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凪の歌  作者: 仙葉康大
第四章
34/52

西園寺さん

 駅近くの桜水公園、噴水前で、私は右へ左へ体の向きを変えながら、声を出す。


「桜水歌劇団です。よかったら」


 スーツ姿の男の人、犬と散歩中のおばさま、スイミングスクール帰りの子供たち、背中にギターを担いだ女の人。みんな、素通りしていく。


 まだ三個しか配れてない。


「お願いします」


 遠慮がちに手を伸ばしてみても、高校生のカップルは私に見向きもせず、ベンチのある方へ行ってしまった。


 疲れたので、肩をほぐしながら空を見上げる。太陽は沈んだのに、まだ夜にはなり切れてない。そんな時間帯の空気はなんだか湿っぽい。


「凪。どや?」


 安西さんが、たたんだ段ボール箱を脇に抱えて、やって来た。


「すごい、安西さん。もう終わったの?」

「終わった終わった。てか、熱美でええよ」


 安西さんは、いや、熱美は、私の段ボール箱をのぞきこむと、中のポケットティッシュを一つかみした。


「手伝ってくれるの? 悪いよ」

「ええてええて。凪、これな、コツがあるんよ。見とってや」


 前から大人の男性が来た。携帯を耳に当てて誰かと話してる。早足だ。


「ティッシュ、ティッシュ、ポケット、ティッシュ、出張、先で、大活躍。はいどうぞ」


 熱美は、二、三、四、五歩、男の人と並んで歩き、見事、ティッシュを渡してしまった。私は思わず拍手する。


「まず相手の足を見ること。歩調のリズムに合わせてティッシュを連呼。大声はあかんよ。ウザい思われたらおしまいや。あとは、ターゲットがティッシュを使ったり持ち歩いたりする場面を一個、言葉にする。会社員なら出張の移動中、鼻を噛みたくなったとき。学生なら、トイレのティッシュぺーパーが切れてるとき。主婦には無料を強調。ティッシュ一枚、零点零一円とか言ってみる。渡すときは、五歩までは一緒に歩く。このときも、相手の歩くペースに合わせなあかんよ」


「桜水の宣伝はしなくていいの?」

「凪は、宣伝しか言葉にせえへん人からティッシュ、もらいたい思う?」

「あ」

「そういうこっちゃ。まずは相手に、ティッシュもらっといて損はないよな、って思わせる。宣伝はティッシュの中に入ってる広告に任そや。ほな、頑張りや」


 熱美は私の背中を叩いてから、果矢のいる方へ駆けて行った。


 アドバイスを思い出しながら、配ってみる。ターゲットは白髪のおじいさん。歩くペースに合わせて、ティッシュ、ティッシュとリズムよく言う。お年寄りの方がティッシュを使うときは、えっと、どんなときだろう。このおじいさんはどんな人なんだろう? 杖はついてない。お年の割に足腰は丈夫そうだ。もしかして、公園の散歩を日課にしてるんじゃないかな。


「毎日の、散歩のお供に、どうぞ」

「どうも」


 やった。私は元気よくお礼を言ってから、飛び跳ねる。その後も熱美のアドバイスを守って配り続けた。ターゲットが変わるたびに、その人がどんな人かを想像しなければならないから、頭を使う。


 ――演劇の練習にもなるから、一石二鳥だと思ってな。


 凛さんの言葉の意味するところが分かった気がした。


 最後のターゲットは、犬を連れているのに散歩せず、ベンチで休んでいるおば様に決めた。歩いていない人に渡すのは初めてだけど、熱美のやり方を自分なりに工夫してやってみよう。


「あの、かわいいワンちゃんですね」

「ありがとう。犬、好きなの?」

「好きです。柴犬は特に」


 ほんと言うと、犬は好きでも嫌いでもない。動物なら、兎が好き。でも、これは演劇の練習だ。自分と演じる役の好みが一致しないなんて、当たり前のことだ。


「触ってみる? 多分、噛まないと思う」


 私は柴犬のあごの下を撫でてやる。光の粒が一つ浮かんだ、犬の黒目を見てると、ほんとに犬好きになっちゃいそう。


「あの、よかったら、ポケットティッシュ、もらっていただけないでしょうか? 最後の一個です」

「あら嬉しい。未来のトップ娘役からティッシュをもらえるなんて」

「え?」


 おば様が笑う。


「私、桜水歌劇団のファンなの。あなたのその制服、音楽学校のでしょ? おばさん、桜水大好きだから、散歩を中断して、あなたがティッシュを配っていく様子を観察してたのよ。あの子が桜水の舞台に立ったら、どんなに魅力的に映るだろうって想像しながら。色々大変なこともあるかもしれないれど、頑張ってね」


 見ず知らずの人からの応援がこんなに胸をつくなんて、思ってもみなかった。


「ありがとうございます」


 感謝を述べるのに、演技をする必要はなかった。

 果矢と西園寺さんはまだ配ってるのかな? 手伝いに行こうっと。

 果矢は公園の西口でティッシュを配っていた。熱美も手伝っている。


「あのババア、私だけティッシュの量、多くしやがった」


 確かに、果矢の段ボール箱が一番大きかった。理由がある。


「今日の朝、樹理先輩のこと呼び捨てにして、しかも訂正しなかったからでしょ。自業自得だよ。あと凛さ、ううん、陸井先生のこと、ババアとか言わない」


 果矢はふてくされた顔をする。


「凪、果矢に対してだけは、けっこう強気にもの言うやん? ウチや怜夏にもそんな感じでええねんで」

「無理無理。果矢には言えるけど、それは果矢があまりに生意気で失礼だから、注意してるだけだから」

「でも凪って、怜夏には注意せえへんやん。今日あの子、失礼通りこして不遜(ふそん)やった場面、あったやろ」

「あはは」


 そう。昼休憩のとき、廊下で上級生とすれ違っても、西園寺さんだけは挨拶をせず、指導された。果矢は意外にも挨拶したのである。からまれるのくそめんどくせえから、という失礼な動機ではあったけど。


「挨拶は基本。なんで挨拶しなかったの?」

「すみません。視界に入りませんでした。入ったとしても、あなた方に挨拶するかは微妙だったと思いますが、気分を害したのであれば謝ります。もう行っていいですか?」


 上級生の指導は昼休憩が終わるまでずっと続いた。

 熱美も凛さんも冷夏には注意してる。挨拶を始め、色々と。


 でも私は注意したことない。どころか、会話もあんまりできていない。話しかけづらいのだ。だって西園寺さん、いつも熱美の方ばかり見てるから。


 西園寺さんに対し、壁を感じている理由は他にもある。私、西園寺さんからはまだ一度も、名前呼ばれてない。苗字すら呼ばれたことない。もしかして名前すら覚えられていない?


「ま、怜夏も悪い奴やないから、凪ならすぐ仲良くなれる思うで。せやから、果矢の手伝いはウチに任せて、凪は怜夏のとこ行って様子見て来てや」


 熱美が意味深なウインクをした。

 よし。できれば今日中に、一回は名前を呼んでもらえるよう頑張るぞ。


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