第7話 NPCとは
リアムの初期装備
防具→革装備(品質最悪)
武器→ぼろっちぃ剣
「はぁ……はぁ……」
乱れた呼吸を整えながら、隣で倒れている彼女と、ようやくたどり着いた革屋の店らしき場所を見る。
「なぁ、お前は何回この下りをすれば気が済むんだ……?」
「わ、私だって好きでやってるんじゃないんです……そもそも、MAPが悪いんですよ、MAPが。だって、私の向きに合わせて地図も向き変えてくれないんですもん」
なんて屁理屈。いや、これが方向音痴なのか。
「というか、何で毎回迷うだけで倒れてるんだよ……」
「うぅぅ……私、聖職者なのでスタミナが極端に少ないんですぅぅ……」
「プロの案内人の名が廃るな」
「そ"の"は"な"し"は"や"め"て"く"た"さ"い"~」
泣かれても知らん。そもそも、方向音痴がソロでするなよ。……いやま、ソロだからこそこいつを選んだし、俺としては助かるけどな。
「んで、ここが噂の革屋か?」
看板がないから店、と言っていいんだかも分からないが。
店先には革装備と、呑んだくれのじいさんがいるだけだ。じいさんは瓢箪片手に、飲んでは顔を真っ赤にしているだけで、店番の意味をなしてない。
店も大きくなく、こじんまりとしたもので、並んでいる革装備だって貧弱だ。正直、店とは思えない。……そう、思えないはずなのだが。
俺の記憶が、彼がこの店の店主であることを肯定する。
植え付けられた記憶ではあるが、俺の形式ばかりの貧弱な革装備も、このじじぃから無理言って揃えてもらったものだ。
いつも、飲み屋で悪酔いして、俺が介抱してやるじじぃだ。
「おい、じじぃ。厄介になるぞ」
「ヒ~ウィック」
じじぃの目の前で聞くが、じじぃからは何の返事もない。変わらず、酒を飲んで顔を赤くしてるだけだ。
「話し掛けても返事は返ってきませんよ?この世界のNPCは基本、スクリプテッドAI──つまり、他律型AIなんです。今時のVRMMOにしては珍しいですよね~」
「へぇ」
他律型ってことは、自分の意思を持たないのか。
──結局は、じじぃも俺と同じNPCってワケか。
何故か、胸の奥がしぼられたかのような痛みが走った。
それがなんなのかは分からない。だが、痛い。それだけは確かだ。
「邪魔するぜ、じじぃ」
返事が返ってこない。それでも、このじじぃには言っておかないといけないように思ったのは、俺もNPCだからか。
「お、お邪魔しますね」
遠慮なく店の奥へと進んでいく俺に着いてくる様に、彼女も恐る恐るついてくる。
「返事が返ってこないNPCにわざわざ言ってやる必要ないだろ」
「いえ……。なんか、やっぱり言わないと人間的にダメだなぁって」
「さっきと言ってること違うじゃねぇか」
「あはは……やっぱり、変、ですかね?」
苦笑しながら言う彼女をチラリと見る。──ホント、そういう所が嫌いだ。
必要ないのに、言うなんてバカらしい。NPCを、まるで人間みたいに接するなんてな。
どうせ、心はないのに。
だが……。
「ま、いいんじゃねぇの」
何故か、胸の奥の痛みがスッと消えた。だから、別に良いかと結論付ける。
そのまま、特に喋るでもなく、黙ってじじぃの家にあがる。じじぃの家は店と繋がってて、記憶上だと何回かお世話になっているから、勝手はなんとなく分かる。
「寝床は……確か2階で、食い物は地下に置いてたな」
階段を上る度に、ギシッと床が軋む音がし、木屑が下へと落ちていく。立て付けの悪い扉を開け、寝室の確認。あいつには、下の階にある台所や部屋の様子を見に行ってもらった。
「あいつ、まさか家の中でも迷子になんかならないよな……?」
流石にそれはないか、とも言えないことに、笑えない。
寝室も確認出来たし、とりあえず下に行ってやるか。
「おい、無事か」
人の気配がする地下室の方へと向かうと、地下室前で扉と睨みっこしていた。
「何してんだ」
「あ、………あれ?」
「どうした」
声をかければ、振り向いたのはいいが、眉を顰め、考え事をし始めた。
「いや、私そういえば、名前聞いてなかったなって」
「あ?今更か」
「今更です。お名前なんですか?」
「リアムだ。好きに呼んでくれて構わない」
「リアムさん、ですね!」
笑顔で名前を呼ばれ、ふと、『NPC』以外で呼ばれるのは、意識が生まれてから地味に始めてだということに気がつく。
名前を呼ばれると、まるで──。
「リアムさん」
「……ぁ?」
「怖い返事頂いちゃいました……リアムさん、怖いです」
「悪いな。考え事してた」
おかげで何考えてたか忘れたが、忘れる位ならどうでもいい事だ。
「で、なんだ」
「いや、ほら、名前言ったら、私の方にも聞き返してくれないかなぁって……」
こちらを伺うように見てくるこいつに、眉を顰める。
「めんどくせぇ女だな」
「めんどくさくないですよ!」
「……名前聞いても、お前しか言わないから必要ないぞ」
「いいですよーだ。勝手に言っちゃいますからね!私はユリです。本職は聖職者で、回復スキルしか取ってません。で・す・が!回復なら誰にもひけを取りません、1番です!」
ずぃ、と1番であることを主張する為に、人差し指を立ててくる。そんなに主張しなくても、疑わ……疑うわ。こんな方向音痴が1番とか。無理だろ。
「あっ、その顔信じてませんね!いいです、いつか証明して見せるんですから!」
「ほぃほぃ。ま、頑張ってくれ」
「むぅ……。初心者さんだから優しくしてあげようって思ったのに」
まぁ、いいです。と引き下がり、引き続きユリは扉と睨みっこを始めた。
「で、何してんだ」
「いや、お腹空いたし、何か作ろうかなって思ったんですけど、人様の家の冷蔵庫、あ、食物庫?……を勝手に開けていいのか考えてたんです」
「人様って……NPCの家だぞ?」
「じゃあ、リアムさんは怒られないと分かってても、人様のお家で食物庫開けられるんですか?」
「いや、そりゃまぁ……」
怒られないとしても、それは立派な犯罪だし、何より道徳的に反する行為だ。うーん……。
「無理、だな」
「そういうことです」
「だが開ける」
「あっ!リアムさんの馬鹿ぁ!!」
しかし、ここはじじぃの家だ。遠慮はいらない。横で何か吠えてるが、知らんふりだ、知らんふり。
中身は……ロクなもんが入ってねぇな。食物庫の中、ほとんど酒瓶だらけだ。それも、食物庫全体に保存の魔法がかけられているとか、どんだけ酒が好きなんだあのじじぃは。
「チッ、しけてやがんな」
「失礼ですよ。そりゃ、私は飲めないのでがっかりですが」
「ぁ?お前、今何歳なんだ」
「16歳です。法律的にアウトです」
胸の前でバッテンを作り拒否するユリを見て、何だつまらん、と思う。
「ほぉ、そりゃ残念だな。俺は後で頂くとするか」
ま、俺も16歳だけどな。
食物庫、もとい酒蔵はそのままに、1階に戻ってから、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
「お酒はいいとして……ゲームの外の方では何か食べてきてないのか?」
「このゲームはそれとこれとは別なんですよ。こちらの世界でお腹が空けば、現実でお腹いっぱいであろうと関係ないんです。ステータスにも、スタミナとかHPの方に影響出ちゃいますし……」
こちらとしては好都合っちゃ好都合な設定だな。
「いいな、その設定」
「はい!何だか本当の異世界に来たみたいで、これはこれで面白いんですよね!ご飯も美味しいですし!」
その場が華やぐような笑顔に、思わず面を食らう。
大きな瞳をきらきらと輝かせ、口元を綻ばす。……顔は結構可愛いんだよな、顔は。
「でも、今日はもう暗いので美味しいご飯は諦めましょう……。私の保存食でよければ、リアムさん食べますか?」
肩にかけていた鞄を漁りユリが取り出したのは、紙に包まれた干し肉だ。保存魔法もかけず、紙で巻いただけで保存しているから、長くは持たないだろうな。
「ボルチィか。貰っていいか?」
「どうぞ」
手渡してから、ユリがボルチィを一口食べると、「うぅ…ボルチィは相変わらず美味しくないです…」なんて涙しながら食べていく。
俺も一口、と口に含むと……とんでもなくまずい。
よく水分が抜けていて、保存食としては完璧だが、パリパリしてるし、臭みもとれていない。鼻から抜ける臭いのせいで、吐き出しそうになる位には、まずい。
「おい……このボルチィ最悪だぞ」
「ぅぅ……ボルチィの有名店って言ってたのに、騙されましたぁ」
本当にこいつ、聖職者で1番のプレイヤーなのか疑わしくなるほどポンコツだな。
「私、これ食べたらログアウトします……ぅぅぅ」
ログアウト。多分、この世界からあいつらの世界に戻るという意味か。こいつにとっては、何でもない一言だったのだろう。だが、その一言で俺は現実へと引き戻されてしまう。
──俺は、NPCなんだと。
「ぅぐっ……ふぅ。では、ログアウトします。おやすみなさい、リアムさん」
「あぁ、おやすみ」
欠伸をしながら、彼女はこの世界から消えた。
「………。」
1人、黙々とボルチィを食べる。食感も悪く、匂いも悪い、最悪なボルチィを。
その場に、パリパリという音だけが響いた。
◇◇◇
──真夜中。
ギシ、ギシ、と嫌な音を立て階段を上る足音が1人分。
その足音の行き先は、2階の寝室。
寝室にあった布団を身体に巻き付け、ベッドの上だというのに、座りながら眠るリアムに、人影がさしかかった。
リアム「( ˘ω˘ )スヤァ」
ユリ「あ、ぐっすり寝てる。かわいい」
…………………………………………………
~ユリver.~
ユリ「( ˘ω˘ )スヤァ」
リアム「……この寝顔、殴りたい」
ユリ「何でですか!普通は守りたいんじゃないんですか!(。>д<)」
リアム「狸寝入りか」
ユリ「はっ…バレてしまいました!Σ(´□`;)」