第32話 ミッドシップの恩恵
角度の変わらない椅子とすぐ後ろで切り立った背面。2シーター故の圧迫感も意外と、後方のガラス窓からの採光で緩和されてるのかな?
いや……
バックミラーの所に揺れる変なキャラクターとお守り、そしてワーゲンのものだと言う透明なフラワーベース一輪挿しのノースポール。清楚な白い花弁と中心のイエローのコントラスト、それ所以なのだろう。
似た様な空冷4気筒発動機を搭載する そんなシゲルコの914は、才子のポルシェと比べて重心が低く随分どっしりした印象を受ける。
勿論、土井の930SCまでとは謂わずも、これは重量感・接地感が明らかに違うな?と郊外に差し掛かる頃には感じていた。…しかし実際、スマホで検索してみると914の車重は960kgと逆に才子のポルシェより35kg程も軽いのだ!女子高生二人乗ってる事を加味してもこの事実にもちょっと吃驚!
排気量も914の1,700(*1,679)cc 対 私のポルシェは 1,600(*1,582)ccと、そう変わらない筈なのだが、こちらも明らかに何か野太くって力強い!
そんな素直な感想・データなんかをシゲルコに告げると……
「ふぅ〜ん?お父さん言ってたんだけどぉ、ミッドシップって人とエンジンが車の真ん中あたりに固まってるから凄ぉ〜く安定してるらしいよ」
「!」
そうだ、安定感なんだ!その一言に尽きる!と才子は40年以上前の事ながら流石に後継車だけあって進化しているのだと妙に感心した。そして、
「ミッドシップ!」
...…ああ、そう言えば菜々Pのボクスタースパイダーもそんなこと言ってたっけ?
調べ物してたり弄ってたスマホに無精の癖に珍しくその菜々緒からのメッセージが届いた。噂をすればナントカやな?でもちょっと今会話弾んでっからゴメン!菜々P!未読スルー、ちょっとあとでな…
「同んなじ4気筒でもウチのコとは全然違うな?なんか……うまく言えないけど」
「ふぅん?シゲルコはぁ、これしか知らないからぁ、よくわかんない。」
「エンジンとミッション載ったら今度、私のポルシェにも乗ってみて!」
「うん♡」
前を向いたままニコッとした、そんな同じ楽しみを共有出来る隣でステアリング握る新しい友達(なのか?)…シゲルコの914は、前に911Tそして後ろの930にまるで護衛される司令長官搭乗の陸攻機かの如く挟まれて山道を快調に、そして私と同じ初心者の運転にも関わらず安心感をもって駆け抜けてゆく。それはコーナーも、前の車のライン通りに倣って走れるから…そして何よりそのエンジン搭載レイアウトの恩恵もあるのだろうと才子は思った。
いつもの事ながら、このサークルで走る時は穏やかな性格のメンバーさんが先頭を務め常に後方を伺いつつペースをキープ、シゲルコは真ん中辺りを走り後続車がきっちり車線変更時なんかもサポートしてくれてると言う。ふぅん?なんかそういうのもいいな?
「でもね、停まってお話ししてる時は、皆んな諄っど〜い蘊蓄ばっかで、ぜ〜ん然笑えないおじさんギャグばかり連発してるんだけどね〜?」
まったく、私の思ってること見透かした様にシゲルコはクスクスと笑った。
前を行くアイヴォリーカラーの忠実な護衛機、ナロー911Tは……
クーペとは言え、楔形というか?台形を逆さにした感じで前や横から見るのとは少し印象を異にしてよりずんぐり古めかしい。高性能なスポーツカーには到底見えないな?私のタルガとは後ろのガラスの所が違うからまた見た感じ変わるんかな?とかボ〜っと暫しそんな妄想に耽った。
……あぁしかしこの後姿よ、閉め切った車内に響く後方のエンジン音と前方遠くに轟く明らかに違う高性能6気筒発動機の力強い排気音とシャアアアンという金属機械音をBGMにいつまでも追い掛けたい、ずっと見つめていたい、そんな衝動に思わず駆られてしまう。
穏やかな速度で'air clous de paris'の空冷隊列は山道を連なり、シゲルコの言った'最後の交差点'に差し掛かると、車線をうつって右折待ち停車する914に先導車は窓を開け屋根をバンバンと叩きバイバイ、そして手を振りながら窓を開け夫々何か口にながら脇を後続車達が順番に通り過ぎてゆく……
いつもしんがりを務める最後尾のグレーの930SCのドライバーは冬仕様のボルサリーノの鍔を少し下げキザに笑顔で会釈した。
「土井さん相変わらずだね。……あ!そうだ!その不思議なサークル名の由来、なんでパリなん?」
問えば、シゲルコは名称はもともと空冷クラシックポルシェとなんとかって肩コリ腰痛湿布の名前みたいな時計ブランドの両方の愛好者の集まりだったから、特徴を掛け合わせた言葉遊びだって事しか知らない、と。
ふぅん?なんか大人な感じね?……まぁどうでもいいけど。
そうだ!噂をすればな菜々緒からライン、忘れてた!20分ほど前のmessageは
『これから山に走りに行くんだけどどう?』と。




