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凪の歌  作者: 仙葉康大
最終章
48/52

ビビリの四人

 公演初日、桜水大劇場。

 舞台の上で最終確認を済ませた私達は、午後一時からの開演に備えて、楽屋で待機していた。

 水を飲んでのどをうるおす。

 みんな、口数が少ない。


 隣の楽屋からは楽しげな声が聞こえて来る。海賊船の乗組員など、メインキャスト以外の役を演じる役者さんたちの声だ。海星組は、六人しかいない。だから、メインの登場人物ではないけれど、劇の進行上必要な役をやってもらうため、鯨組や鮫組などの他の組から助っ人を呼んでいるのだ。


 私はもう一度、水を飲む。

 ダメだ。劇コン本番でこけそうになった瞬間が頭から離れない。


「凪、果矢、怜夏」


 バッカス海賊団船長バッカス・オルゴンの臙脂(えんじ)色の衣装に身を包んだ熱美が言った。


「びびってるやろ?」

「びびってません」

「びびってねーよ」

「すごくびびってる」


 三者三様の答えを聞いて、熱美が声もなく笑った。


「実は、ウチもびびってる」


 化粧台の前に座っていた樹理先輩が振り向いた。


「あっは。いいですかー? 舞台の上で漏らしちゃダメですからねー」

「てめー、本番前ぐらいふざけるの、やめろよ」

「そそ。果矢ちゃんはそうじゃなくちゃ。凪ちゃんも熱美ちゃんも怜夏ちゃんもいつも通りでいいんだよ。その代わり、澪はいつもの澪じゃダメだよー」

「え? なぜだい?」

「だって、ビビリの四人がヘマしたとき、尻拭いするのは私達なんだよっ。いつも以上に気合を入れて頑張らなくちゃ。あーあ、ビビリちゃんが四人もいるから、ただでさえ重圧のかかるトップスターにさらなる負担をかけちゃった。でも、しょうがないよねっ。みーんなそろって腰抜けなんだから」

「言わせておけば、コノクソアマ」


 果矢が腰の刀を抜いた。もちろん小道具だ。


「キャー、助けてー、澪ー」


 主人公ベリオットを演じる澪先輩は、当然、帯刀してる。


「仕方ない。樹理、君の思惑に乗ってあげるよ」


 澪先輩が刀を構える。


「嘘。澪先輩、やめてください。果矢もダメだよっ。本番前だよ」

「うっせえ、凪。武器一つ持ってないチビは黙ってろ」

「チビって言ったなっ」


 私は果矢の手首をつかんで、組み合う。劇中、私はエリーゼの妹ルナとして、果矢は海賊少年ソルとして、同じ船で時間を過ごしている内に仲良くなり、二人の間には恋心が芽生えると言うのに、本番前に私達は口喧嘩をしている。役作りも何もあったもんじゃない。


「いいのかい? 斬るよ」

「させんでー」


 澪先輩の刀を、熱美がマスケット銃二挺(ちょう)で受け止める。


「今や、怜夏」


 女海賊ゴルディアス・クインの双剣を怜夏が振るう。澪先輩は軽やかなステップで後ろへ躱す。

 一度始まってしまったら、もう止まらない。仲間を(ののし)りながら、小道具を振り回す乱闘が続く。

 勢いよくドアが開いた。


「おい。時間だぞ。バカ共」


 両手を腰に当てて、凛さんが立っていた。


「続きは舞台の上でやれ」


 私達は互いの顔を見ては笑い合いながら、舞台袖へと向かった。ビビリちゃんはいつの間にか、いなくなっていた。


 舞台袖には、客席を覗ける小窓があった。マジックミラーになっていて客席の方からは見えないようになっている。


 一回席と二階席そのどちらにも、お客様がたくさんおられる。空席を探す方が難しい。チケットは完売したと聞いているから、じき、あの空席にもお客様が来られるはずだ。あ、いた。一階の前列、一番いい席に彦おじさんと雛ばあを見つけた。近くに果矢のお母さんもいた。


 確か、ここ桜水大劇場の座席数は二千五百五十だ。そのすべての席にお客様がいらっしゃる状態で、舞台に立てる。これ以上何かを望んだら、罰が当たりそう。だから、いいんだ。お母さんが来ていなくても。


「みなさま、本日はようこそ桜水大劇場へお越しくださいました」


 開演アナウンスが流れた。

 幕が上がる。


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