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凪の歌  作者: 仙葉康大
第二章
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容姿端麗

 桜水音楽学校の募集要項に目を通した私は、涙目になっていた。喉から込み上げてくる嗚咽を、首元に力を入れて押しとどめる。


 自分の部屋にいるのだから、声を上げて泣いたっていい。でも今から泣いてたら、この先やっていけない。


 でも、でもでも、でもでもでも、酷すぎる。


 入試の日程は問題ない。三月上旬から半ばにかけて一次試験と二次試験を予定している。募集人員は四十名だ。これは聞いてた通り。問題は倍率だ。多いときで四十倍、でも最近は三十倍前後に収まるらしい。

わーい。三十人に一人は合格できるぞー。やったー。


 あまりの倍率に、幼児退行をもよおす。


 いや、ここまではまだいい。競争が激しいのは覚悟の上だ。でも、応募資格の欄に書かれている、この四字熟語はないんじゃないだろうか。


 容姿端麗。


 桜水音楽学校を受験するには、まず、容姿端麗であらねばならない。


 手鏡を出して自分の顔を確認する。つり目というよりはたれ目で、鼻は決して高くなく、唇は、まあ、唇は薄いし、唯一自分でも気に入っているパーツかも。髪は二つ縛りにしてあるけど、肩にやっとつく程度の長さしかない。つまり、美人からは程遠い。主観のみで語っているわけじゃない。十五年間生きてきて、男子から告白されたことは皆無だ。別に恥じることではないけれど、美人じゃない裏付けにはなっているよなあ、とため息をつく。


 さらに、容姿という言葉には姿という文字が入っており、凛さん(しか)り、お母さん然り、百七十センチ越えの身長を有しており、立ち姿が大そう美しい。一方、私は。グスッ。私は、百五十センチに届きそうで届いていないチビである。


 終わった。


 いや、まだ終らない。桜水音楽学校第百二期生募集要項は、さらなる追い打ちをかけてくる。

試験内容だ。そこに書かれてあったのは、次の二言のみ。


 試験内容については一切を明かさない。すべてを試験官の裁量に任す。


 鼻の奥が痛い。涙がにじむ。こんなの絶対おかしいよ。対策のしようがない。当日言われてできることなんて限られてる。というか、できることしかできない。じゃあ、私にできることは? 歌は歌える。他は自信ない。ダンスは習ったことないし、お芝居だって、小学生のとき学芸会で劇をしたぐらいの経験しかない。


 そもそも、歌やダンスやお芝居以外の何かをやれと言われる可能性だってあるのだ。何でもありの試験なのだ。しかも倍率は三十倍。こんなの受かる人はよっぽど運のいい人か、本物だ。凛さんやお母さんみたいな。


「うう」


 うめいて、いったん机を離れ、布団を敷く。寝転がって天井を見上げる。もう夜も遅い。明日は学校だし、寝ちゃおうかな。


 駄目だ。


 今できることをしよう。桜水の舞台に立つって決めたんだから。


 座り直して、パソコンの検索エンジンを使って情報を集める。試験内容は明かさないと言っても、人の口に戸は立てられない。


 毎年、面接は必ずあるらしい。あと課題曲が送られてきて、それを歌わされた年もあれば、当日、譜面を渡された年もある。ダンスは主にバレエを見られることが多い、か。変なのだと、じゃんけんとかある。嘘でしょ。あ、でも、じゃんけんの勝敗で決まったわけじゃないらしい。早食い競争、絵のモデル、モノマネ。本当かなあ。ネットの情報は信憑性(しんぴょうせい)に欠けるものも多いって先生言ってたし、あまり信用できないかも。


 知人に桜水を受験した友達や桜水関係者がいれば、聞けるんだけどなあ。


 いるじゃん。


 凛さんなら、毎年どういう試験を行っているか、知っているはずだ。電話番号の入った名刺も手元にある。


「でも、それってフェアじゃない、よね」


 何かずるいよ。

 決めた。凛さんとは合格するまで連絡を取らないし、接触しない。

 寝る前に、陸井凛という名前を検索してみた。


 へえ、あの人、桜水の五つある組すべてでトップスターだったんだ。レジェンダリートップスターっていう代名詞まである。


 私、そんなすごい人に下手くそって褒めてもらえたんだ。


「よしっ」


 まだ頑張る以外何も決めていないけど、できる気がする。できる。そう自分に言い聞かせながら、布団に入る。

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