ビビリの四人
公演初日、桜水大劇場。
舞台の上で最終確認を済ませた私達は、午後一時からの開演に備えて、楽屋で待機していた。
水を飲んでのどをうるおす。
みんな、口数が少ない。
隣の楽屋からは楽しげな声が聞こえて来る。海賊船の乗組員など、メインキャスト以外の役を演じる役者さんたちの声だ。海星組は、六人しかいない。だから、メインの登場人物ではないけれど、劇の進行上必要な役をやってもらうため、鯨組や鮫組などの他の組から助っ人を呼んでいるのだ。
私はもう一度、水を飲む。
ダメだ。劇コン本番でこけそうになった瞬間が頭から離れない。
「凪、果矢、怜夏」
バッカス海賊団船長バッカス・オルゴンの臙脂色の衣装に身を包んだ熱美が言った。
「びびってるやろ?」
「びびってません」
「びびってねーよ」
「すごくびびってる」
三者三様の答えを聞いて、熱美が声もなく笑った。
「実は、ウチもびびってる」
化粧台の前に座っていた樹理先輩が振り向いた。
「あっは。いいですかー? 舞台の上で漏らしちゃダメですからねー」
「てめー、本番前ぐらいふざけるの、やめろよ」
「そそ。果矢ちゃんはそうじゃなくちゃ。凪ちゃんも熱美ちゃんも怜夏ちゃんもいつも通りでいいんだよ。その代わり、澪はいつもの澪じゃダメだよー」
「え? なぜだい?」
「だって、ビビリの四人がヘマしたとき、尻拭いするのは私達なんだよっ。いつも以上に気合を入れて頑張らなくちゃ。あーあ、ビビリちゃんが四人もいるから、ただでさえ重圧のかかるトップスターにさらなる負担をかけちゃった。でも、しょうがないよねっ。みーんなそろって腰抜けなんだから」
「言わせておけば、コノクソアマ」
果矢が腰の刀を抜いた。もちろん小道具だ。
「キャー、助けてー、澪ー」
主人公ベリオットを演じる澪先輩は、当然、帯刀してる。
「仕方ない。樹理、君の思惑に乗ってあげるよ」
澪先輩が刀を構える。
「嘘。澪先輩、やめてください。果矢もダメだよっ。本番前だよ」
「うっせえ、凪。武器一つ持ってないチビは黙ってろ」
「チビって言ったなっ」
私は果矢の手首をつかんで、組み合う。劇中、私はエリーゼの妹ルナとして、果矢は海賊少年ソルとして、同じ船で時間を過ごしている内に仲良くなり、二人の間には恋心が芽生えると言うのに、本番前に私達は口喧嘩をしている。役作りも何もあったもんじゃない。
「いいのかい? 斬るよ」
「させんでー」
澪先輩の刀を、熱美がマスケット銃二挺で受け止める。
「今や、怜夏」
女海賊ゴルディアス・クインの双剣を怜夏が振るう。澪先輩は軽やかなステップで後ろへ躱す。
一度始まってしまったら、もう止まらない。仲間を罵りながら、小道具を振り回す乱闘が続く。
勢いよくドアが開いた。
「おい。時間だぞ。バカ共」
両手を腰に当てて、凛さんが立っていた。
「続きは舞台の上でやれ」
私達は互いの顔を見ては笑い合いながら、舞台袖へと向かった。ビビリちゃんはいつの間にか、いなくなっていた。
舞台袖には、客席を覗ける小窓があった。マジックミラーになっていて客席の方からは見えないようになっている。
一回席と二階席そのどちらにも、お客様がたくさんおられる。空席を探す方が難しい。チケットは完売したと聞いているから、じき、あの空席にもお客様が来られるはずだ。あ、いた。一階の前列、一番いい席に彦おじさんと雛ばあを見つけた。近くに果矢のお母さんもいた。
確か、ここ桜水大劇場の座席数は二千五百五十だ。そのすべての席にお客様がいらっしゃる状態で、舞台に立てる。これ以上何かを望んだら、罰が当たりそう。だから、いいんだ。お母さんが来ていなくても。
「みなさま、本日はようこそ桜水大劇場へお越しくださいました」
開演アナウンスが流れた。
幕が上がる。




