第1話 NPCは街へ繰り出す
光の屑が見えなくなるまで見送り、なにもない、真っ青な空を眺めた。
「はぁ……。帰るか」
土がついた所をはたき落として、立ち上がる。自分が住んでいた町に向かって。
母親はどうしているだろうか?いない間、きちんと食事を取っているだろうか?
「………あれ?」
ふと、リアムは自分の記憶に齟齬があることに気づく。
「母親……母親って、誰だ?」
森の出口へ進む足を止める。
母親の為に"シャメル草"を求めて森に来た。そうだ、それは確かだ。母親はいる。でも、その母親の顔どころか、人物像すら出てこない。
───一体、自分の母親がどんな人だったのか。全く、分からないのだ。
「可笑しい……可笑しい」
自分の記憶と、行動が噛み合っていない。
「いや、きっと何かの間違いだ。……そうだ、何回も死んだから記憶が曖昧になってるだけで!!」
整備された道を抜け、獣道をボロボロになりながら走り抜けていく。小枝に引っ掛かった袖は裂け、何回も転がり、膝が傷だらけで痛むことにも気にせず、ただひたすらに走った。
進む先に、光が漏れている。そこを目指して。
「出口だっ……!」
この先に、自分が住んでいた町がある。そこにつけば、思い出すはずだ!
「……え?」
その先に、町があれば、だが。
リアムの目に写るのは、自分の記憶にない道が続いていた。そもそも、リアムは町への行き方を、知らない。
──リアムがいつも目覚めるのは、森の中なのだから。
「嘘、だろ……?」
瞬間。何故か、自分の右側から血飛沫が上がった。
「…………。」
無言のまま。右下を見れば、綺麗に切り裂かれた右肩。
そして、切れた右腕を掴む騎士姿の女性。次の瞬間には、俺の胸に剣を突き立てられていた。
「あ……」
何も分からないまま、倒れていく身体。リアムの頭の中には、どうしてという言葉だけが埋め尽くされていた。
「……規定の動きと違うわね。バグ?」
不思議そうに呟く彼女に、後ろから現れたローブを来た女性が声をかける。
「もしかしたら、修正されたのかも。ほら、武器強化用の最高効率の周回スポットだから」
「あぁ~難易度調整されちゃったのかな?」
「かもねぇ。さっき攻略板確認したとき、攻撃された、なんて言ってたの見たんだよね。もしかしたら、それも修正の1つなのかも」
「え~初心者で強化用ってなると、ここしかないのにぃ」
「といっても、上級者もここに張り付いて周回してるから、私達はおこぼれ程度しか来ないけどね」
………何を、言っている?
リアムには、理解が出来なかった。訳の分からない単語が並べられた会話は、未知の言語を聞かされている気分だった。痛みを耐えながら、彼女達へと視線を向ける。
「あ、ノノカ。早く魔法でやらないと。他に取られちゃうよ?」
「あっ、いっけない……《ファイアボール》」
ローブを来た女性が掌をかざし、動かない体に、炎を撃ち込んだ。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」
焼かれる痛みに悲鳴をあげ、俺は──光の屑となった。
◇◇◇
森だ。鬱蒼とした、暗く、じめじめとした森に、また戻っている。
何で、いつもここで目覚めるのか。
そもそも、何で俺はまだ立っているのか。あんなに痛かったのに、何回も、何回も何回も何回も。血飛沫が飛んで、燃やされて、凍らされて、胸に剣をつかれて、死んだのに。
何で、生きているんだ?
そうだ、死んだはずなのに。
何回も同じ場所で生き返るなんて、明らかに可笑しい。俺は何かに呪われているのか。……いや、呪われているなら、死ぬのが普通だろう。わざわざ生き返させる意味がない。
殺人魔も殺したはずだ。──何故、また別の奴に狙われている?
さっきあいつらは何て言っていた?
分からなかった言葉は、
バグ
これは、全く意味が分からない。他の言葉も、意味こそ分かるが話の繋がりが全く見えない。
謎は多い。この謎が解ければ、あいつらが俺を殺してくる理由が分かるのか……?
いや、そもそも……。
「殺人魔は、何人いるんだ……?」
殺人魔は倒したはずだ。だが、他にも殺してくる奴がいる。さっきの彼女らもそうだ。それに、いつも殺し方が変わっている。……そう、変える必要はないし、そもそも、魔法だってそう何種類も会得出来るもんじゃない。
殺人魔は、複数人いる。
それも、全員凄まじい力を持ってる奴らだ。
最初に斬った奴は、胴体が分かたれても痛みで叫びすらしなかった。そんなバケモン達を相手に、俺に一体何が出来るというのか。
時間は少ない。周期的に、そろそろ殺しにくるだろう。
剣を両手で握り、攻撃に備える。周囲を警戒し、出来るだけ気配を感じとる。剣の握りなんて素人同然だ。震える両手を気合いで抑える。
来るなら、来い。絶対に、追い返してみせ──。
「っ!!!」
視界の端に、黒く鋭いものが飛んでくる──が、反応出来なかった。──腕は、切れた。
歯を食い縛り、痛みに耐える。腰に結んでいる布の紐を口と、剣を持つ左手で縛り、血を止める。
「クッハッ、やっぱ、簡単にはいかねぇかっ……!」
リアムは口角をあげ、笑う。決して、上手くいっている訳ではない。だが、リアムの中で熱い何かがこみあがってきた。
「とことん、やってやろうじゃねぇかっ……!」
そこで、リアムの意識はブラックアウトした。
第一部始まりました。
NPC、初めての町へ
町に行くのがこんなに大変だなんて……( ・∇・)