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NPCは気付いてしまったっ……!  作者: 小荒 ユーカリ
第一部《NPC、町へ繰り出す》
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第8話


 ギシ、ギシ、と床が軋む音が寝室にまで響く。それを耳にして、リアムは静かに上体を起こした。


 ──誰か、来る。


 察知した瞬間、立て掛けていた剣を震える手で掴んだ。


 ここには今、自分しかいない。革屋のじじぃが何をしているかは分からないが、恐らくはプレイヤーの為に今も店先にいるはずだ。それに、俺はほぼ全プレイヤーから狙われている身。もしプレイヤーならば、狙いは俺だ。


 剣を鞘から抜き、生身のまま剣を抱える。それを隠すように体に布団を巻き付け寝たふりをして、相手の油断を誘う。今までも、相手が油断したからこそ倒せたのだ。逆に言えば、相手が油断をして(・・・・・・・・)いなければ(・・・・・)勝てなかった(・・・・・・)のだ。


 そうこうしている内に、扉が嫌な音を立て開かれた。もう、すぐ近くまで来ている。


 ギシ、ギシ、ギシ。


 音は目の前で止まり、影が差し掛かった。チャンスは、相手が油断している一撃目だけ。


 剣を握る左手に力を入れ、布団を剥がしながら、思いっきり振り上げた。


「うおお!!」


 影が後ろへとよろめく。


 ……が、渾身の一撃に手応えはなく。剣は真上まで振り切り、空気だけを切り裂いた。


 終わった。


 それだけが頭の中を支配する。


「っとと、おいおい危ねぇな」


しかし、相手からの反撃はなく。しゃがれた声は剣を向けられたにも関わらず、軽快な口調で……それに、聞き覚えがあった。


 雲に隠れていた大きな月が現れ、襲撃者の姿が露になる。

 片手には瓢箪を持つ男。その姿は、ここに入る前にも見た男と一致しており、リアムは驚きから目を真ん丸にした。


「は、なんで、お前が……」


 革屋の呑んだくれの親父だ。

 顎を撫でながらぶっきらぼうな言葉を漏らすその親父の姿は、かつての、リアムの意識が芽生える前の記憶の中と同じだった。


 無精髭を生やした口元が、にやりと歪む。


「よぉ、リアム。元気か」


 片手をあげ、笑いかける姿までも記憶と同じで。


「じじぃ……」


 呆然としながら、革屋の親父を見つめる。


 それもそのはずだ。何せ、彼はショップNPCのはずなのだ。この世界のNPCが他律型だというのなら、これもプログラムされた動きでないと可笑しいのだが、彼は今。本来ここにいるはずのないリアムに声をかけたのだ。


 ──あり得ないのだ。本来ならば。


「お?その顔は、"NPCなのに何で動いているんだ?"って言いたそうだな?」


 さぞ楽しそうに笑う顔も、本来ならあり得ない、現在の状況を見て判断したものだった。


「……お前は、本当にあの(・・)じじぃなのか?」


 本当に記憶にある彼なのか。状況と記憶が混濁し、ワケが分からずにいた。


 記憶では、彼──じじぃなのだが、状況では、それはあり得ないと訴える。


「さぁな?お前の言うあの、は分からんが、俺はずぅーっと俺のままだぜ?」


 軽快な口調で答えながら、じじぃはその場にあぐらをかいた。


「おら、お前も座れ。話はそれからだ」


 一体何のつもりなのか、よく分からず声をかけようとしたが、じじぃにそれを無言で目で制された。そのまま立っていても話は進まないと察し、とりあえず、何も分からないまま、示された場所に渋々座る。


 じじぃが懐から小さな杯を出し、瓢箪からとくとくと酒を注いでいく。


「ほら、お前の分だ」


 差し出された杯に、リアムは眉を顰める。


「えぇ……じじぃの懐に入ってた杯渡されても気持ち悪いんだが……?」

「おめぇ失礼なやつだな!いいから受けとれってのアホが!」


 強引に押し付けられた杯は受け取る他なく、仕方なく受け取る。それに満足そうに頷き、じじぃは瓢箪を口に、仰いだ。

 酒が通り、喉が鳴るのを聞かされるだけ聞かされ、じじぃからは何も反応がない。


「……で」

「んぁ?んだ、リアム」

「いや、じじぃは、その……」


 そこから先は、流石のリアムも言い淀んでしまった。


 もし、NPCであると言ってしまえば。恐らく、何の事だと返されるか、もしくは──


「俺がプレイヤーだった時、殺されるか、か?」

「……心でも読んでんのかよ?」

「いんや?お前がそういう顔してたんだよ」


 こんな、月明かりしか光がない暗い部屋で、一体どうやって顔から判別したというのか。


 ゴクリ、と一際大きな音を鳴らし、瓢箪から口を離しだじじぃの口元は、まだ笑っていた。


「NPC、ねぇ……。その単語をお前から聞く日が来るとはな」

「知ってたのか?」

「知ってらぁ。随分昔から、な」


 瓢箪を揺らし、もう中身が入ってないことを確認すると、寂しいなぁ、なんて声を漏らす。


「おい、酒なんて気にしてねぇで話を」


 ──コトン。


 静かに。だが、その場を支配する音。ずっと離さなかった瓢箪を、じじぃが初めて床に起き、手を離した。


「今から言うのは、酔った勢いだ。俺は、明日の朝には話したことも忘れてる」


 酔ってるとは思えない、低く響く声音。


 鋭い目線でリアムを貫くように見る親父の目は、どこまでも真剣だった。


「もし、お前がNPCだと言うのなら……リアム、お前。CRプロジェクトに巻き込まれてやがる」

「CR……プロジェクト」


 親父の言葉を反芻するように呟いたリアムの声。しかし、親父は全くリアムの言葉に反応せず続ける。


「お前自身がNPCだと言うのなら、どんな形であれ、少なからず関わっている事になる。俺も詳しい事は分からねぇが、この世界(ゲーム)の根幹に関わる話だ」


 会話にすらならない、一方的な話だ。何か話しかけようものなら、その貫かんばかりの鋭い目線によって制される。リアムには、黙ってその話を聞くことしか許されていなかった。


「この世界(ゲーム)は、プレイヤーがいなくなった時点で崩壊する。当たり前の話だがな。だが、これは普通のゲームじゃねぇんだ」


 普通のゲームじゃない。その意味が分からないが、何回も、頭の中で反芻する。恐らく、これはとても大事な事だ。


「俺には、お前がNPCなのかプレイヤーなのか。どちらかは分からないが、これからCRプロジェクトに深く関わっていくつもりなら、俺と同類を探せ」

「同類……?」

N P C(・・・)だ。この世界に、NPCでありながら、自律している奴は──高確率で俺と同類だ」


 NPCでありながら、自律している──つまり、今の俺やじじぃと同じ状況のNPC。


「俺は末端だからな。あまり深くは知らないが、他の奴なら俺が知らない事も知ってるかもしれねぇ。中には、中枢部分の奴もいるらしい。そいつらを探せば、お前が望んでいる結果が得られるはずだ。……だが、絶対"自分がNPC"とは言うなよ?どれだけ信頼している相手だろうが、な」


 CRプロジェクトが、あいつらから逃げられる道に繋がるのか?……意味は分からない。分からない、が。下手にプログラム内に潜り込むより、同じNPCを探す方が安全だし、目的が明確だ。

 その情報を何故俺に託したのか、何で俺の望みを知っているのか。謎はつきないが、じじぃは何故か信頼できた。


「……ありがとな、じじぃ」

「あぁん?何の事だ、おら、お前も飲め。酒に酔ったお前は、今夜の事を忘れちまうんだろ?」


 瓢箪を手にし、じじぃは俺の杯いっぱいに注いでいく。……さっき無くなったってのは嘘だったのかよ。


 相変わらずなじじぃを見て、口角をあげる。


 注がれた杯を傾け、酒を仰いだ。


「じじぃ」

「んだぁ?」

「一体、何の話してたんだっけか」

「……さて。覚えてねぇなぁ」


 顎の髭を撫でつけながら、じじぃがにやついた顔で答えた。



 ───次の日の朝。

 じじぃの形をした何かは、呑んだくれの革屋として店先に座っていた。


 じじぃは、もうこの世界にはいなかった。

 

 



 



20歳になったユリ

「お酒のめましぇん…( ;∀;)喉イタイ…」


20歳になっても結局飲めない(´∇`)



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