トイレ掃除
私は腰をかがめ、トイレブラシを動かしていた。便器の汚れがなくなるまで磨き続ける。洗剤を足しては磨く。ダメだ。汚れ、落ちない。落ちろ落ちろ落ちろ。
「うううあああおおお」
「頑張ってるね」
言語中枢が麻痺しかけた私の肩を叩いたのは、澪先輩だった。今日もベリーショートの黒髪は艶があり、顔のお肌がきめ細かい。
「す、すみません。この便器はまだ掃除中でして、左の便器は磨き上げたばかりですから、どうぞそっちを、ってそうだ、昨日、私達のために謝罪して回ってくださったんですよね? 本当にすみませんでした。そしてそれ以上に、ほんっとうにありがとうございました。あ、私、自分ばっかりしゃべって、どうしよう、どうすれば」
「落ち着いて」
先輩が私の両肩に手を置いて、微笑む。どうしよう。心臓が痛い。
「花を摘みに来たわけではないんだ。凪の様子を見に来たんだよ」
「え? それって」
私だけ特別視してくれてるってこと?
「何か不安なことはないか、新入生一人一人のところへ行って訊いてるんだ。慣れるまでは大変だし、ナイーブになってる子もいるからね。できるだけサポートしてあげたいと思って」
この人、何なの? 新入生全員を落としにいっているとしか思えない。
「先輩、優し過ぎます。どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「先輩として当然のことだよ。凪」
「ひゃいっ」
先輩の手に片頬を包まれて、変な声が出た。
「昨日はごめんね。樹理にはきつく言っておいたから」
「そんな。先輩のせいじゃないです。百パーセント私達が悪かったですし、それに、樹理先輩の歌、とても勉強になりました。聴けてよかったです」
「君は強いね。いや、君たちは、か。果矢や熱美や怜夏のところへはすでに行って来たんだけどね、三人とも、君と同じように便器を磨きまくっていたよ。樹理の歌を聴いたのに、全然、落ち込んでいない」
果矢も安西さんも西園寺さんもそれぞれの担当トイレで頑張っているみたい。昨日はゲロ掃除で、今日からはトイレ掃除か。とことん汚物に縁のある四人だ。
「もしかしたら本当に、君たちの中からトップスターやトップ娘役が出るかもしれないな。期待してるよ。特に凪。昨日の校歌のイメージ。桜と陽の光。決して悪くはなかったよ」
私の頭を撫でてから、澪先輩はトイレを出て行った。
悪くはなかった、か。
次は、よかったって言わせてみせる。




