第5話
声が聞こえたんだ。──希望の、声が。
「そこまでです!」
杖を突き出し、意思の強そうな若菜色の瞳が彼女を断罪する様に鋭く光る。
「……あんた、誰よ」
「へ?あっ!これは名乗りもせずにとんだご無礼をっ…!」
慌てた様子で杖を抱きしめ、眉を下げる彼女。心なしかさっきまでの意思の強そうな瞳も、ぷるぷると震え始めている。
「わっ、わたひはっ、そのっ……リ、です」
「はぁ?聞こえない。……というか、あんたみたいな無能そうな奴が私に関わらないでくれる?無能が移るのよ」
「そ、それに関してはごめんなさい……。で、でもっ!とにかく、弱いものいじめなんてダメです!」
目をつぶり、杖を前に突き出した彼女の白いローブと銀の髪が、風でふわりと舞う。
周りには彼女の瞳と同じ色の粒子が舞い、杖の先端へと粒子が集合していき、
「《ハイヒール》!!」
粒子が解放され、二人を包むように散っていく。そう、俺と女騎士を包むように。
「……って、普通、そっちにもかけるかぁぁあああああ!?!?!?」
「ひゃぁぁあああああ!!ごめんなさいいいい!?!?」
助けに来た(?)のは、今や泣き出し、小動物の様に震えるとんだぽんこつだった──が。
「でもま、助かった。ありがと……なっ!」
口元をニヤリと歪め、リアムは悪どい笑みを浮かべる。
「えっ、ちょっ、な!?」
身体を起こすついでに、女騎士の足首を持ち、油断したところで体勢を崩させる。そのままの勢いで地面に倒れた女騎士の剣から手は離れはしたが、依然俺に突き刺さったまま。正直、めちゃくちゃいてぇ。
──けど。
片手は女騎士の足を掴んだまま、もう片方の手は腹に突き刺さった剣に手をかける。
「なっ、何するつもり……?」
「言われなくても分かってる癖に。このいけずっ、てか?」
剣に手をかけた方に力を込める。ずぷっ、ずぷっ、なんて嫌な音をたて、痛みで脂汗が浮かぶ。
「あんた、まさかっ……」
「ハッ……。そのまさかさ」
俺の体で隠れていた剣身が、徐々に、血をこびりつかせて出てくる。
「痛かった分、仕返しをしないと、……なっ!」
最後は力任せに引き抜き、血に濡れた剣を取り出す。切っ先からは血が滴りおち、地面を汚していく。
「はぁっ、はぁっ……」
「嘘、でしょう……?」
「お前が逝ったら、俺は、晴れて自由の身になれる可能性を見つけたんだ。その為ならこの痛み、どうってことねぇ」
両手で柄を掴み、女騎士の上へと持ち上げて。
「あばよ、負け犬」
俺の全体重をかけ、女騎士の腹へと突き刺した。
女騎士は光の塵となって霧散し、空へと上がっていく。何度みてもこの光景は、何故か嫌いじゃなかった。
「……助けを呼んだのは、貴方だったんですよね?」
後ろからかけられる声に、静かに振り返る。
「覚えはないが」
「嘘です。あれは、貴方の声でした」
さっきの小動物はどこへやら。真剣な眼差しで聞いてくる彼女は、今まであった誰よりも、真っ直ぐこっちを見ていた。1人の人間として、対等な関係であるかのように錯覚させる程に、真っ直ぐ。
「……時間か」
俺の身体も、女騎士と同じように、指先から光の塵へと変わっていく。
この2044回で分かった事の1つ、クエスト受注者がいなくなると、クエストは破棄されたことになり、俺は初期配置に戻る──つまり、今の俺は自然消滅してしまう。
「なぁ」
怖いんだ、本当は。消えるのが怖くて、怖くて。だから、ずっと何回も何とか出来ないかって、考えた事が1つだけあった。
「願いが、1つだけあるんだ」
「……なんでしょう?」
彼女は、俺が考えたその計画の条件にピッタリだったんだ。
「クエストを、受けてくれ」
彼女の目の前に、クエスト受注画面を開く。
何度も何度も試行して、800回目以降はこれが死因になることもあった。
俺という数字の羅列に、俺自身が侵入する。
膨大な量を目の前に、脳が焼ききれ死んだ。その中で偶々掴んだ、一回きりの奇跡。
数字の中にあった、クエスト受注者画面表示用プログラム。
俺を殺しに来る奴らは、俺のおんぼろ武器を目的にクエスト受注争いを繰り広げているらしい。クエストは原則、他プレイヤー、もしくは他パーティーが同時に受ける事は出来ず、そこは運任せらしい。
その一回を掴みとる誰かを、強制的に選ぶ事が出来る。
これが、俺がこの2044回の間に、たった一回だけ成功させたものだ。
「なんかよく分かんねぇけど、俺、懸賞金出てるらしくて。さっきの女みたいなのに狙われて困ってんだ」
勿論そんなのは嘘だ。──俺は彼女を信じられず、嘘を吐いている。
俺のクエストは、俺を守る事。初期のクエストからその設定は変わっていないから、そこんとこ弄んなくて良かったのは正直助かった。
「な?頼むよ」
人の良さそうな顔で、眉を下げてお願いする。
俺が消滅しない原理はこうだ。
彼女がクエストを受ければ、俺のクエストNPCとしての存在が確立され、自然消滅はしない。──かといって、クリアされても自然消滅してしまう。
しかし、だ。俺は今や、ほぼ全プレイヤーから狙われているお宝NPCらしい。そんな奴を守り抜くなんてほぼ不可能に近い。クエスト達成は難しいだろう。
じゃあどうするか?──逃げればいい。
それも、ただ逃げるだけじゃない。俺は、この世界の中枢、プログラムの中に逃げるんだ。
だが、簡単なことじゃない。自分の中へと入るのにも、何回も脳を焼かれたんだ。回復がない状態だと、後何回死ぬか分かったもんじゃない。それに、純粋にこの身体で全プレイヤーから逃げるのだって、軽い怪我じゃすまないだろうことは目に見えている。
そして、そんな状態で最も好条件な相手は、何かあっても何とか出来る回復職であり、俺を殺さない相手。
こんな巡り合わせ、二度とないかもしれない。
ここを逃せば、俺はまた地獄へ逆戻り。
───さて、女が受けるかどうか。
迷っているのか。視線が右に、左に動いて俺を見てくる。NPCだと悟られない為にも、消えかけている左手を背に隠す。
「お願いだ」
逡巡していた彼女だったが、意志が固まったのか真っ直ぐと瞳をこちらに向け、そして彼女は、頷いた。
「分かりました。そのクエスト受けます」
彼女がOKのボタンに触れる。クエストは、ここから動き出した。
「私が貴方を、お守りします」
若菜色の瞳に、探せばどこにでもいる、至って平凡な青年が写る。そんな俺を写す、その瞳はどこまでも真っ直ぐすぎて。
──俺は。
俺は、こいつが───嫌いだ。
聖女「私、何か嫌われるようなことしましたか!?(つд;*)」←敵に回復した