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神崎家と異世界の三人娘  作者: 未確認物体X
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第2章-2 アストラ・レイヴァンス

 ご近所もこの神崎家も皆が寝静まった夜中の三時過ぎ。

 のっそりと自室の寝床から起き出すひとつの影がある。


「……」


 もらい物の黒いジャージを寝間着に着た、赤毛の少女。ブレイズその人である。

 そーっと部屋の扉を開け、周囲の様子を探る。家族皆が寝静まっているようだった。

 当初悩まされた、マナの不足にもやっと身体が慣れてくれたようである。


 ブレイズら三人がこの世界に来て、やがて一週間が経とうとしている。まさか異世界に飛ばされていたとは想定外も甚だしく、途方に暮れた。

 途方に暮れるブレイズたちを、大地は気が済むまでいていいと言ってくれた。


 嘘偽りなく、涙が出るほどうれしかった。人の温かさに触れるとは、こういうことだ。

 異世界で初めて出会った人間が理解のある御仁たちで本当に良かった。こうも平穏無事な活動拠点が与えられ、三食寝床つきなど。どこの天国であろうか。よもや自分たちはあの空間の歪みに飲み込まれた時に絶命したのではないか?

 ……と、考えもしたが。それはひとまず置いておく。


 感謝はそれとして、ブレイズは神崎家に違和感を抱いている。それはフュリーも同様で、ここに来た初日から少しだけ、ともすれば簡単に見落としてしまう些細なものだった。

 図書館で調べものをしたあの日の帰り道、フュリーとブレイズははっきりと、何かこの神崎家に隠し事があると確信した。


 よくよく注意してこの一週間、この家で過ごしてきてみたが。ようやくその違和感の正体に肉薄できそうである。

 というのもこの家。外に比べてかなり微弱ではあるもののマナの濃度が濃い。

 そもそもこの世界のマナが薄すぎるのだが神崎家は多少マシだったのだ。仮に外で寝泊まりしていたとすれば頭痛や低血圧などで済む問題ではなかっただろう。

 夜になって皆が寝静まると、ようやくその源泉となるマナの流れをどうにかこうにか追うことができる。確認だけはしておくべきだろう。


 ユーフェリアとこの世界の関わりが、どこかにあるかもしれないのだ。

 国に帰りたいわけではない。むしろ、帰ることなどできない。できようものか。

 おそらく自分たちはこの世界に居場所がないような気がしている。であれば、元の世界に戻るべきだ。むせかえる返り血の臭いなど、この世界にそぐわない。


 ――さて、一週間でだいたい神崎家の生活パターンはつかめた。

 毎日仕事に明け暮れている大地は、健康管理のため早寝早起きを徹底している。

 今は夏休みという時期らしく、学校に行く必要のない水成と命は生活パターンが異なる。


 水成は毎日夜更かししている。毎夜何をしているかは存じ上げぬことだが、夜中三時には寝入るようである。そして、朝はやや……いや、だいぶ遅い。


 命は決まって0時半には消灯して就寝しているようだ。朝は早い。


 フローリアとフュリーは寝ているだろう。であれば今が動くチャンスである。


 気配を消して、足音を立てずに廊下を歩く。わずかばかり指先に炎を灯し、ゆっくりと目的の場所に近づいていく。

 このマナの源泉たる場所は、居間の隣にある仏間。

 なぜ、遠いところにあのような立派な墓石を建てているのに、家に似たようなものをあつらえる必要があるのかは疑問だが。


 仏間から、セントアリアにあったカンナの墓石と似た魔力の波長を感じる。その懐――仏壇には引き出しがいくつかあり、その中だと感じた。

 カンナが眠っている場所を荒らすようで忍びなかったが……意を決して、目的の場所と思しき引き出しを開けた。書類やら何やらが入っているが、どうやら底が開くようになっている。なるほど、これは当たりのようだ。


 恐る恐る隠し底を開く。中に入っていたのは、暗闇の中でもうっすらとしか分からないほどかすかな光を放っている、宝玉のような、石。


「……魔石、か?」


 ブレイズの知っている魔石は光らないし、このようにマナを漂わせもしない。だが、それ以上にこの石を表す言葉を知らない。

 考えを巡らせていくとある一つの答えにたどり着く。いや、まさか……!


「これは……おいおいおい、うっそだろ…………――!」


 その時、背後に気配を感じた。背後も背後である。いくらブレイズが油断していたとてそこまで接近を許したことは過去一度もない。

 完全に油断していた。一週間で平和ボケしたか。なにも武器を持たぬブレイズは距離を取ろうと、振り向きざまにバックステップしようとして――


「みいいいぃぃぃぃたあああああなあああああああああああ」

「どわああああーーーーっ!!!!??」


 筒状の謎の物体が放つ謎の光をあごの下から上に向けて照らした、この世のものと思えぬ化生の面相をした大地がいた。

 それを目にしてしまい、びっくりしてバランスを崩し、あらぬ方向にかっ跳んでしまう。結果仏間に突っ込み、戸棚やら装飾やらいろいろなものが音を立てて派手に崩れ落ちた。


「ちょ、驚きすぎ! ご近所迷惑だから!」

「むーっ!」


 まさかここまで大事になると思っていなかったのか、慌てて尻もちをつきながら涙目で叫びまどうブレイズの口をふさぎにかかる大地。

 しかし、時すでに遅し。

 誰かが起きたのか。ぱちり、ぱちりと明かりがつき、ばたばたと階段を駆け下りてくる。

 空き巣にでも入られたかと、にわかに騒然とする神崎家。


「誰だ! この家に盗人に入るとはマヌケめ、このオレの魔術で始末して――」

「さあ、おとなしくお縄についたほうが――」


 水成と命が見たのは、涙目をしているブレイズ組み伏すようにして口をふさいでいる実父の御姿だった。予想だにしない状況に、息子二人が凍りついた。

 大地は嫌な汗をかく。


「いや、ちがうよ。ちがくて……」

「父さん事案です」

「通報通報っと……スマホは部屋か、家電いえでんでもいいかな。はーやれやれ、うちから犯罪者が出るとはね」


 ひたすら冷たい瞳の命と、物騒なことを言いつつ電話に向かう水成。


「違うってば!おい!」

「な、ななななんてうらやまけしから――じゃなくて。一体どういう状況なの!?」


 フュリーまでも駆けつけ赤面一杯。何かを主張しかけたが押しとどめた様子。

 そこでようやく父、大地が我に返るとブレイズを解放する。


「う、うう……」


 依然涙目のブレイズ。大地へ非難の視線が集中する。


「君ほどの人がここまで取り乱すとは思わなかったんだ、許してください」

「……あ、あたしも悪かった。夜中にこそこそと……」


 男どころか軍隊にも勝る爆弾娘として、ユーフェリアではとある異名を馳せるブレイズであるが、苦手なものがひとつあったのだ。


「お化けとか、そういうホラー系の演出、キライだった?」

「……っ! 死に腐れこの変態親父!」


 大地の顎にアッパーカットが綺麗に決まり、きりもみして大地は宙を舞った。


「お、落ち着こう。ほらフローリア君はまだ寝てると思うし、これ以上はね?」

「すみません、起きてまーす……」


 仏間に繋がる障子の影からひょっこりと顔だけ出して、申し訳なさそうな顔をしたフローリアがいた。

 よく考えたらフローリアは1階で寝ていたのである。さもありなん。


「ま、まあいいや。こっそり確認だけしておこうと思ってたんだが、事情が変わった。モノがモノだし、所有者本人に問いただした方がいいだろ」


 取り乱しながらも、決して石を手放さなかったブレイズ。

 淡くおぼろげに光を放ち続けるその石を大地に突き出し、問うた。


「これはなんだ? 親父殿よ」

「何って。ただの石さ」


 大地は眉一つ動かさずに、ごく自然に答える。その様はむしろ不自然なほどに。


「ただの石が光るのか?」

「そういう厄払いのお守りなんだよ。パワーストーンっていう」

「……だよなあ。じゃあなんであたしを脅かしたりしたんだよ」

「いやいや、夜中に不審者が我が家を徘徊してたら、それを咎めるのも父の役割だよ」

「そこはあたしが悪かったかな」

「僕ももう気にしてないよ。お互い様ということで、夜も遅いしみんな寝なおそうか」

「そうだな、はははは」

「ははははは」


「…………」


 ぴしり。ブレイズのこめかみに青筋が走る。

 クソ眼鏡中年はこの期に及んでまだすっとぼけるつもりでいる。そうはさせるものか。

 ひとたび戦場に出れば魔女や鬼神とうたわれるブレイズである。追い詰めた敵を逃してやった試しは一度もないのだ。


「しらばっくれるのもいい加減にしやがれこの狸親父! もうネタは割れてんだよ!」

「あー、やっぱり誤魔化されちゃあくれない……よね」


 冷や汗を流しながら苦笑いして、大地は頭を掻いた。


「ど、どういうことです? 一体何が……」

「そこんとこだが俺にも分からん」

「修羅場かな」


 さっぱり話についていけていない息子二人とフローリア。

 フュリーは、ブレイズの持つ石を見つめて、じっと指先をあごに当てて考え込んでいる。

 その視線に答えを出すように、ブレイズは言い放つ。


「聖石だろ、これ」

「!」


 聖石の名を聞き、フュリーははじかれたように顔を上げた。その顔にはただ、驚愕や戸惑いが色濃く浮かんでいる。


「隠しおおせそうにもないなあ。うん、その通りです。これはグローリー王国の聖石だよ」


 ブレイズはしかし、冷静に。静かに。ただまっすぐ、それでいて僅かに殺気を募らせて。大地を真っすぐに見据えた。


「一週間越しの質問だが、もう一度問うぞ」


 先ほどのコントのような空気はどこへやら。語気に剣呑さを孕ませて、ブレイズは問う。


「親父殿よ、あんたは一体何者だ」


 大地は、遠巻きにそのやり取りを見守っていた水成と命とフュリーをちらと見やり、フローリアに少しだけ視線を移し……長い、長い溜息をついた。


「――アストラ・レイヴァンス。グローリ王国聖騎士団第一隊副隊長。……元、だけどね」


 その一言に、にわかに静まり返る神崎家。

 水成と命は反応に窮してか何も言葉を紡ぎだせずにいる。察するに、自分の子どもにも正体を隠していたらしいということが伺える。


 その言葉が創作かなにかであればいいのだが。それがそうでないことを、ここ最近の神崎家の状況が雄弁に語っている。

 わなわなと怒りに震えるブレイズ。何せこの一週間、狸に化かされていたのだと知ったのだ。その怒りたるや。


「やっぱり騙してやがったのかこの野郎。表出ろ、表!」

「おいおい、時間を考えてくれ……ご近所迷惑だよ」

「……クソが」


 この親父はともかくとしてご近所は確かに無関係だ。巻き込む訳にはいかない。どうにかこうにかブレイズは自分を落ち着ける。


「しかし、当てずっぽうで言ったつもりだったが聖石とはね。これ、どうしたんだ?」


 手にもってしげしげと眺めるブレイズ。

 聖石とは国の宝である。アスロック大陸の4大国と中央にあるアーリアという国はこれを一つずつ有しており、それはしばしば戦争の種になっている。


 一説には神から授かった、世界の根幹をなす宝玉とも呼ばれている。そこに秘められたマナの量は常識では測り知れない。常時豊かにマナを放出しており、決して枯渇することはない。ゆえにそれを複数手にした国はマナの質が上がり、魔術や産業など、暮らしの質が輝かしく発展するに違いないとされている。

 今のところ、ユーフェリアで複数所持している国はないのだが。

 その聖石をどうしたのかというと。大地はしれっと言い放つ。


「盗んだ」

「へっ」

「う、嘘でしょう……」


 覚えずすっとんきょうな声を上げるブレイズ。フュリーは愕然としている。

 ブレイズの手からフュリーに聖石が渡る。


「……でもこれ、本当に聖石なんですか? 私が国で見たものとはだいぶ違うような……」

「抜け殻みたいなものらしいよ。ほとんど魔力は使っちゃって、聖石としての価値はおろか魔石としての価値もない……のかな。よく分からないけど」

「使った!?」


 聖石は直接使用する用途はない。ユーフェリア人にとっては常識である。

 たとえるなら、宝石は目に見えているのにどうやっても破壊できないガラスケースに守られているといったように、どんな魔術師でも聖石のマナを直接利用はできなかった。

 聖石はそこにあるだけで価値がある。それが普通の見解である。


「――確かに、この聖石からは何も感じられませんね。あ、でもちょっとだけ何か出てるような……」


 言われてみないとよく分からない。どうとも形容しがたく、フュリーはフローリアに聖石をパスした。

 聖石を受け取ったフローリアは一瞬びくっとしたが、想像していたものと違ったらしく期待外れのようながっかりしたような、微妙そうな反応を見せる。


「オレにはただの石にしか見えない件」

「光っているような気がしなくもないね」


 当然、水成と命には何も感じられない様子である。


「聖石を使うだなんて……そんなことができる人がいるなんて」

「ええと、念を押すと別に騙していたつもりはないよ。言わなかっただけで。大体、ここはどこだって言われて異世界ですなんて答えて信用するかい? しなかったよね?」

「それはまあ……」


 ブレイズは飛ばされてきてから初日、軽く問答を起こしたことを思い出して口ごもる。


「だから自分の目で見て自分で考えて結論を出して欲しかった。自分で頭をひねった結論は信用できるだろう?」

「最初からあたしたちが何者かってことは分かってたのか」

「まあね」


 悪びれることなく、大地は言う。


「黙ってた理由は分かったよ。で、自分の子どもにも隠してるのはなんでだ」

「アプローチしようのない異世界はないも同然だろう」

「……それって」


 何かを察したらしいフュリー。


「聖石を使って異世界の扉を開いたのは、神奈だ。その神奈は、もういない。つまり――」

「ああ、そうか」


 薄々は予感していたことである。ユーフェリアと比較しての、この世界のあまりにも異質な環境。つくりだけが似ていて、本質の全く異なる人間たち。

 おそらく、本来はどうやっても交わることのない二つの世界。


「ああ、異世界ユーフェリアへ行く手段は今のところ、ない」


          *


 お前は何を言っているんだ。

 今年の暮れには四十一歳になる父親の『実は異世界人だった』なる告白を受けて、水成の頭に過ぎった素直な感想である。


 実際に言葉にしたわけではない。

 異世界や剣と魔法のファンタジーなどゲームや漫画や小説だけの話でしかない。

 ……ないのだが、水成や命にはどうも心当たりが多すぎた。というか隠していたにしてはずいぶんとザルだったような気がしないでもなかった。


 第一に、水成たちが魔法と呼んでいる力。フュリーやブレイズは魔術と言っていたソレは産まれつき備わった能力ではなかった。後天的に目覚めたもので、その覚醒の瞬間は母親が亡くなった翌週のことである。


 大地はこのことに関して、神奈が自分たちに残していったのかもしれない、とあやふやなことをコメントしていた。実際に母親が託していった宝として、水成と命はこの魔法を大切にしている。なお、影一郎に関しては水成や命が物心ついた時から能力の片鱗を見せていたとうっすら記憶している。


 大地が魔術を使っているのを見たことは、水成の人生において五本指ので事足りるほどに稀であった。何年か前に行った阿蘇山へのプチ家族旅行の道中に目の当たりにしたバス転落事故から乗客を救うために、大地の土属性と思しき魔術で活路を開いたことがある。あとは庭に木を植える時やチンピラを撃退する時に何かやっていたなという程度のもの。


 第二にそのチンピラ撃退の件で大地は部類の強さを見せた。酔っぱらったチンピラが何人か街中で騒ぎを起こしていて、よくある話で一般人と思われる男女が暴行を受けていた。警察の到着よりも早く場を収めたのが大地だった。

 ちょっとここで待っていてね。とコンビニにでも寄るかのような気楽さで首を突っ込んでは圧倒的としか言いようのない立ち回りであっという間にチンピラ四名を制圧していた。

 子供ながらに戦い慣れていると思った。普段はインドアからアウトドアまでいろんな趣味に手を出す節操のない父親だが武術の類をやっていたことはついぞ見たことがない。


 まるで漫画に出てくるヒーローのようだと。命もそう思ったという。

 それ以降、家に明らかにカタギでない人がたまに道場破りに来ては父に追い返されていた。それ以来、大地をアニキと慕う舎弟がずいぶん増えたような。


 第三にたまに酔っぱらって帰ってくるとやたら横文字の名称やら何やらが彼の口から飛び出していたこと。


 多趣味な大地はある程度趣味の熟練度が高まると、何かを見つけてはそれに移動する。

 たいていスポーツやアウトドアだったが、その中にゲームやアニメも含まれていたので、そういったものの単語かと水成は思っていたのだが、なるほどどうして。今にして思うと昔のことを思い出してついつい口走っていたのだと推察できる。


 極めつけは、今現在の状況。


 きっと三人娘が言うように、彼女らがここにいるのは母にまつわる何らかの縁なのだろう。本当に隠す気があったのなら三人をここに滞在などさせないだろう。人の良い父親なので、そこは子供として誇らしい気持ちがないわけでもない。


 もう深夜三時半になるのに、リビングで情けなく正座させられている寝間着の父親を見ると、その気持ちも割とどうでもよくなってくるのだが。


「それで? なんでグローリーの元騎士サマがこんなとこにいるんだい?」

「いや、これにはヘルドラデ渓谷よりもふかーい訳があってだね……」


 こめかみに青筋を浮かべたブレイズが外掃き用のほうきの柄でうりうりと大地の頬を攻め立てる。

 一度は怒りを鎮めたものの、あまりにも開き直った様子の大地にイラッとしたらしいブレイズが再度大地に当たり始めた。

 隠し事をしていたことに後ろめたさがあるのか、大地は何も反撃しない。


「あんた、ほんとに今はグローリーと関係ないんだな?」

「そうだって言っているじゃないか」

「国から逃げたあたしを捕まえるためにここにいるんじゃないのか?」

「そのためだけにこれだけ手の込んだ設定を築き上げると思うかい……」

「……まあ確かに」

「ブレイズちゃん、気持ちは分かるけどそのくらいで……」


 見かねて相変わらず裸ワイシャツのフュリーが止めに入る。結局神崎家はこの夜中に関わらず皆起き出してしまっている。学校は夏休みだが、大地には今日も仕事がある。


「今のところはこれくらいにして、とりあえず今日の夕方にでもちゃんとした話をしたほうがいいんじゃないかな」


 仕事のある大地とこの険悪なムードに耐えかねてか、命が大地とブレイズの間に割って入る。二人に止められ、ブレイズもしぶしぶと言った表情でホウキを下ろした。


「わーったよ。でもこれだけは確認させてくれ。親父殿、あんたはあたしらと敵対する気はないんだな?」

「ないよ。むしろ君たちの味方であると認識してもらって構わない」

「初対面の相手に、ずいぶんな待遇だな?」

「神奈を頼ってきた君たちを無下にすることはできないよ」


 その名前を聞いたブレイズは、当惑したように瞳を揺らす。


「カンナ……。やっぱり、あたしらの知るカンナとあんたらの母親は同一人物なのか?」

「ちょっとわからないけど、無関係ではないと思う……っていうのが僕の見解かな」

「……それが聞けただけで、救われた気分だよ」

「そうですね」


 ぴりぴりした雰囲気が緩やかに溶けていく。ブレイズの眉間のシワが取れて、穏やかな笑顔をのぞかせた。フュリーも同様だが、フローリアは押し黙ったままだ。


「……大地さん、仕事ですよね。寝ないと」

「その心配をしてくれてほんとに助かるよ。フローリアくん、感謝します……」


 どうやら大地の心配をしていたらしいフローリアはふっと微笑んだ。


「でも、わたしはなんだか目が覚めちゃいました」

「オレもかな」

「……私も」

「すまんな、あたしなんかもう寝れる気がしないわ」

「父さんには悪いけど、おれもかな。別にいつでも寝れるけどね。せっかくだし、皆の眠気がやって来るまで水成の部屋でゲームでもしようか」


 命は楽しげに、いたずらを思いついた子供のような顔でそう言った。


「ゲーム……実はちょっと気になってた。乗らせてもらう」


 少しだけ、水成の部屋に興味があったブレイズは食い気味に賛同した。


「ちょいと遅めの交流会って感じかな。いいんじゃないか。なんつうか、ちょっとばかりしこりが取れたような感じだし。異世界の話も聞きたいかな、オレは」

「……おやすみなさい。あまり羽目を外さないようにね……」


 疲れ切った様子で、あるいは楽しげな交流会をうらめしげに眺めて大地は寝床に戻った。

 一抹の罪悪感が静まり返った場をよぎる。

 そんな中、フローリアがぱっと控えめに挙手をした。


「大地さんは、万が一寝過ごしていてもわたしがちゃんと起こしますので……」

「ごめんな、母さん」

「やだもう、お母さんだなんて。もっと言っていいですよ」


 水成的には冗談で言ったつもりだったのだが、母呼ばわりされてやはり喜んでいる十歳女児。それ目の当たりにして、水成はよくわからない危機感を覚えた。


「ロリおかんとかその道の人間にはとてもお見せできないな」

「はい?」

「なんでもないぞ! 菓子は俺の部屋にあるからお茶淹れてくれるか!」

「はい、かしこまりました」


 そこにないはずのスカートのすそをつまんでお辞儀をするフローリア。堂に入ったその仕草に感慨すら覚える。


「じゃあ持っていくのはおれが手伝うから。先に部屋に行ってていいよ」


 命が手伝いを名乗り出る。


「じゃあ頼んだわ。行くぞお前ら、ついてこい」

「おっ偉そうだな。お前の部屋に行くのは初めてだが、ひょっとしていつもゲームってのをして夜更かししてたのか?」

「それもある、まあ色々さ。あとブレイズはいいけどフュリーは着替えてきてね」

「はあい」


 妙にハイになった水成とブレイズに一歩下がってフュリーがついていく。


「いつもありがとう。家事、助かってるよ」

「ああ、全然気にしないでください。わたしは好きでやっているので」


 命とフローリアは穏やかに微笑み合った。

 大地だけは悩みの種がつきなかったらしく、ほとんど眠れなかったそうだが。


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