第9話 これから
今までのサブタイトル変更しました。
──何だか、凄く心地が良い。
体が暖かく、軽い。もうこのまま動来きたくない感情までリアムの中にうまれていた。地面から伝わる冷たさも、その感情を生むのに一役かっていた。
昨日はあれだけ警戒していた足音さえ、どうでもいいと思うほどには。
「おはようございます、リアムさん!起きて下さい、朝ですよー?」
「んん……ぁ……?」
煩わしい声に眉を顰め、低い声で唸る。
目を開けた先には、眩しい日差しと、銀髪の少女──ユリだ。
ゆっくりと体を起こし、辺りを見渡せば回りには空の酒瓶が散らかっていた。記憶にはないが、恐らく昨夜じじぃと飲んだ後始末もしないまま床で寝てしまったんだろうと、ぼやけてはっきりしない頭ながらに理解した。
「リアムさん。昨夜、お一人でこんなに飲んだんですか?体に毒ですよ~?」
間抜け面をしながら言うユリに、「あぁ」、とおざなりに返す。
実際はこの店のNPCであるじじぃと飲んでいた、なんて。言ったところで信じないだろうし、あり得ない。
寝起きの回らない頭ながら、その事だけは分かった故に、適当にはぐらかした。
「いくらVRとはいえ、限度ってものが……リアムさん?」
ぐらりと視界が歪み、倒れた。
──視界が揺れる。頭が重く、痛い。
慌てるユリの姿が、揺れた視界にうつる。
「水……」
「みっ、水ですね?今持ってきます!」
走っていくユリの背中を見ながら、努めて冷静に状況を分析する。もしかしたら、あの酒に毒が入っていたのか。分からないが、とにかく頭が痛い。動悸も激しいし、吐き気も催す。初めての感覚がリアムの体を蝕んでいた。
「リアムさん、水です!」
差し出されたコップを手に、渇いた喉を潤そうと一気に仰る。
「ゲホッ」
が、それも吐き出す。
──なんだこれ、気持ち悪い。
死ぬ時に比べたら痛くも痒くもなかったが、それとはまた別だった。初めての感覚に動揺していたこともあり、リアムは動けずにいた。
頬に嫌な汗が浮かぶ。顎まで伝っていき、ぽたりと汗を落とす。
そんな状態のリアムを見て、ユリは右往左往していた。
「ど、どうすれば……あれ?」
ユリの足元に、酒瓶が当たった。
手に取り、じっくりと酒瓶を見た後、辺りを見渡して。ユリの中にある1つの考えが浮かぶ。
「もしかして……、リアムさん、二日酔いじゃないですか?」
「二日、酔い?」
ユリの言葉を、ゆっくりと反芻する。──二日酔い。
回らない頭ながら、何となく聞き覚えがある単語だということだけは理解出来た。
「頭痛はしますか?」
「……ズキズキと」
「喉の渇き、倦怠感、激しい動悸」
「する、な」
「二日酔いですね」
「VRなのにか?」
「さぁ……?私は飲んだことないので分かりませんが、あり得るかもしれないですね」
──VRでもなるのか、なんて不便な。
納得が出来れば、緊張から解放され、それほどの苦しみでもないことに気がつく。嫌な汗も拭えば、汗はもう出てくることも無かった。
それを見て、ユリは胸に手を当て、安堵の息をもらす。
「もう、こんなに飲むからですよ……。片付けますから、リアムさんはそこでゴロンしてて下さい」
心的余裕が生まれて落ち着いたリアムは、その場に寝転がり、散らかった酒瓶を片していくユリを見ながら思案する。
──そもそも、何故自分には痛みがあるのか。
ゲームの世界を再現する為に、痛みを作る必要性があったのか?
なんにしろ、リアムにとっては迷惑な話だった。お陰様で、周回されていた時は痛くて熱くて堪らなかったのだから。
「リアムさん」
酒瓶を袋にまとめ終えたユリが、今まで聞いた事ないような、落ち着き払った声でリアムを呼んだ。
「リアムさんは、未成年ですか?」
「……何だ急に」
「未成年ですか?」
「16歳だな」
「未成年なんですね?」
「……そう、なるな」
認めた瞬間。振り返ったユリの顔は般若だった。
「ダメですよリアムさん!体に悪いから禁止されているんです!リアムさんはお酒禁止です!!」
ビシッと指を指される。
VRなのだから、未成年だから禁止、なんてことはないだろうし、そもそもNPCだ。禁止も糞もない、と反論を考えていると、それがバレたのかユリが更に眉をつり上げたのを見て、リアムは諦めたように息をついた。
「……わぁったよ」
仕方ない、なんてニュアンスを乗せながらも言うと、満足したように頷くユリ。
──今度、またこっそり飲んでやろ。
なんて思うリアムに、反省の色がなかったのが悲しい点だが。
「でも、リアムさん……なんだ」
ぼそりと溢したユリの言葉は、中途半端に聞こえなかった。
その顔は何だか嬉しそうで、悲しそうで。はっきりしないその表情は何なのか。
「お──」
「ところでリアムさん」
言及しようとするも、ユリの次の言葉によって遮られた。
完全にタイミングを逃した。だが……そう、どうでもいいことだ。むしろなんでそんな事を聞こうとしたのかと、今更ながらに思い、リアムは聞くのを止めた。
「なんだ?」
「確かリアムさん、追いかけられてるって言ってましたよね?だから、その対策を私なりに練ってみたんです。私も協力関係なので、お力になれればと……これを持ってきました」
ユリが肩掛けバッグを漁り、カラフルな液体が入った瓶を取りだし、
「ジャジャーン!ヘアカラーリキッドー!どうだ!!」
ドヤ顔で、その世にも奇妙な色合いの液体が入った瓶をつきだしてくる。
「ドヤ顔うぜぇ…」
「んまっ、失礼な!少し位は自慢させて下さい!」
頬を膨らませ、口を尖らせるユリ。そんなユリを、リアムが鼻で笑う。
「鼻で笑われたぁっ…!!」
泣き始めるユリをほっぽって、リアムは瓶を手に取りまじまじと見つめる。
──瓶の中の液体、色もあれだが、ドロドロしていて気持ち悪いんだが。こんなもので一体何をするというのか。恐ろしいやつだ。
「いいから、やりますよ!」
*
ユリが瓶の蓋を開け、ドロドロとした液体を手に取る。
「先程も言いましたが、これはヘアカラーリキッドです。これをつけると髪の色が変わるんです」
「へぇ」
ねちゃねちゃねちゃねちゃ。
手に取った液体を両手でこねくりまわしていく。なんとも気持ち悪い光景だ。
「ちょっとヒヤッとしてて、つけられると変な声が出ますが我慢してくださいね?」
それを今からつけられる俺の身になってくれ。頼むから。
「んじゃ、いきますよー。ねちょねちょ~」
「ねちょ……」
髪にくっついた瞬間、ヒヤッとした後にぞわぞわしてくる。まじで気持ち悪い。
「髪色は茶色にしますね~」
リアムの髪が、頭頂から黒が茶色に染まっていく。
「髪色を変えるだけでも、印象が変わるものなんですよ。以外とバレないんです、これ。私が保証します!」
「ほぉ」
ポンコツに保証されてもなー。
そのままユリに身を任せ、髪型もいじられる。多少髪を切ったり、所々髪をはねらせて、前髪も半分あげられる。
「ふぅ、こんな感じですか。髪の毛いじるの楽しくて、つい弄りすぎちゃいました」
「むぅ」
前髪が上がったからか、きつそうな目が目立つ。
「瞳はそのままの緑でいいですか?……となると、メガネでもつけます?」
バッグから黒ぶちのメガネを取りだし、リアムにつけると、ユリが難しい顔をする。
「ん~、チャラチャラ」
「チャラいとでも言いたいのか?つけるのやめるぞ」
「そうですね……メガネはやめましょうか」
ユリがメガネを取り外して、バッグに戻す。
「メガネは残念ですが、そもそも目は前髪で隠れてたので変えなくても大丈夫ですか」
「これで、本当にバレないんだろうか……」
「大丈夫ですよ」
──その根拠のない自信は一体どこから出てくるのか。
胡乱気な目でユリを見るが、全くもって反応のないユリにリアムはため息をついた。
ユリ「メガネ……(´・ω・` )」