第10話
それから、部屋でユリからこのゲームについての説明を受けた。
このゲームは、運営vsプレイヤーのVRMMOであること。バグが大量に仕込まれている為、多少の不自然さは簡単に受け入れることが、プレイヤーの一番大事な心得だそうだ。
そして、このゲームは職業に縛られないのも特徴の1つ。
職業は飽くまで認識の共有化をする為の称号みたいなものだそうだ。
そんな曖昧な設定の職業なこともあって、スキルも『スキルスクール』というものに通い、覚える。そうやってスキルを何個か覚えるのが初心者が最初に行う習わしだそうだ。
だが、それとは別に独自で勉強する方法もある。
ショップに売られているスキル本を買い、自ら勉強し習得する方法だ。
どちらがスキル習得するのに楽かと言われればスキルスクールに通うことだそうだが、このスキル本、以外と侮れない。
ゲーム内通貨とはいえ、最初の所持金は少ないため、あまり多くのスキルスクールには通えない。料金でいえば、スキル本の方が圧倒的に安いのだ。それに、このスキル本。スキルスクールにはない特殊な方法が書かれている事があるという特典もあったりする事がある。
しかし、人それぞれの個性がある様に、どちらが向いているかにも個性が出てしまう。
スキル本を買ったはいいが、自分には合わなかったなんて事もある為、確実に覚えるにはスキルスクールなのだ。
ユリにはスキルスクールをオススメされたが、狙われている身。何かあった時にバレかねないスクールをやめ、今回は街でスキル本を買った後、今後の資金繰りの為に、薬草クエストでお金を集めることにした。
「ではリアムさん、街に出ましょう!」
「あぁ、ちょっと待ってくれ」
立て掛けていた剣を帯びる。ないよりかはマシな革装備はそのままに、部屋に置いていく。
これはさっき聞いた事だが、一応街のなかは攻撃禁止エリアで剣を抜くことは禁止されているらしい。それでもリアムが剣を持っていく理由は、護身の為だった。
──飽くまで、禁止としか聞いていないからな。
禁止。それがどこまでプレイヤーに適応されているか、リアムには分からなかった。
もし、それが禁止事項とされているだけで、する事自体は可能ならば。
そう思うと、リアムは剣を置いていくことが出来なかった。
それに──どこまでこいつが信用出来るか。
正直なところ、リアムは、未だにユリを信用しきれていなかったのだ。
◇◇◇
昼の街は、夜とは違い活気に人に溢れていた。
通るのは、学生である事を示す紫色のローブを羽織った者の比率が多い。後は剣やら斧やら、思い思いの武器を帯び、装備を着ているのがちらほら。
露店を開いているのは、先程から同じ謳い文句ばかりを叫ぶNPC。
たまに子供が走り回っていたり、親子連れがいたりするが、顔に特徴がない。
そんな平和な街を見ながら、リアムとユリは石畳の上を歩いていく。
──街に出た瞬間、俺を殺そうとプレイヤーが殺到するかと思ったが、以外と何とかなるもんなんだな。
ユリは、周りを見ながら歩いていくリアムを見て、少し嬉しそうな顔をする。
「この街は初心者が最初に来る街なんです。だから、初心者用コンテンツも多くて、以外とこれが楽しいんです。魔法スキルを使ったゲームで小遣い稼ぎなんかもそれの内の1つで、上級者でもたまに来てしまうんです。ですので、リアムさんも楽しめると思いますよ」
ちょうど通った街の広場では、小さな氷を的に向かって放ち、「大当たりー!」なんて言って、ベルがなっている。氷を放ったであろう本人は、嬉しそうにガッツポーズなんかをしていた。
「へぇ。魔法スキルを覚えさせる促進効果があるんだろうな」
「おっ、察しがいいですね~。そうなんです!覚えれば覚えるほど出来る事が増える。それを楽しみながら実感出来る場を設けたんですね」
「後はゲームへの定着率を狙ってか?」
「はい。このゲーム、中々内容がハードなので」
確かに。基準は分からないが、ゲームと言った以上、わざわざ勉強をしてスキルを覚えるなんて面倒なことはしたくないだろう。
「なので私もスパルタでやりますよ!フフフ、覚悟してくださいね?さ、本屋へスパパパーンッと行きましょう!」
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「で、またこれか」
隣には、またスタミナ切れで広間の噴水前で倒れているユリ。
「クッ……地図とは絶交ですっ……!」
「地図だってお前は願い下げだろうよ」
仕方なく噴水前のベンチにユリを寝かし、その隣にリアムが座る。
ぐぅっ、と喉を鳴らし、屈辱を感じているのか唇を噛みしめているユリを、無表情のまま見る。
「なぁ」
「何ですか。私今、すご~く屈辱的で……」
「何でお前は、俺にこんなに構うんだ?」
ユリの言葉を遮り、真面目に問いただす。
リアムのずっと感じていた不信感。それは、彼女がリアムに対して構いすぎているのも理由の1つだった。
「それは……」
言いかけて、口ごもる。
「なんだ」
「それは、その、リアムさんが、初心者だからです」
──嘘だ。
今まで彼女は、真っ直ぐにこちらを見て話してきた。
だが、こちらを全く見ない。勿論、たまたまかもしれない。でも、リアムはやっぱりかとしか思えなかった。
「お前は、嘘をつくんだな」
「……ごめんなさい」
それは嘘をついた事による謝罪か。それとも。
──何かを騙している、罪悪感からの謝罪か。
「ま、その方が俺も助かるからな。別にいい」
理由は分からない。何かに利用されているだろうが、だが、そちらの方が信用は出来た。利用するだけの価値があるなら、捨てられることもそうそうないだろう。
「リアムさん」
スタミナが回復したのか、起き上がり、彼女は真剣な表情でリアムを見る。目を見て、話す。
「なんだ」
「私、嫌な女なんです」
「へぇ」
「だから、私のこと──」
「あれ?ユリちゃんじゃん!!」
ユリの言葉を遮り、近づいてきたのは金髪の軽薄そうな男だった。後ろには魔法使いらしき女3人と、屈強な体をした、強面の男1人を引き連れ、にこやかに笑い、ユリの手を掴んだ。
「どうも……デルソさん」
手を振り払い、顔だけでも隠そうとリアムに顔を埋める。
そんなユリを見て、ため息をつきながら立ち上がり、リアムはユリを背中に隠した。
「誰だあんた?こいつに何か用で?」
「そっちこそ。オレはユリちゃんにだけ用があるんだよ。どいてくれないかなぁ~?寄生虫くん」
「ぁ?」
「だってそうだろう?どう見たって初心者の格好じゃあないか。あるのはオンボロの剣だけとか、初期装備よりも酷すぎだろ」
卑下た笑みを浮かべ、「なぁ?」と後ろにいる仲間に聞くと、後ろの女仲間達もクスクスと馬鹿にするように笑う。
「で、ね、ね。ユリちゃん、隠れてないで可愛い顔出してよ?こんな寄生虫野郎なんかほっぽってさ、俺と一緒にクエストしよ?」
後ろでリアムの服を握る力が強まる。震えがくっついている背中にまでリアムに伝わってきて、リアムは眉を顰める。
不快なのは後ろではなく、目の前の人物だ。
「おい」
「ん?なに、寄生虫くん」
──熱い。
熱い何かが、体の中を駆け巡っていく。
その熱に身を委ね、熱を言葉に乗せる。
「消えろ」
その時、デルソの前に立っていたのは化け物だった。
デルソの声帯は震えず、言葉は空中に霧散していく。足が震えるのも忘れ、ただ怯えることしか出来なかった。
これの目の前に立っているだけで生きた心地がしない。
それほど、デルソには恐ろしいものに見えた。
「は、はっ……しょうが、が、ねぇなぁ!!じゃあな!!」
見栄だけが何とかデルソの口を、足を、動かした。急な展開に仲間はリアムとデルソを交互に見て、ワケも分からず、デルソに続いて去る。
それを見ているリアムは、普段と何も変わらなかった。
──今の感覚、何だったんだ?
さっきまでの熱も嘘のようになくなり、リアム自身も何なのか分からずにいた。
「リアムさん、その、ありがとうございました」
後ろからかけられた声に、考えを打ち切られた。
「いや……」
──何で俺はこいつを庇ったんだろうか。
分からない。だが、後悔はしていなかった。
「お前は、よく分からないな」
「私、人見知りの恥ずかしがりやなんです……。後ろの人達は知らない人だったので」
求めていた回答とは違った。そもそも、リアムとしてもユリに答えを求める質問でもなかったから、当然と言えば当然の結果だが。
「……俺と会った時は、そんな事なかったのにな」
「それは……」
ここでもまた、彼女は口を噤む。
話す気はないようだ。
「今日は本を買いに行くのを止めるか。どうせ金もそんなないし、薬草クエストに行くぞ」
リアムは一度革装備を取りに方向転換をし、ユリは無言のままリアムについていった。