょうど良い角度で拳を叩き込んでやりたくなる顔とでもいうのか。まあ、単純に殴りたくなるぐらいムカつく顔をしていたと言えば良いのだろう。私は寛容な人間ではないので、いきなり剣を向けるという失礼を仮に犯してなかったとしたら、迷わずそうしていたに違いない。
しかし、今に思うと、実はこれは先生流の誤魔化し方だったのでは思うのだ。先生は答えたくない質問に対しては笑って誤魔化すのではなく、笑わそうとして誤魔化す。そうすることで相手を呆れさせ、何について聞こうとしていたすらもあやふやにする。
そう考えると先生はなかなかの道化であり、私はまんまとその術中にはまっていたかと思うと、あまりおもしろいものではない。