海星組
噂が三つ流れていた。果矢についての噂と、私についての噂と、あともう一つ。桜水歌劇団に新しい組ができるという噂だ。
「ねえ、あの噂本当なの?」
「ちょっと答えなさいよ」
「止まりなさい」
上級生の質問や命令を無視して、果矢と私は廊下を進む。すれ違う人が私たちを見て、何かささやく。
「果矢、ついて来てるよ」
「気にするな。行くぞ」
果矢が私の手を取った。そのまま早足でC組の教室に入る。
「新しい組ができるっていうんがほんとなら、次は何の動物やろか?」
「鯨、海月、海豚、海胆、鮫といった、これまでの傾向を考えたら、次は海鼠組でしょう。間違いありません」
「私は鯱だと思うなあ」
「はいはーい。海象だよ、海象。あ、凪ちゃん、果矢ちゃん、おかえりー」
澪先輩と樹理先輩が来ていた。二人がいるのを見て、私と果矢の後をついて来た上級生はどこかへ行ってしまった。
「何でいるんすか?」
「陸井先生に呼び出されたんだ」
「今、新しい組の名前を予想してたんやけど、凪と果矢は何が来る思う?」
私と果矢は顔を見合わせる。
「どうしたのですか?」
「いや、私や果矢に関する噂のこと、訊いてこないんだって思って」
「噂は噂です」
「せやな。凪は凪で、果矢は果矢やし」
「他の生徒がうるさかったら、すぐ私に言ってくれていい。追い払うから」
「そうだそうだー。凪ちゃんと果矢ちゃんをいじめる奴は、この私、樹理ちゃんが許さないんだからねっ」
隠し事をしていた私を責めもしない。私を私として扱ってくれる。この人達も、彦おじさんや雛ばあと同じなのだ。お母さんと会ったことがなくても、私はとても恵まれている。
この人達になら言える。
「私、青架那美の娘なの」
「凪。大丈夫ですか? 無理して言わなくてもいいのですよ?」
「みんなには知っておいて欲しいの。噂では、親のコネを利用して入学したとか、C組の生意気が許されているのは、お母さんがバックにいるからだとか、色々言われてる。でも、もちろん、コネなんて使ってないし、C組のバックには誰もいない。そもそも私、お母さんに会ったことがないの」
みんなの表情が固くなる。
「でも、いつか会えるとは信じてる。えっと、以上です。あ、私、先輩方がいたのにタメ口で話してましたね。すみません」
「いいんだよ。話してくれてありがとう」
澪先輩はそう言ってくれた。樹理先輩は私を抱き締めてくれた。
「あ、凪を離せよ」
「いやだよーっだ。凪ちゃんはもう私のものだもんねー」
「てめえ」
「何してる? 座れ座れ」
凛さんが声を張り上げながら入って来た。
「校内で色々な噂が流れているが、それと関連してお前らに連絡事項がある。よーく聞け」
口元が笑っている。いいことだろうか?
「その前にちょっといいすか?」
「何だ、果矢?」
「凪が告白したから、ついでに言っとくけど、私が陸井凛の姪っていう噂、あれ、ほんとだから。な、叔母さん」
「ああ。事実だな」
「あははー。確かに二人似てるー」
樹理先輩が椅子から笑い転げた。
「まあ、何となく察しはついとったで」
熱美だけじゃない。怜夏も澪先輩も苦笑している。
「なんか、みんな、凪のときと反応違くねーか? なあ?」
「姪、黙れ。いいから聞け。重大発表がある」
凛さんが教壇に手をついて、私たち六人を見下ろす。
「新しい組が創設される。その名も海星組だ」
へー。
「反応が薄いな」
「だってウチら、まだ正式な団員やないですやん? 音楽学校卒業するまでは組に所属できんから、リアクションもしょぼくなりますて」
凛さんが唇の端を吊り上げる。
「なら、大きなリアクションを取らせてやる。海星組の団員は、ここにいる六人だ」
「なんやてっ」
熱美の声が一番大きかったけど、私も声を出してしまった。嘘でしょ。
「待ってや。なんでや? 音楽学校の生徒が劇団員になってええの? てか、他の組がしてるように桜水大劇場で公演とかやるん? そもそも、なんで新しい組を作るんや? すでに五つも組があるのに、これ以上増やしたって意味があるとは思えん。そこらへんどうなんや?」
「お前、よく口が回るなあ。いいか。新しい組を作ろうって動きは三年前ぐらいからあったんだよ。でも、すでに五組もあるから、これ以上は必要ないって意見も当然あった。で、新しい組を他の五組と差別化するにはどうすればいいか、考えた結果、音楽学校の生徒を使おうってことになった。でも、客の前に出せるだけの実力を持った生徒なんてそういない。企画を諦めかけた去年、澪と樹理が入学してきた。この二人ならいけると思った。さらに今年、生意気な問題児四人が入学。そしてついに、先日の劇コンを見に来た偉い人が、お前らの歌劇を観て、やれると判断し、海星組創設にうなずいたってわけだ」
本当なんだ。海星組、嘘じゃない。
「じゃあ、海星組のトップスターとトップ娘役を発表する」
私はつばを飲み込んだ。もしトップ娘役になれたら、お母さんが見に来てくれる可能性が高まる。
「トップスターは澪。トップ娘役は樹理」
異論はあるはずもなかった。




