第3話
「なぁ、知ってるか?」
そう問いかけられたのは、このゲームがリリースされてから1年経った時の事だ。
「何を?」
「"NPC周回"」
その話は瞬く間に流れ、電撃の様に早く広まった。
VRMMO「Management vs Player」
略して、MvPという人気ゲームだ。
タイトルの名の通り、これは運営とプレイヤーによる闘い。
運営はただサービスを提供するのではなく、敵側として、このゲームを運営するのだ。
ゲームのダンジョン毎にバグを配布し、プレイヤーはそのバグを受けながらダンジョンに挑んだりする。
武器に変な機能を搭載し、わざと使いにくくしたりするものもある。それを逆手に取ってランキング上位に勝ち上がる人もいた。
そうしてこのゲームは、知恵と発想の勝負として、VRMMOにしては珍しく課金ゲーだけにならないゲームとなり、話題性を生んだのだ。
噂の"NPC周回"とやらも、バグを生かした武器強化の最高効率の周回らしい。
「お前なら魔法使えるだろ?いくら聖職者と言えど、攻撃スキルは何か取ってるのが普通だし!NPC周回一緒に来てくれ!お前が最後のツテなんだ!」
この通りだ!と手を合わせられれば、聖職者として答えない訳にはいかなかった……いけなかったのだが。
「……ごめん、私、回復スキルしか持ってないの」
本当だった。──でも、それ以上に。その周回だけはやらないという決意が、断った最大の理由だった。フレンドの彼には悪いが、他を当たるようにお願いした。
NPC周回を断る理由は、彼女の──ユリの心が痛むからだ。
何も悪くないNPCを攻撃するだけの図太い精神を持ち合わせていなかった。
そもそも、ユリはそんなにゲームをしないタチだったのだが、どうしてもと友人に誘われ始めたのがキッカケだった。
誰も傷付けたくない──そんな、絶対無理な事を願う。偽善者だと分かっていても、出来るなら、誰にも傷ついて欲しくないと願うユリは、当然回復特化の聖職者を選んだ。
最初こそ友人に誘われ渋々やっていたユリだったが、回復をすればみんなが笑顔でお礼を言うので、いつの間にか誘った友人より熱中していた。
回復だけに特化したユリは、初の聖職者の上位職、"聖女"を解禁し、有名プレイヤーとなったのだ。
だが、ここに来て彼女元来の恥ずかしがり屋の性格が顔を出した。
ユリは課金も惜しまず、髪色や目の色を染めるアイテムを使い、アバも一新。名前も、百合からユリへと変更した。職業さえ晒さなければ、誰も彼女を、あの有名プレイヤー『百合』とは言わなかった。
「……でも、妖刀村正は欲しいなぁ」
妖刀村正の、所有者以外は装備できないという性能。その性能だけを取り出す事が出来る店が、この街にはあった。それはユリが偶々発見した店だったので、知っているのは現時点でユリだけだ。
革屋でありながら看板もなく、呑んだくれの中年が1人店の前で座っているのだ。ここが公式のショップであることに気付いたのは偶然で、人気のない街の清掃クエストを何回か受けた所、鍵を見つけたのだ。
その鍵が標す未解禁のショップであることを示す赤いマークが、この革屋についたから気付けた。
「攻略班は大変だから、こんな人気のないクエスト──それも、一向に受理されず廃棄寸前のクエストを何周もしないよね」
日は暮れ、夕方。朱い陽が眩しい。
「あ、もう夕方かぁ。そろそろ、ログアウトしないと」
風が、ユリの銀の髪をふわりと揺らした。
『助けて、……くれ』
「え……?」
何処からか聞こえた助けを呼ぶ声に、ユリは後ろを振り返る。
誰もいない。
「まさか私、無意識に聖女のスキルを使ってた……?」
本気で助けを呼ぶ人ほど、鮮明に助けの声を聞く事が出来る。
──聖女だけが持つ、固有スキルだ。
誰にも公表はしていない固有スキル。特にこれといって利便性もない、ハズレスキルと言われる聞き取りスキルの上位互換みたいなものだ。聞き取りスキルより遠くにいる人、それも助けを呼ぶ声限定で聞くことが出来る。それが聖女の固有スキル、『マリアの慈悲』。
「どこだろう……」
だが、誰かが助けを呼んでいるならそれに答えたかった。
こんなに鮮明に聞こえるのは初めてだった。本気で、助けを求めている。──ただのゲームをしてるには、並々ならぬ程、本気のSOSだ。
彼女は、『マリアの慈悲』スキルを頼りに、夕暮れの中を走り出した。
ユリ「マリアって……聖女というより、聖母……だよ、ね……?あれ?(´・ω・`*)?」
※ミスじゃない