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凪の歌  作者: 仙葉康大
第五章
37/52

主役

 大きな丸テーブルの上には台本が散らかっている。


「アンデルセンの『人魚姫』がやりたいです。分かっているとは思いますが、私が人魚姫役ですよ」

「『リア王』とか面白いんやけどなあ。ウチ、あのじいさん、すっきゃねん」

「どうせならこの分厚い台本やってみねーか?」


 果矢が指さしているのは、『レ・ミゼラブル』の台本だ。さっき書架から取って来たものだ。音楽学校の図書室の書架は、台本と楽譜、あとバレエを始め各種ダンスの教本など、歌劇に関する本で埋まっている。


 熱美が首を振る。


「『レ・ミゼラブル』なんて大作、できるわけないやろ。劇コンのルール、もう一度よく読んでみ」


 果矢がルールの書いてある用紙を手元に引き寄せた。私ももう一度確認する。


 桜水音楽学校校内歌劇コンクールの主なルール。

 参加は任意である。各グループの人数は問わない。一人から可。

 各グループ、持ち時間は一時間までとする。ただし、参加グループの数によっては調整を図る。

 エントリーはコンクール一週間前を締め切りとする。

 衣装は認めない。制服を着用すること。大道具の使用は認めない。ただし小道具は使ってもよい。

 コンクールの順位は、観劇した生徒と講師の投票によって決定する。


「つまりや、持ち時間は一時間やから、余裕を見て五十五分以内に終われる劇やないとあかん」

「『リア王』だって終わらねーだろうが」

「まあ、せやな。てか何をやるにしても、台本のアレンジは必要になるかもしれへん」

「では、『人魚姫』でいいですか?」

「悪くはないねんけど、歌劇やからなあ。主役の人魚姫が途中から終幕まで歌えんのは痛いで。あれ? そう言えば、凪は何やりたいか、言うてないやん。何かないん?」

「私はこれ、かな」


 シェイクスピア作、『ロミオとジュリエット』。


「ごめん。私、演劇、あまり詳しくなくて。でも、『ロミオとジュリエット』は知ってるから。安直だよね」

「度胸あるやん。ええかもな。仮にやるとして、キャストどうする?」


 果矢が机に足を乗せた。


「もちろん私と凪がロミオとジュリエットだ」

「果矢、つまらない冗談はやめてください。熱美と私がロミオとジュリエットです」

「怜夏てめー、さっきから聞いてりゃよ、何で自分が主役やる前提で話してんだよ?」

「前提ではなく事実だからです。歌、踊り、共に私が一番だと自負しています」

「歌は凪の方が、踊りは私の方が上だかんな。つーか、お前の演技力で主役やれるのかよ? どう考えても無理だろうが。今日の演劇の授業でもお前だけ大根だったじゃねえか」

「それを言うなら、果矢の歌だってひどいものです」


 私は、身を乗り出した果矢の手を引っ張って、椅子に座らせる。


「二人とも落ち着いて。仲良くしよ」

「凪、ほっとき。ウチらは四人ともトップ目指してるんやから、キャスティングで揉めるのは、仕方ないやん」


 ロミジュリの他にも色々劇の候補を出してみたけど、熱美の言う通り、キャスティングについて四人の意見が合致することはなかった。主役を誰がやるかの話になると、みんな、無意識のうちに声が大きくなっていって、図書室の司書さんから、静かにするよう何度も注意を受けた。すみません。


 結局、その日は何も決まらなかった。


 翌日の放課後も図書室へ行くと、司書さんが待ち構えていた。


「他の生徒の迷惑になりますから、当分は来ないように」


 そう言って渡してくれた台本が、シシ・アイスリー作、『フェアリーデュエル』だった。四匹の妖精が二対二で決闘をする話だ。


「この劇は主役とヒロインが二組出てきます。もうこれに決めてしまいなさい」


 誰も反対しなかった。それより、台本を読むのに夢中になっていた。


「これ、人数分のコピーです。で、こっちは劇中歌の譜面です」

「ほんまおおきにー。サービスよすぎやないですか?」

「今日もうるさくされては敵わないからですっ」


 黒ぶち眼鏡を片手で上げ下げしつつ、司書さんが声を荒げた。


「ほら、とっとと練習に行きなさい。どうせやるなら勝つのですよ」

「はいっ」


 思わず大きな声を出してしまった。四人とも。また怒られるかなと思ったけど、そんなことはなく、司書さんはただうなずいて、受付に座り直した。


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