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転生者の「こころ」  作者: あかいの
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質問を質問で返すなあーー!!

 今の世界と元の世界どちらが好きか。

 なんでもないこの質問はしかし、この時の私にとって一番されたくないものであったように思える。


 私が海に来たのはノスタルジーに浸るためであった。元の世界は良かったな。そんな無意味な事に物思いふけ、ただただ時間を流す、そのためだけに来たと言っても過言ではない。

 元の世界と今の世界、どっちの方が好きか。その問いに対してならば素直に元の世界と答えるのが普通だろう。ほんの少し前まで元の世界の方が良いと思っていたし、だからこそ帰りたいと思っていた。正直「元の世界です」と喉から出かけていた。

 しかし、考えすぎの領分のせいもあるのだろう、あることが私の頭をよぎったのである。


 私はそもそも元の世界のことが好きだったのかということである。


 元の世界と今の世界、どっちの方が良いともし聞かれた場合、私はそれこそ迷わず「元の世界です」と答えれただろう。

 しかし、男が聞いてきたのはどちらが好きかである。男側からしたら特別深い意味のあるつもりで聞いたわけではないのだろう。

 だが、その違いだけで、たったそれだけでの僅かな違いで私は答えに窮してしまった。

 良いと好きに一体どれ程の違いがあるのかは分からない。それは今でもそうだし当時なら尚更だ。ただ、ここで元の世界の方が好きと言うのは嘘をついているような気持ちになる事を察してしまったのだ。

 人間とは往々にして嘘をつきたがらない生き物だ。もちろん、社会的体裁を守ったり、その場だけを修めたり、もっと身近には他人を傷つけないためだったりと、様々な理由で嘘を用いるものだが、願わくば一つの嘘もつかずに生きていきたい。それが人間というものだ。

 もちろん例外なんていくらでもいるのだろうけれど、しかし私などは例中に治るような人間なわけであって、その考えが頭をよぎった瞬間なんと言うべきなのか分からなくなってしまった。


 男の質問に対して何も答えられないでいたために、嫌な間ができてしまっていた。それを解消するように、とりあえず嘘でもなんでもいいから答えようと、何かを発声しようとしたとき、

「聞き逃してしまったかな?元の世界と今の世界、どっちが好きかって聞いたんだけど」

 もちろん文面通りの意味でそれ以上の意味などなかっただろう。別に遠回しに答えを催促している様子でもない。周囲が暗く、男も背を向けたまま首だけ回してこちらを見てきているので、目元だけが僅かに見える程度で、表情は窺えない。ただその声は私が本当に先程の質問を上手く聞き取れなかったのかなと配慮してことを思わされた。

 ただ、タイミングのせいでもあるのだろう。これから嘘をつこうとした私に、自分の答えについてもう一度考え直せと、そう言外に制してきたのだと感じた。「無理して喋らなくてもいいんだ。ただ君の本心が聞きたいだけなんだ」と、そう優しく諭すことで嘘をつくことへの罪悪感を大きくさせる何処ぞの聖者のように目の前の男が映っていた。

 しかし、この場合何も喋らないわけにもいかない。だからといって、嘘をつきたいとも思わない。ならばと私は質問に答えないことにした。


「あなたこそ、元の世界と今の世界どっちが好きなんですか?」


 私は質問を返すことでとりあえず答えることを回避した。

 それに目の前の男。私と同じであるこの男がどのような意見を持つのか、気になったというのもある。

 元の世界と今の世界。

 この男は一体それに対してどのようなことを思っているのか。

 この男は海辺で一人ドナドナを吹いてらような変態で、剣を向けられると変なベクトルに狼狽するオジサンで、一旦落ち込むと立ち直るのに時間がかかるかなり面倒くさい人で、これだけ記すとなぜこんな男の意見など気にしているのか疑問に思う。

 だけど、あの不気味な程の優しさ。

 はじめに話しかけたとき「どうかしましたか」と返したときの、「忘れたくもない悲しみもある」と呟いたときの、そして今まさに私が問われている質問を発したときの、この男が醸し出すもの。

 それが私に男の解答が私の求めているものではないかと期待させた。

 確かにこの男はあまり好ましくない側面があることは十分に理解させられたし、このような男が持つ意見などきっと参考程度にもならないだろう。そう思うのが普通だ。普通の人ならそう思う。それは解っているのだ。

 だがこの男は他の人にはない何かをきっと持ってる、なんて書き方をすると少々胡散臭いだろうか。だが、そう記すのが一番適切だと思われる。私はそれを感じていた。

 もちろん、この男の頭のどこかがやられいることは間違いないので、そういった意味でも言えるのだが、ここで伝えたいのは当然そういった意味でない。

 私は嘘をつきたくない一心で質問返しをしたのだが、この男の解に期待しての質問返しであったこともまた事実だ。それがこの時私が抱えていたものを解消するのではないかと、そんな淡い期待を胸に抱いていた。


「あなたこそ今の世界と元の世界どっちが好きなんですか、ねえ」

 男は私の質問を吟味するようにそう呟く。先ほどもしていたがされた質問を復唱する癖でもこの男にはあるのだろうか?

 男は私から目線を逸らして再び下を向いた。しばらく何かを考えるような素振りした後

「君…」

 と言いながら立ち上がり、こちらを向く。


「質問を質問で返すなあーー!!疑問文には疑問文で答えろと学校で教わっているのか〜?!私がどっちが好きかと聞いているんだッ!」


「なんでジェジェなんですか?全然きまってませんよ」


 この時の私の気持ちも端的に表すことができる。私は心底早く帰れば良かったと思っていた。




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