第1話 なんとなくGAME SET..
バックハンドのパッシングショットはダウンザラインで見事に抜いていった。
「ゲームセット!マッチウォンバイ 日高高校!」
ふぅ……
と一息吐いて見上げた梅雨明けの空の憎たらしいほどに抜ける様な青よ。
「終わった」
男子の甲子園じゃないけど試合終了のサイレンが頭の中で鳴り響いた。そう、高校3年間最後の大会が終わった。
不思議と、自分でも驚くほど悔しさや何かは込み上げては来ず淡々とネット越しに相手と握手を交わして、タオルで汗を拭いてラケットを収めながらそのタオルを頭に被って暫し審判台脇のベンチで佇んだ。それなりに3年間、いや中学から数えて6年間頑張ってきたのは陽に焼けた褐色の肌と無造作なショートヘアが物語っていたし。決して強豪校ではないけど、部活は学校生活のほぼ全てを占めてて、勿論 何事も終わりがあって……自分の実力だってよく判ってたから、最後の試合が終わってその先に'引退'が待っていたのも謂わば自分の中じゃ予定調和に過ぎない。
……だった筈なのに、心にぽっかり空いた穴の様なこの空虚感はなに?
私達3年生は受験の為の補習が夏休みの間もあるから、朝から蝉時雨の中を息を切らして自転車を漕いで学校へ向かう。
なんとなくこうして授業を受けて、なんとなく勉強して、なんとなく夏が終わって……
模擬試験の結果でなんとなく志望校決めて、なんとなく焦って
ブルンブブルン! と首を振ってそんな思考を断ち切って視線を窓の外に向けると、
夏はまだまだ萌えていて、空は相変わらず青く高い。
視線だけを窓の外に残し机に俯せてると、ぼんやりその続きが頭の中を巡る…なんとなく受験して、なんとなく東京かどこか都会の大学に入るだろう。
そして、ううん! もうテニスはいいや!
なんとなくバイトでもして、お洒落も都会も楽しんで、合コンなんかも...…彼氏なんかもできたりして、そしてちょっと更に飛躍した妄想に勝手に照れつつ、やがてなんとなくそんな四年間も終わりに近づいてなんとなく、なんとなく、なんとなく……
何かそんな見透かされた様で薄っぺらい、想像の域を出ない随分退屈な近い将来を考えただけで、まったく気分も滅入ってしまうわ。
はぁ……
あの最後の試合のゲームセットの後で出た溜息とよく似た、しかし少し淀んだ味がしたのは気のせいだろうか?まるで蛍光紫色のエクトプラズムに全身呑み込まれ溺れ蝕まれようとした正にその時!甲子園ではなく終業のチャイムが鳴った。教室内の帰宅準備始める喧騒の中、「才子、帰ろ」と友人の景子に声を掛けられ強制的にそのマイナス思考の妄想は一旦停止した……
なんとなく。