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凪の歌  作者: 仙葉康大
第三章
17/52

新曲視唱

 教室の入口横に椅子がいくつか並んでいて、試験管の人が「呼ばれるまでここでお待ちください」と言った。


 座って待つ。


 次はどんな試験だろう? 連続で面接なんてことはないと思うけど。今日、あとどれぐらい試験を受ければいいんだろうか。


「果矢。宗谷果矢」


 突然、隣から声がした。


「え?」

「名前だよ。そう言えば、言ってなかったと思って」


 あ、面接が始まる前、教室で待機していたとき、私、名前を訊いたんだった。あのときは、慣れ合うつもりはないとか言って、答えてくれなかった。でも今、答えてくれた。面接のときも名乗っていたから、宗谷さんの名前が宗谷果矢だってことは知ってる。でも、もう知ってるよ、なんて言えなかった。


「私、凪って言います。水野凪」

「何で敬語?」

「えっと、まだ親しくないので」

「さっきの面接で言ってたから分かったけど、お互いタメだろ。中三同士。だから、同級生に話す感じでいい」

「じゃあ敬語やめる。改めてよろしく宗谷さん」


 うわわ。やった。これぞパートナーって感じのやり取りだよ。このいい雰囲気のまま行けば、次の試験は楽勝かも。


 宗谷さんが噴き出した。


「お前、気持ち悪いぐらい笑顔になってるぞ。顔面に感情丸出し」

「なっ、なんで人の笑顔に気持ち悪いなんて形容詞つけれるの?」

「事実そう思ったんだからしょうがねーだろうが」

「事実なら何でも言っていいと思ってるの? どれだけ幼稚なのよ。役者目指すなら、もう少し本音と建て前ぐらい使い分けた方がいいと思う」

「ポーカーフェイスもできねえてめえが、役者を語るんじゃねえ」


 咳払いが廊下に響き、「お静かに」と一緒にいた試験官が言った。本日二度目の、私語をたしなめる咳払いだった。


 二人して謝る。


 宗谷さんが私の脇腹を小突いてきた。


「てめえのせいで怒られたじゃねえか」

「私のせい? 宗谷さんだって騒いでた」


 囁き声で互いを責め合っている内に、中へ呼ばれた。


 面接で使った教室より広い空間だった。磨き上げられた床に譜面台が二つ置いてあった。端の方にはピアノもある。


 譜面台の前に立ち挨拶すると、譜面を渡された。二枚ある。曲名のところには、それぞれA、Bと記号が打ってあった。どちらも二十小節ぐらいの短い曲だ。


 長机に座っている試験官の一人が微笑を浮かべた。


「宗谷さんはAの譜面を。水野さんはBの譜面の歌を歌っていただきます。練習時間は五分。どう使ってもかまいません。ピアノは両端に一台ずつあるので、一人一台、ご自由に使ってください。始め」


 新曲視唱か。初見の楽譜をどこまで歌えるかを見る試験だ。今年は面接といい歌唱試験といい、王道な内容ばかり。やった。


「まじかよ」


 隣の宗谷さんが楽譜を見ながら、青ざめていた。


「ど、どうしたの?」

「なんでもねえよ。自分のことに集中しろ」


 そう言って、ピアノの方へ行ってしまった。変なの。私は宗谷さんに背を向けて、反対側の端へ向かう。ピアノで音階を一回弾いてから、譜面に出て来るドの音を弾く。よし。高音域だけど、この音域なら力まず出せる。


 寝転がって、自分の歌うBの譜面を見ながら、発声練習をする。丁寧にやる時間はない。でも発声しとかないと、結局、いい歌は歌えない。ウォーミングアップなしで短距離を走っても、いいタイムが出ないのと同じだ。幸い、曲はそんなに難しくないし、一回だけ通しで歌おうかな。そう思ったところで、笛が鳴った。


「時間です」


 譜面台の前に行く。


「宗谷さんから歌っていただきます。公平を期すため、水野さんは自分の番が来るまで、Bの譜面を裏返して床に置いてください」

「あ、Aの譜面はどうしたらいいですか?」

「ご自由にご覧になってけっこうですよ」


 そう言えば、なんで私にもAの譜面を渡したんだろう? Aを歌うのは宗谷さんであって、私じゃないのに。


「では、始めの一音が鳴った後、自分のタイミングで歌い始めてください」


 試験官がピアノを弾いた。

 Eの音。

 宗谷さんが息を吸って、歌い始める。

 男役志望だからか、私の曲と比べたら低音域だ。


 うーん。若干、音程がずれてる? 正確ではない。テンポも速くなっていく。緊張してるからかな? にしてもよく息が続くなあ。肺活量はあるんだ。あ、スラーの最中にブレスした。せっかくの肺活量を活かせてない。もったいない。


 ん? 声の出し方が雑になった。


 投げやりになっちゃダメだよ。そう目で伝えようとしてみたけど、宗谷さんは譜面以外見ていない。口を開けて歌っているのに、歯を食いしばっている表情がダブって見える。


 終わった。


「では次、水野さん、お願いします」

「は、はいっ」


 足を肩幅ぐらいに広げて、イメージする。青架島の砂浜を。その先に広がる海を。


 ブレス。


 出だしの音が空間を飛びぬけて外へ抜けて行った。まずはまっすぐ歌う。徐々に音を広げて行く。自分の立ち位置を中心にして、上下左右前後、死角なく声が伸びて行くイメージだ。


 音楽記号にも注意する。クレッシェンド、スラー、スタッカート、アクセント。違いが分かるように、でも、わざとらしくならないよう、加減を微調整する。


 あとは、そうだな。

 楽しく。


 最後の音が消えた。試験官も宗谷さんも私を凝視したまま、身じろぎ一つしない。


 あれ? もしかしてとんでもない大ポカかましちゃった? 譜面を確認しようとすると、宗谷さんの唇が動いた。


「すげえ」


 宗谷さんが瞳に目いっぱい光を取り込んで、そんなことを言うから、私は思わず目を逸らしてしまう。今まで口喧嘩ばかりだったのに、急に褒められたら、調子狂う。やめてよ。私はすごくない。凛さんやお母さんに比べたら、全然、すごくないんだよ。


「では、続きまして」


 試験官から新しい譜面をもらう。


「今度は二人で歌っていただきます。練習時間は十分。始め」


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