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転生者の「こころ」  作者: あかいの
6/13

どっちの方が好きかい?

 夕陽は今にも水平線に沈もうとしていた。


 海というのはどのような時間帯においてもそれなりにときめくローケーションであるが、個人的な意見を言うと、ロマンチック度でいったら夕方が一番だと思う。夕方の海に男女が二人、そんな情景を想像してみたとき、その明るいとも暗いとも言えぬ不安定な光が何かドラマを起こしてしまうのではないかと、そんな妄想についついふけてしまいそうになる。


 だけどこのときの私はそんなロマンチックな気分など微塵も感じてなどいなかった。シチュエーションとしてはほぼ同じにも関わらずだ。夕方の海に男女が二人、一つ付け加えると、隣にいる男は女の方に背を向けながら蹲っているということだ。


 まあ、明らかに年齢が離れていそうなので、ロマンチックな雰囲気になったらそれはそれで危ないので、別によかったのだが。


 男は叱責(?)を私に捲し立てた後、何やらハッと何かを思い出したかの如く急に我に帰り、一瞬沈んだ表情を見せたかと思うと、私に背を向けそのまま蹲ってしまったのだった。


 まあ、言い方に少々どころではないツッコミどころはあったにせよ、見知らぬ男に近づくなというのはそれなりに真っ当な意見なわけで、何をそこまで落ち込む必要があるのかと疑問に思った。


 とりあえず私は先程男が示してくれた隣のスペースに腰をかけ、彼が落ち着いてくれるのをしばらく待つことにした。正直、放っといてそのまま帰りたい気持ちも強かったが、それをするのは罪悪感の上に更に罪悪感を積み上げるようで憚られてた。


 また波の音でも聴いていようと耳をすませていると、真隣から何やらボソボソとした音が聞こえてきた。どうやら男が一人で何やら呟いているらしかった。

 一応こういうのは聞かない方が良いだろうと思い、できるだけ意識を逸らすよう試みたものの、案外そう意識すればするほど耳に入ってくるもので……。


「ああ、またやってしまった」

「いつまで経っても学習しねえなぁ」

「僕のバカ僕のバカ」

「何を偉そうに…。一体何様だよ」


 このときの私の感情なら非常に端的に記すことができる。


 このとき私は心の底から面倒くさいと思っていた。


 ここは「そんなに心配しなくとも大して偉いこと言ってないですよ」と励ましてやろうかとも思ったが、結果は目に見えているので止めることにした。意識を再び波に集中させようと思うものの、隣で耳障りなことされているのではそれも無理そうだった。ならばと、何か適当なことでも考えていれば気も紛れるのではと思い、隣の男について情報を整理することにした。


 まず客観的事実から整理することにした。

 隣の男は転生者。これは間違いなかった。

 私に対する発言や何よりドナドナを吹いていたことからもそれは確定であった。格好などから元いた世界では同じ国に住んでいた可能性が非常に高い。浴衣や篠笛は私の元いた国の文化でそうそう被ることはないだろう(多分)。


 こっからはあくまで主観になるが、悪い人間ではないと思った。昔の考え方になるが、当時の私は悪い人間には2パターン存在すると考えていた。一つ目は単純に、あからさまに悪いタイプ。例えばこのような海で私に話しかけてくるとしたら、


「ぐえっへっへ。そこのお嬢ちゃん。ベリーキューティクルだね。ちょっとそこらで俺たちと遊ばない?」


 みたいな感じだろうか。ついでにもの凄く頭が悪そうだ。自分の勝手な想像とはいえベリーキューティクルはないはない。このタイプはまあ普通に危険だ。ホイホイ付いて行ったら多分後で襲われる。


 二つ目のタイプとしては善人を装ってくるタイプだ。こちらの場合だと、私に対して何かしら故意に迷惑をかけた後、

「本当にごめんなさいね。お詫びといってはなんだけど、あそこの店で何か奢らせてくれないかな?」

 みたいな感じ誘ってくるのだろう。で、その後なんやかんやで襲われる。まあ、厄介なのは純粋に親切な男と見分けがつきづらいところだけど、そこは女の感よね。


 それが成り立つのは美人の場合だけではと思った人のために一言もの申しておこうと思う。私は美人だ。自分で言うのも何だがかなりモテると自負している。私は美人だ。大切なのでもう一度書いておくことにする。


 とりあえず、このどちらのパターンにも一応は当てはまらない隣の男ことは暫定的に悪い人間でないと認めて良さそうだった。きっと頭のどこかが悪いだけで悪い人間ではない。

 しかし、悪い人間でないというだけのことで、だからといって善人とも限らないわけだ。全くの無警戒とはいかなかった。落ち着いてくれたら一言謝罪でもしてさっさとこの場を離れるのが賢明だろうと結論した。


 そんなことを考えている内に、夕陽は水平線の彼方へと行き、あたり一面はすっかり暗闇に満ちてしまっていた。隣の様子を伺うと、まだ蹲ってはいたものの、ある程度落ち着いたのか、独り言は止まっているようだった。

 私は立ち上がって衣服についた砂を払い男の方へと体を向けた。


「えっと、あの、何だが今日はすみませんでした。何をそこまで落ち込んでいるのかは正直よくわからないんですけど、だけど私としては貴重なアドバイスを貰った思っているわけではありまして、だからその……、元気出してください。今時他人に対して真剣に怒れる人って珍しいと思いますよ?!というわけなので、もう時間も時間なので、申し訳ないのですけど、お先に失礼します。ちゃんと変態オジサンには気をつけますので安心してください。では」


 私は見られてはいないものの、一応は軽くお辞儀をし、振り返ってそのまま帰路に着こうとした、そのときだった。


「一ついいかい?」


 それは勿論、先程までボソボソと独り言を呟いていた男の声ではあった。しかし、少し前までの情けない雰囲気は何処かへと消え去り、一番最初に「どうかしましたか?」と応答してくれたときのような、不気味な程に優しい声音だった。


「君は元の世界と今の世界、どっちの方が好きかい?」





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