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オイリーガール  作者: しきゐこづゑ
或るナロー巡る人間模様。揺れる年末の第4章
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第41話 来訪者(承前)

「初対面の国松さんにこんな話、本当に恥ずかしいんだけど…



 車、長年お爺様にお世話になっているみたいだし、今回も依頼してしまってるからキチンとお話しさせて頂かなくてはと思ったの。


 実はうちの祖父、この1年でもう二度も人身・物損事故を起こしてしまって……あ、古いポルシェでじゃなく普段乗ってる車でなんだけど。


 流石に2回目はもう家族皆、看過すること出来ずに危ないから逆にこれをいい機会と捉えて免許返納して下さい、ってもう父、母、叔父、叔母達みんなで懇願・説得したんだけど、年寄り扱いするな!って逆切れされる始末で。

 遡れば……祖母が他界してから、あんな辺鄙な所に勝手に土地買って一人で移住するって。皆、止めたのに一切聞く耳持たずでもう家族全員辟易してる状況なの。


 人身で相手の方も命に別状がなかったのは本当に、不幸中の幸いだったし……


 自身もアクセルとブレーキ踏み間違って突っ込んで大変な事になってしまって、あれはゾッとするくらい車も大破して、エアバッグなかったら今頃どうなっていたか?現代の車でもそんなだから、ましてや安全装備なんて全く無いに等しい旧車、ポルシェなんかで事故起こしてしまったら、きっともう取り返しのつかない事になりそうで……



 どうしても聞き入れないから、仕方なく一番可愛がられてる孫娘の私に白羽の矢が立って、私の言う事ならきっと聞くだろう!って。だから免許まで取りに行って、正直、免許や車に興味なんか無かったけど私の役回りだから仕方ないし。で、夏期講習の合間あそこに出向いてあの乗り難い古い車……あ、預かって貰ってるポルシェで運転練習と称して何度か乗ったの。


 本当に、祖父と同じで気難しい古い車。


 兎に角、私はこの車が気に入ったから乗りたい!って好きを装って言った。いいでしょ?って甘えた。じいじの愛情につけ込んで、只々、祖父からあの車を引き剥がす為。もう策略よね? 正直、あんまりそう言うの得意じゃないし気も引けたけど、でも祖父のため家族のため仕方ないから…。流石に私の頼みとあらば無碍に一蹴することもなく、最後は逆に喜んでさえしてくれて。本当に呵責…


 だから、ごめんなさい、その事だけお知りおき願いたかったの」



 宮田征馨は長い独白の様に事の顛末を滔々と話し、丁寧にそう締め括った。



 なんというか?


 自分が想像していたのと真逆とさえ言えるシチュエーションに驚き……ってうか何処かバツの悪さの様なものを感じてしまった。同時に意気揚々と趣味の理想郷たる'樂園' = El Paraísoのこと、そして孫娘に引き継いで貰える事をあれだけ嬉しそうに語っていた正に絵に描いた様なダンディーでしゃん!とされた老紳士 宮田(祖父)さんが失礼な話だがやけに哀れに思えてきて仕方なかった。


 ……そして佇む黒い911Tも淋しそうに瞥え。


 高齢者ドライバーの身内を持つ家庭においては切実な問題であろうし、'万が一'を心配する家族にとっては免許自主返納は然るべき要望に違いないのだろう。しかしこんな田舎町に暮らしていればだ、鉄道・地下鉄網が何処へでも網羅されている都会とは違って、況してやスーパーやコンビニなんかも徒歩圏内にはないばかりか、病院通いや市役所なんかへも車なしでは生活は成り立たちはしない。

 そして何より戦時中生まれの爺ちゃんもそうだが免許を取得し車を所有する事、かけがえのない仕事や趣味にしてきた……戦後から高度成長期を牽引したこの世代の免許に対するはかり知れない思い入れみたいなものの存在、そんな事も重々わかってるから一概には強要するのは酷だとも思う。


 でも視力や筋力、判断力等の種々の衰えなんかで現代の行き届いた車に乗ってて一般生活においての運転でさえもそんな現状だとしたら、確かに諸動作の増える、そして明らかに華奢なつくりでエアバッグや警報、自動ブレーキ等を当然装備しない機能面/安全面で劣る趣味車=旧車はどう贔屓目にみても…と謂わざるを得ない。それも実際運転してるからよく理解出来るんだ。ううむ?


 元テストドライバーとは言え、爺ちゃんにも遅かれ早かれ間違いなく()()()は訪れる。じゃあその時、私はどうする?どう言った態度をとる?この宮田家の様に出来るだろうか?




 軽トラが戻ってきた。


 咄嗟に爺ちゃんがこの話聞いたらどうなんだ?と思ったから征馨に向かって思わずこう言った。


「わかった。もう一回同じ話して貰うのも何だから私、責任持ってちゃんと爺ちゃ……工場長に伝える!だから、ね!」


 察した様に宮田征馨は頷いて、戻ってきた老整備士に持参した紙袋を手渡し折り目正しく挨拶をした。


「おぉ?宮田さんの?それはそれはわざわざご丁寧に有難うのぉ。まったく宮田さんはまだまだしっかり為されてて、ほんに儂ら世代の鏡じゃ!」


 征馨はチラと視線を才子にやった。爺ちゃんは続けた……


「911Tは、ちゃんと安全に乗って貰えるようキッチリ仕上げとくから、また上がったら宮田さんに連絡入れるから、楽しみに待っとくとええ」


「ええ、ありがとうございます。宜しくお願いします」


 と征馨は再び深く頭を下げた。


 頃合いを見計らって征馨の住まいを訊くと、ここからはローカル線かバス乗り継ぎでかなり距離と時間を要する隣市の奥の方だったから、私は送ってくよ!と申し出た。最初は遠慮した様に断った征馨も気温のグッと下がった寒い冬の夕暮れ時、最終的には了承しそうすることにした。



 ドアを開けた才子のポルシェの運転席には鞄が、そして助手席には参考書がページを開いた侭、下にして……

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