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凪の歌  作者: 仙葉康大
第三章
19/52

舞踊試験

「これより舞踊(ぶよう)試験を行います」


 多目的ホールには受験生が集まっていた。五十人はいると思う。でも、百人はいないかな。大勢いる試験官も合わせたら、百人超えるかも。


 試験官は説明を続ける。


「まずバレエ。曲を流すので、それぞれ自由に踊ってください。次に社交ダンス。今組んでいるペアで、スタンダードのワルツを踊っていただきます。社交ダンスについては、本番の前に十分間の練習時間を設けます。なお、バレエについても社交ダンスについても、手本として現役の、桜水の役者二名が前方で踊るので、参考にしていただいてもかいません」


 社交ダンス? 私、バレエ以外習ってないよ。どうしよう。ペアで踊るとなると、宗谷さんにまで迷惑かけちゃう。


「おい、水野。何ぼうっとしてる。バレエシューズ出して準備しろ」

「う、うん」


 バレエシューズに履き替えて準備する。どうしようどうしようどうしよう。


「どうした? 具合悪いのか?」

「いや、体調は大丈夫。ただ私、社交ダンス、したことなくて。だから、試験官の人に言って来る」

「はあ? 何を?」

「宗谷さんが別の人と踊れるようお願いしてくる」


 歩き出すと、宗谷さんの手が間髪入れず伸びて来て、私の手首をつかんだ。


「行かなくていい」

「でも」

「いいから。社交ダンスのことは後で考えろ。まずはバレエだ。集中しろ、バカ」


 バカって言われても反論できない。だって宗谷さんの足を引っ張っちゃったら、それこそ本当にバカだから。


「死ぬ気でやれよ」

「うん」

「返事が小さいぞ、チビ」

「もうっ。やるよ。やればいいんでしょ」


 受験生がホール全体に散って、踊れるだけのスペースを確保する。私は宗谷さんの前で踊ることになった。


 聞いたことのない曲が流れ始めた。

 練習したことのない曲だから、振り付けも自分で考えないといけない。


 アクロバティックなことはしない。私はバレエを習い始めてまだ半年も経っていない。だから、他の子と比べて技術は劣る。でも、基礎はできてるってことをアピールする。


 片足を横に出してタンジュ、片足立ちのパッセ。次、何しよう。混乱したら、基本姿勢パラレルに戻る。

他の受験生は、空中で回転したり、軸のぶれないターンを連続で決めたりと、私にできないような難しい技を決めている。前方で模範演技をしている役者さんなんて、もはや別次元だ。一つ一つの動きが正解って感じ。


 ――焦って自滅するんじゃないよ。


 雛ばあの声が頭に響く。


 ――私は基礎しか教えてないからね。できない技はするんじゃないよ。愚直なまでに基礎を見せつけな。それでいい。


 フォンデュ、ジュテ、フラッペ、アン・ドゥオール、アン・ドゥダン。曲に合わせて基礎の技を披露する。手の先、足の先、頭の先を意識して、動作が雑にならないよう丁寧に、でも、滑らかに体を動かす。筋肉に負荷がかかり、叫びたくなるけど、顔はなるべく笑顔で。


 雛ばあ、私、踊ってるよ。まだ桜水の舞台は遠いけど、まだスタートラインにも立ててないけど、踊れてる。ありがとう。


 曲の終わりに合わせてピルエットを決める。


 試験官が拍手した。受験生みんなに。私も拍手した。他の受験生に。やっぱり四、五か月頑張っただけじゃ、長年バレエをやってきた人には敵わなかった。今日はその差を体感できた。よかった。


「後ろで見てたけど、悪くなかったじゃん」


 宗谷さんが汗一つかいていない顔で声をかけてきた。


「お世辞はいいよ。社交ダンスの件、試験官の人に言って来るね」

「だから、いいって」


 また手をつかまれた。


「あ、今、手、汗でべたついてるから、触らない方が」

「んなこと気にするかよ。それに、お前が社交ダンス未経験ってのも気にしない」

「どうして? もしかして宗谷さんも未経験とか?」

「いや」


 宗谷さんがアシンメトリーの笑みを浮かべた。怖い。怖いよー。


「ではこれより十分間、社交ダンスの練習を行ってください」


 宗谷さんは私を引き寄せると、手をどう組むか教えてくれた。続いてステップの練習に入る。


「ほんとに私でいいの?」

「いいって言ってんだろ。しつこいぞ。ハイ、ワン、ツー」


 宗谷さんのリードでホールの外周を進んでいく。


「手、もう少し力抜け」

「はい」

「これがナチュラルターン、で、反対回りがリバースターン」

「きゃっ」

「いちいち悲鳴上げんな。私にくっついてれば、絶対こけさせねーから」


 確かにまだ一回もこけてない。それどころか、初めてなのにターンを決めれた。


「宗谷さん、社交ダンス習ってたの?」

「習ってたっつーか、習わされてたんだよ。フィギュアの振り付けの参考にするため」

「フィギュア? 振り付けってもしかしてフィギュアスケート?」

「口が滑った」

「スケートだけに?」

「次くだらない冗談言ったら、二度とお前とは踊らない」

「もう言わないから許してよ」


 何だかフィギュアスケートのことは話したくないみたい。なら、聞かない。

 試験官が笛を吹いた。練習時間の十分が終わったのだ。


 私と宗谷さんはホール中央に陣取った。他のペアも位置を決めて落ち着くと、曲が流れ始めた。ワルツは三拍子の一泊目にアクセントがある。それぐらいは曲を聞けば分かるけど、体をどう動かせばいいのかは分からない。


「心配しなくていい。私に任せろ」

「お願いします」


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