第11話
目の前に広がるのは木々が立ち並ぶ、森の入り口。──といっても、ここはリアムがいた森ではない。
リアムがいた森は、初心者の街の近くでありながら、未だ最高難易度を誇る森、通称"初見殺しの森"とプレイヤーの間では言われていた。
初心者が知らずに入れば、高レベルのモンスターに襲われ、たちまち死んでしまうのだそうだ。
リアムがいた場所は森の浅い場所なので、余程運が悪くなければモンスターと鉢合わせすることなく行くことが出来る。
今回は簡単な薬草クエストの為、リアム達はそちらとは別の難易度が低い森の方へ来ていた。
初心者御用達の"ロロット森"。ここで薬草は取れる。
リアムが今すんでいる街──アグラタムの街からそう遠くはなく、【薬草を10本持ち帰る】というクエスト内容の初心者用依頼なので、特にバグもないとのこと。
リアムは地図を折り畳み、道中で買ったベルトポーチにしまう。
現在リアムの装備は、初期の革装備とオンボロのロングソード。ベルトポーチの中に地図や保存食料、右側につけたレッグポーチにサバイバルナイフと、質が悪い回復ポーションを2,3本仕込んでいた。
ポーションにおいては、ユリがいるので無駄としか言えないが……。
振り返って、黙って後ろをついてくるユリを見ると、その目に覇気はなく。まるで虚空を見ているかのようだった。
「おい」
声をかければ、視線をこちらに向けるなど、多少の反応こそすれ応じることはなく。
──まるで人形と歩いているようだ。
今までの彼女からは考えられないその静かさに、リアムはため息をついた。
「こんなのに、無理矢理回復をかけさせるのもな……」
だから仕方なく、今回はポーションを用意した。
あの元気な姿は気丈に振る舞っていただけなのか。リアムの脳裏を過るのは、馬鹿な発言をしてやたらと騒ぐユリの姿だった。
だが、目の前にいる人形のような彼女を見て、リアムは眉間に深い皺を刻んだ。
「自分に余裕が出てから人を救うとか言えっての」
──だから嫌いなんだ、偽善者。
動かないユリの頭に手を乗せ、乱暴に掻き回す。
「おら、行くぞ」
どんな表情しているかなんて気にせず、リアムは構わず森の奥へと歩んでいった。
*
「えぇと……?これが薬草であってんのか……?ん?いや、これは……ドクドク草か……?」
手に取った草と本と睨み合いをする。
初めて見る薬草に目を凝らして見るが、リアムは他の草との違いがよく分からず。
クエストはお世辞にも、順調とは言えなかった。
「それで合ってますよ」
かけられた声の方を向くと、多少はまともな顔つきになったユリがいた。
「薬草とドクドク草の見分け方は、葉の形状です」
横に立つユリの手が、本の上をツーッと滑り、ドクドク草と書かれた絵の葉を指す。
「ドクドク草の葉は、薬草のギザギザの部分より少しトゲトゲしてるんです。もし誤ってトゲトゲの部分に刺さってしまうと痺れますので、すぐに水で洗ってください。葉先の毒性は余りないので、毒耐性が低くても、洗えば3分位で痺れが取れるはずです」
いつもの擬音語のオンパレードではあるが、まるで別人かのように落ち着いた声音。表情も幾分かマシとはいえ、まだ硬い。
「おい」
「何でしょう、リアムさん」
「わ──」
その時、草の茂みが揺れた音が耳に届いた。
ここは街とは違い、攻撃禁止エリアではない。リアムの左手は、自然と剣の柄を握りしめていた。
「あれれぇ?寄生虫君じゃーん」
癇に障る明るい口調の男の声。
ユリは咄嗟にリアムの背中に隠れたことで、否が応でもそれが誰だか分かった。
出てきたのは後ろに屈強な体の男を連れた、金髪の軽薄そうな男──デルソだ。
「まっさか、薬草の見分け方も知らないでユリちゃんに寄生してるわけかな?うっわ、恥ずかしいねぇ!!」
目の前で唾を飛ばしながら威勢を張るデルソに、リアムは嘲笑する。
「なんだ、昼間の負け犬じゃねぇか」
「だ、誰が負け犬だとぅ!?」
「お前だよ。昼間の女共はどうした?俺の前から逃げるように去ったから、女から逃げられたのか?……ハッ、だせぇ」
「俺はね、紳士なの!だから、女の子達は危ないだろうと、置いてきただけなんだよ!決して、そう、決して逃げられた訳じゃねぇよバーカ!!」
負け犬はよく吠えると言うからな、なんてリアムは内心呆れながら男の罵詈雑言を聞き流していく。曰く、寄生虫、スカし野郎、目付き悪い、などなど。
──悪口だが、あながち間違っていない。
なんてつい感心してしまうが、そうじゃない。いや、目付き悪いのは認めるが、言うほど、そこまで悪くないよな?な?
若干思う所はあるものの、特に響いてなさそうな、その余裕な態度にデルソは額の青筋を増やす。
「こンのッ……!」
襟を掴み、今にも殴りかかりそうなデルソ。だが、それにすらも強く反応しないリアムに、デルソは怒髪天を衝いた。
「お前みたいなのがいるからッ……!魔王なんかが産まれんだよ!!」
──魔王。
カランコエ大陸にいる、魔の王。すべての憎しみの象徴。
「ぁ?お前、今なんつった……?」
魔王なんかが産まれたんだ。──その言葉に、また体が熱くなる。
抑えられない怒りが、赤が。リアムの体を蝕んでいく。
目の前が赤色に染まっていく。血のように染まった赤黒い紅。
赤。赤 赫 朱 赭 彤、あ
──パンッ!!
小気味いい音に、あかい思考が弾ける。
「なっ──!」
その驚いた声は、誰のものだったのか。
頬を抑えるデルソか、頬を叩いてしまったユリか、呆然とその光景を見るリアムだったか。
誰かは分からない──だが、ユリがデルソの頬を叩いたのは事実だった。
「それだけは赦さない。それだけは、それ、だけはっ……絶対にっ──!!」
憎悪の塊を乗せた声音と視線。眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せて。
彼女は、今まで見せたことこないような表情をしていた。
屈強な男(僕、空気…(;ω;))