第6話
俺は、こいつが──嫌いだ。
何故かは分からない。ただ、あの若菜色の瞳を見ていられなかった。
「クエスト、受けてくれてありがとな」
お礼を言えば、キョトン、とした表情でこちらを見るその顔も。
「いいえ、私なんかで良ければ!と言ってもまぁ、回復しか出来ないのですが」
なんて、苦笑する顔も。──嫌いだ。
だが、利用価値はある。回復しか出来ない、というのも良い。裏切った時も簡単に対処出来る。でも、そうならない様に俺は彼女を騙す。
まずはNPCであること。そして、良い人であることを演じる。
そんな悪い考えを隠す為に、リアムはにこりと、人の良い笑顔をユリに向ける。
「いや、回復が出来るのは助かるよ」
「そう言われると嬉しいです!……あ、いつまでもここにいると危ないですよね。最近見つけた、隠れるのに良い場所があるんです!そこに案内しますね」
「ありがとう。俺の事情に巻き込んで悪いな」
「そんな。私、人を助けられるのが嬉しいんです。気にしないで下さい。……さ、街に行きましょう」
歩き始める彼女の後頭部を見ていると、ふと、ある単語が頭の中に浮かび上がった。
──偽善者。
巻き込まれて迷惑がる奴がいても、喜ぶやつなんていないだろうに。
助けてもらっておきながら、偽善者である彼女に嫌悪感を抱いた。
「そういえば」
「ん?」
「ここ、どこですか?」
「は?」
突拍子のない質問に、思わず歩みを止めてしまう。
「?突然止まって、どうしたんですか?」
背後の気配がついてこないのを察してか、不思議そうな顔で振り向いた。が、リアムとしては何でそんな不思議そうな顔をしているのか、逆に聞きたい気分にかられる。
「お前、まさか分からないまま歩いてたのか?」
「はい、そうですけど……?」
「いや、はい、じゃねぇよ!?案内するんだよな!?」
「あ、私方向音痴なんです」
「案内に向かない人が案内しちゃダメだろ!?」
顔を朱色に染め、もじもじしながら音痴宣言する彼女に、殴りたい衝動が芽生えるが、震える右手を抑え耐える。
ここで彼女を殴れば計画は水の泡なのだ。我慢、我慢……。って、ん?方向音痴?
「いや、待て。方向音痴なのに、ここまでどうやって来たんだよ?」
「勘です!」
「そっかぁ。勘かぁ、うん、そうだよねぇ。……そっかぁ」
……こいつ、チェンジしたい。
「あ、何ですかその遠い目!」
「お前がそうさせるんだ」
「えぇ!?」
文句を言い合い、勘に頼りながらリアム達は森の中を突き進んでいった。
◇◇◇
日は完全に沈み、夜。街灯がほのかに道を照らす中、憔悴しきった顔の男女2人が石畳の道をふらふらと進んでいく。
「疲れ……ました」
女の方が、ガクンと膝から崩れ落ち、杖を手から離す。そんな女を、男は、同じく遠い目をして見つめる。
「街に行こうって言ったのは誰だったんだろうな……」
「あ、それ私です……」
「私です、じゃねぇよ!?」
この街から、森は目視出来る距離にあった。あった、はずなのだが。
「何でここまで来るのに、3時間もかかるんだよ!?」
余りにもひどい結果に、涙目になりながら崩れ落ちたユリの襟元を掴み揺らす。
「はぇぇ……揺らさないで下さいぃ……」
抵抗する元気がないのか、揺らされるのに身を任せるユリを見て、今は何をしても無駄だと察したのか、リアムは手を止め、ため息をついた。
「とりあえず。もう、お前の勘に頼っちゃいけねぇってのは分かったから良しとするか」
「そんな!酷いです!」
「この状況がな?」
そんなぁぁ、なんて泣きながらしがみつくユリに呆れ、ユリを無視し、リアムは始めての街を見渡した。
辺りを見渡す限り、歩いているのは2人。
格好はリアムとそう変わらない、地道な色合いのラフな上着とズボンに、革のロングブーツ。とりあえず普通の村人の格好なのを見て、襲われる心配はないだろうと、安堵の息をもらす。
街自体は石造りの家々が立ち並ぶ普通の街──なのだが、夜だというのに家から光は漏れておらず。
夜だから、というにしても異質すぎる光景。街にある時計が指す時間も7時と、そこまで遅い時間でもないのに、ここまで人の気配が無い、となると、自分の常識と照らし合わせても明らかに異常だ。
「ま、俺の常識は植え付けられたもんだから、どこまで正しいか分からんが……」
「あれ?何か言いましたか?」
「……いや、何でもない。それより、安全な場所は本当にあるんだろうな?」
方向音痴に場所を聞くのはどうかと思ったが、一応聞いてみる。
「ありますよ。えっと……そこの雑貨屋の左を曲がったら、革屋があるんです。……と言っても、あるのは使えない革装備ばかりで、特殊武器製造の方がメインみたいなものですが」
「革屋……?」
聞き覚えのある単語に、頭を捻る。
「一応革屋ですよ。あそこ、私しか解禁出来ていないので、私が紹介しない限り誰も来れないはずです」
だが、ユリはそれが革屋である事に疑問を抱いたと思ったのか、検討違いの解答が返ってくる。リアムとしてはそこを追及する気はなく、適当に相槌をうって流す。
「ふぅ。スタミナ切れ回復したんで、行きましょう。すぐそこなんです」
「すぐそこ、か……。着くのに何時間かかるんだろうなぁ」
「さすがにそこまで酷くありませんよ!?」
「え?」
「え?じゃありません!ホントですよ?一瞬で、スパパパーンッて着くんですから!」
「えぇ……」
「信用して下さいよ!!」
涙目になりながら反論するユリを見て、笑う。
面白い反応する奴だな、と思うのと同時に、俺が騙してるとも知らずに、こいつはこのふわふわとした空気に浸かり、信じきっている馬鹿な奴だとも思う。
この、人を信じきっているお花畑の頭に、どうやったらなるのか。むしろ俺が騙されているんじゃないかと、疑わしくもなる。
そんな考えを悟られないように、慎重に言葉を重ねていく。
「だって、目の前の森から街に行くのにも迷ってるのに、なぁ……?」
「あ、あれは地図がないからなんです!流石に、MAPがある街じゃ迷いませんよ!」
……街にはMAPがあるのか。
彼女の言葉から、プレイヤーを演じる為の情報を覚えていく。
しっかり設定は覚えていかないと、プレイヤーを演じるのに限界は来る。その点、抜けている彼女は好都合で、やっぱり彼女を選んで良かったと思う。
「へぇ。MAPがあれば、ねぇ……?お手並み拝見と行こうじゃないか」
「いいでしょう……私の力を見せる時が来ました。とことん見て下さい」
「……お前、本職なんだっけ?」
「聖職者です!だけど今だけは案内人。フッ、このプロの案内人たる私にかかれば、スパパパーンッです」
「スパパパーンッ、ねぇ」
「スパパパーンッ」
「言っただけじゃやった事になんねぇからな?」
説明通りだと、左に曲がらなきゃいけない雑貨屋前の道を通りすぎながら、リアム達は街を歩いていく。
「……。」
──やっぱ人選間違えたか。
なんて、考えるリアムと、鼻歌を歌いながら進むユリは、どこへ向かうのだろうか。
ユリ「あれ?な、なんかMAPが変です!つきません( ;ω;)!」
リアム「そりゃ、初っぱなから間違えてるからな…(-.-)」