第13話 帰り道
今日来た同じ道を行く、ただ往路と違うのはオープンになったポルシェ
まだ暑いけどそれでも心地よい夕暮れ時の風が撫でてゆく……
山間の蝉の大合唱も随分と音量を落としカナカナと蜩の切なさを添えて、よりダイレクトに響くエンジン音とともに耳に肌に飛び込んでくる。それは密閉された空間での感覚とは全く別物である事に驚きとある種の感動を覚える。
そしていろんな事、もやもやなんかが吹き飛んでいく感じを初めて知った。
ふんふんふん〜♪と、毒蛇退けてたから?ワーゲン助けてあげれたから?……それとも随分久し振りの私とのドライブだから?とにかく気分よさそに鼻歌交じりで細い木製のステアリングを黙々と操る爺ちゃん、ありがとう。
携帯の着信音。
『何してる?』
『今、教習所』
『明日からインコー練習な!』景子からのライン。
ああ、そうか?引退交流戦インコーに向けて恥ずかしくない程度に準備しなきゃな。なんせあれから一回もラケット握ってないし。俗に言うお嬢様女子校の聖マリアンヌも公立のウチも決して強豪校じゃないけど昔っから定期戦(これが毎年結構白熱する)やってる関係で、この中途半端な時期に生徒主体で……といった具合だ。
ダブルス3本とシングルス6本それぞれ3セットマッチで行われる団体戦形式
、そう言えば...…シングル3番手の私に何かと敵対心剥き出しで突っかかってくるヤツの事を思い出してちょっと鬱陶しい気分になる。中高は別だけど幼稚園/小学校と引っ越した極短い一時期を除いて一緒だった地元一の土建屋さんの娘の菜々緒は、謂わば幼馴染み?いや…天敵と呼んだ方がしっくりくる存在だ。コチラは別段なんって意識してないんだけど。
……ん? 教習所?
『教習所?』
景子曰く、暇だし男子何人か卒業前に取るって言ってたからなんとなく…なんだそう。ふ〜ん免許か?免許? ……クルマの運転が出来るわけか?
自転車だって……
部活から帰宅途中、みんなと馬鹿話しながら笑いながらペダルを漕いだし、練習が少し早く終わった日は晩ご飯に余り遅くならない程度に、それから一人少し遠回りしてから帰る事も少なくはなかった。そしてそんな時間は大好きだった。
日の長い夏は少しだけ遠くへ行けたし、その季節が移る頃は空の高さと雲が教えてくれた。郊外の広大な駐屯地の間の一本道や時折り蛍も見える上流の川沿いの土手道、古い旧家屋が並ぶ町外れの小さな通り(中には女の子が一人行くには少々もの寂しく危ないかも?な所もあったけど)なんかの幾つかのルートを自分の足で漕いで進んでゆく独りの時間……日常に付随してはいても心を解き放てるひととき、友達ともそしてたった一人の家族である爺ちゃんともちょっと離れて。元来の能天気性からだろうか?時間の経過と共に奥底に封印したことを除けば、いまの家庭環境を他人と比べて自分は不幸だなんて感じた事は一度もない、しかし最も長く一緒に居たであろういちばんの友達、それは"孤独"だった。そしてそいつとうまく戯る術を私は心得て居た。
見上げた陽の落ちたオレンジと紫の空、風、オープンカーは圧倒的機動性を備えていて、どこまでも自由に感じる。ソイツはヒソヒソと私に耳打ちをした。次の瞬間私は左隣を向いて切り出す...…
「爺ちゃん!わたし免許取り行ってもいい!?」




