前編
今、私はこのゲームで悪役令嬢とされる公爵令嬢と対峙している。
少し青みがかったグレーのストレートヘアに整った顔立ち、深い意志を感じるサファイアブルーの瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、誰もが見惚れると言われているのも納得だ。そこに彼女がいるだけで、なんだか空気が澄んでいくように感じられるのだ。
彼女の後ろには、これから私たちが勉学に励むための校舎が見える。
校舎はまだ賑わっているようだ。今日は入学式のみで、生徒はもう帰って良いはずなのだが、雑談している生徒たちが多くいるのかもしれない。
一方でここはとても静か。
校舎奥にある庭園で、丁寧に手入れされた木や花々で溢れている。
入学式も無事終わり、折角だから校内をぐるっと見て回ろうかと思い立った矢先、突然、「話がある」と彼女の方から声をかけてきた。
あまり人に聞かれたくないとのことで、人目を避けてここへやってきたのだった。
何を言われるのか不安ではあったが、私にとってはチャンスでもあった。
私も彼女に伝えておきたいことがあったから。
今なら言えるかもしれない。
しがない男爵令嬢である私が、こんな身分の高いご令嬢と一対一で話せる機会はもうないかもしれない。
今言わなくてどうする。
私は小さく息を吐き出して呼吸を整える。
彼女の真剣な眼差しを受け取り、私もまた彼女の目をしっかり見据えた。
そして、意を決して叫んだ。
「「断罪しないで下さい! お願いします!」」
私たちは、ほとんど同時にお互い頭を下げ、
「「えっ……!?」」
同時にお互い顔を見合わせることになってしまった。
――ことの始まりは三か月前、私が憧れの魔法学校に合格した時まで遡る。
自己紹介が遅くなってしまった。
私はリーナ・ホワイト。カルム王国の辺境に領地を持つ男爵家の娘だ。
カルム王国は偉大な魔法使いの子孫である国王によって統治されており、王家を支える臣下もまた優秀な魔法使いであることが求められる。
魔力の高い者は基本的に身分関係なく国立魔法学校に通うことができ、卒業試験に合格すれば魔法使いとして一人前となる。
ただし授業料は高額なので、普通は裕福な貴族しか通えない。実際、王家から派生した貴族の方が平民に比べて強い魔力を持っていることが多いのだ。
例外として、魔法使いとして見込みがあるのに授業料が払えない場合、国家魔法使いの推薦状があれば、奨学金制度を利用する入学試験を受けられることになっている。一般の入試より難易度は上がるが、合格すれば授業料の支払い期限を卒業後まで延長できる。魔法使いは様々な職業で引く手数多なので、返済には困らないというわけだ。
私の家はあまり裕福な方ではなくて、入学は難しいと諦めていたのだが、昨年領地を視察に訪れた国家魔法使いが私を推薦してくれた。
おかげで奨学金付きの試験を受けることができ、晴れて合格が決まったのだった。
合格通知が届き、我が家は活気に溢れていた。
「おめでとう!」
「おめでとうございます! お姉様!」
母と妹、弟たちからお祝いの言葉が何度も贈られた。
普段は厳しい父も口角が少し上がっていて、家族が本当に喜んでくれて、応援してくれているんだと思うと、じんわり心が温まる。
「頑張ってきなさい」
激励と共に父から合格通知を受け取ろうとしたその瞬間だった。
私の頭の中に、まるで豪雨のように、記憶が、ざぶざぶと流れ込んできたのだ。
前世の記憶。
日本という今私が生きている場所とは全然違う異国で、私は高校に通っていた。
授業は難しいけど将来のためにと思って勉強も頑張っていた。そして休み時間になったら友達とたわいないやり取りをする、ほんわかと楽しい日々。
自分がいつどうやって死んでしまい何の経緯で転生したのかは、ぼやけてよく分からなかった。ショックが大きかったのかもしれない。
だから余計に、日常の友達とのやりとりが鮮明で印象的だった。
「悪役令嬢が好きならこのゲームやってみなよ! 気にいると思う!」
悪役令嬢が主人公の小説が大好きという少々ひねりある趣味を持っていた私に対して、友達が貸してくれたのが、『リバーシ魔法学園☆』という名前の乙女ゲームだった。
このゲーム何が他と違うかというと、なんと主人公が悪役令嬢なのだ。
ある日前世の記憶を取り戻した主人公は、自分が大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生したことに気がつく。断罪エンドを回避するため頑張っていたら、いつのまにか攻略対象との恋愛フラグが立っていた――というストーリー。
そして私が転生したこの世界こそ、悪役令嬢が主人公の世界。
そして私は「私がヒロインなんだから思い通りになるはずなのに、なんでうまくいかないの!」とエンディングで叫び断罪されるヒロイン(悪役)なのだった。
「普通の乙女ゲームの世界に転生したかった……!」
お気に入りで何度もプレイしたゲームなのだが、今はその設定がただただ恨めしかった。
このまま進学すれば、ゲーム通り断罪されてしまうかもと思うとぞっとした。
私は攻略対象を思い通りに動かそうなんてこれっぽっちも思っていないし、大好きだった悪役令嬢にいじわるなど考えられない。
「出来るだけキャラと距離を置いて、身分相応にやり過ごしていこう!」
私はひとり誓ったのだった。




