第4話
───もう、ダメだ。
意識が朦朧とし、暗い視界の中そんな事を思った。
右肩からはダグダグと血が流れる──でも、違うんだ。これは血なんかじゃなくて、ただの情報、数字の羅列。俺は、ただのプログラムだ。
2043回。殺されながら、あいつらが零す情報を下に推理した結果、俺は"NPC"と呼ばれる数字の集合体であることが分かった。
この世界は、やつらの為に作られた世界で。
俺は、そんなやつらの世界の、ただの駒。
つまり、俺が存在していられるのは、あいつらがいるお蔭だというワケだ。
「ハハッ。んだ、そりゃ。笑える」
嘘だ。全然笑えねぇ。俺がただの数字の羅列?んな嘘みてぇな話、信じられるか。だが、この2043回の間に実感させられた。俺がただの数字なら、なるほど。確かに、何回でも身体を構築できるワケだ。数字をまた同じように羅列すればいい、それだけなんだから。
それに、俺は母親が今病気だと知ってはいるが、母親の存在は知らない。この記憶の矛盾は、まるで俺がここに来る為だけに作られた記憶かの様にあって。俺が作られた存在であることの証明となっちまう。
同時に、俺があいつらによって作り出された存在だというのなら、あいつらの言う通り、俺は殺される為に、あいつらによって生みだされたということだ。
それが堪らなく苦しい。だって、死ぬために生まれているって言うワケだろ?なら、意思があったとしても、無意味じゃないか。
生きながらに、死ぬしかない。
そんな矛盾を抱えた俺は、どうしようも出来なくて。
あいつらを倒した所で、俺は存在出来なくなるという、死を迎える。
「……もう、そんなの、どうしようもねぇじゃん」
誰か。
無意識に。どうしようも出来ないと知りながら、願う。
「誰でもいい。誰か、助けて……く、れ」
誰に届くわけでもない。そんな叶わない願いをこぼして。
天へと伸ばした手は、光の塵となった。
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また、俺は生まれた。殺される為に。
右手にはおんぼろの剣を握り、呑んだくれのじいさんが作った頼りない革装備をつけて。
「はは、まぁ~た、生まれちまった」
次こそは意識がないことを期待したが、さもありなん。2044回目の始まりだ。
光の粒が身体を覆うように出現し、消えたら試合開始だ。
剣が振り下ろされる気配に、右肩を少しずらして避ける。相手は、何か魔道具を使って姿を消しているから、気配を感じるしかないのだが、最初に避けること自体は500回目辺りには簡単に出来るようになっていた。
「かといって、次が分かんないんだよなぁ」
右肩に攻撃が来ることは分かっているから、そこそこ避けは出来るが、攻撃が当たらない事に逆上して本気で殺しに来るやつがここ何回かあった。
後は、普通に強いやつだ。これが、まるで未来でも視られているみたいに、動いてくる。──正直、素人相手に本気を出すなっての、なんて毎回思う。
左側から、風の動きが変わるのを感じ、避けた──が。
「──っ」
どこに剣があるか分からない為に、上手く避けられず左脇を掠める。血が流れる。俺を構成する数字が流れ出て、俺という数字が壊れていく。
無駄だとわかっていた。
何回やった所で、次が来るって。そんなの、分かっているんだ、俺だって。
でも、死にたくないんだ。
もう痛いのは嫌なんだ。
だから抗う。どこまでも、惨めに。
──死にたくない。ただ、それだけの為に俺は立つ。
『貴方の声、届きました』
女の声が俺の頭に響いた。
「なん、だ……?」
それは今まで聞いたような、卑下するようなものでもなく、馬鹿にするようなものでもない。──優しい、声音だった。
「無駄な足掻きを。NPCの癖に」
後ろから聞こえた声で我に返り、急いで振り返る。が、振り返った瞬間、目の前には相手の足が迫っていた。
「ぐぁっ!!」
足で地面に叩きつけられ、倒れた俺の腹を足で踏みつけるやつは、真っ赤な鎧を来た女騎士だった。
女騎士は憎悪の対象を見るように俺を卑下してくる。
「私、醜い生き物が嫌いなのよ。無駄だと分かりながら歯向かい、煩わせるような害虫が……ねっ!」
「がっ」
足に力を込め、踏みつけられる。何度も、何度も。
「なんでっ!NPCがっ!たてつくのよっ!」
「ぐっ!あっ!」
「あんたみたいな無駄に足掻く害虫が、ほんと、ムカつく!!私はね、エリート人生を歩むはずだったのよ!それなのに、それなのに!無能な癖に!!」
髪をふり乱し、唾を飛ばして罵声を浴びせていく。そのまま何回か足を踏みつけた後、剣を振りかざし、リアムの腹に突き刺した。
「がぁっ!!!」
「憂さ晴らしをする為に始めたゲームでも、馬鹿にする様に私に歯向かいやがって……!あんたなんか、痛みつけるだけ痛みつけて、殺してやる!!」
俺には関係ない話をされて、八つ当たりされて、それを受け入れるしかない自分の軟弱さ。この女騎士といい勝負が出来そうだ。
「ハハッ」
「何、笑ってんのよ」
「お前と俺は、同じだな」
「はっ…?何が」
腹に突き刺された剣を、痛みなんてお構い無しに握りしめる。
「あんたは自分が無能って言う奴に負けて、俺は、俺に無関係な怒りを受け入れるしかない。な?俺らは同じ負け犬だ」
「NPC風情がっ……!調子に乗ってんじゃないわよ!!」
女騎士が急いで剣を引き抜こうとするが、そうはさせない。お前の自由になんてさせてやらない。その為なら、血がいくら流れようが、右腕が無くなろうが、そんなこたぁどうでもいい。
「はなっ……しなさいっよぉぉおおお!!」
グリグリと剣先を動かされ、腹がぐちゃぐちゃになっていく。痛い。普通に死ぬより、100倍いてぇ。
でも、離さない。
ただの空耳かもしれない。でも、聞こえたんだ。──届いてるって。
「そこまでです!」
───声が、聞こえたんだ。
聖女「お待たせしましっ……ぁぅっ」
聖女はドジスキルを発動!こけた!