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神崎家と異世界の三人娘  作者: 未確認物体X
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第1章-2 異世界・地球

「フュリー君が言うには、君たちがユーフェリアとやらで見たお墓とさっきの霊園にあったお墓と、この家の仏壇の魂が同じ人物のものだと」

「は、はい。そこから感じる魔力の波長が極めて同一のもの、というか……。まず間違いないかと」


 ふむん、と気の抜けた返事をした大地は、思案げに顎を撫でた。

 自分で見てきたことなのに、なんだか自信がなくなったフュリーは途方に暮れている。

 すっかり日が暮れ、夜の帳が落ちてしまった二十時過ぎ。

 フローリアはキッチンで洗い物をしている。ブレイズと水成はコンビニに歩いていき、影一郎と命は自室に戻ってしまった。

 手持ち無沙汰になってしまった大地とフュリーは、居間で互いの情報を交換していた。

 結局、真実がいったい何なのか、どこにあるのか。それははっきりとしていない。

 そんなことよりもフュリーは、心なしか緊張していた。


「(ま、まずい……。まさかの二人っきりに……)」


 実は中年専のフュリー。ひと目見た時から大地のことをちょっといいなと思っていた。

 見た目より少し年齢が若かったことに驚きはしたものの、些事である。守備範囲内だ。


「うーん、やっぱり、ちょっと無理があるね。なんでか分かるかい?」

「……と言いますと?」

「君は十九歳だと言ったね。影一郎くんはいま君の一つ上の二十歳だ。その間一年で、彼女が子供を産んだことは考えにくい。まして水成と同じ年代の子もいる」

「確かに、あなたが言うのでしたら間違いないと思います」


 大地いわく、郊外の霊園に建てた墓は間違いなく、神崎家の母であり大地の愛した伴侶である神崎神奈のものだという。

 問題なのは、その墓がもう一つ。しかも異世界に存在し、彼女の子供かもしれない娘が三人もいること。

 れっきとした家族となり、寝食も苦楽も共にしていた大地だからこそ言えるだろう。水成がぽろっと言ったように他の父親の存在という線も考えられなくはないが、かなりムリが生じる。


「君を疑っているわけではないよ。三人とも訳ありなのは見て分かるんだ。簡単に嘘をついたり人を騙すような娘じゃないってのも、ね」

「恐縮です……」


 ぺこりと頭を垂れるフュリー。少しだけ紅潮した顔を隠したかった意図がある。


「まあ、今のところはそっちのカンナとこっちの神奈は別人説が有力かな」


 順当にいけばその結論に帰結する。

 墓石に刻まれた名前が一致したとて、同名の別人は世界中にそれなりに存在するのだ。


「私たちも人づてに聞いただけのようなものなので……そんな感じですね」


 墓石から感じる魔力の波長はどう考えても同じである。どうにもフュリーは腑に落ちていないのだが、禅問答も避けたい。ここで揉めていったいどうするというのか。

 それよりも解せないのは、二つの墓石を繋いだ謎の空間転移魔術(仮)の存在であるが。


「これからどうするのかい? 何かアテは?」

「うーん、アテはないですね……。帰ろうにもここがどこなのかさっぱり分かりませんし、そもそも……」


 もう、帰る場所がない者もいる。たとえば、ブレイズがそうだ。

 フュリー自身だってそうだ。不退転の気持ちで国を飛び出してきた。行き場のない気持ちをどうしたらいいのか、わかりかねている。


「あと、これは些細な疑問なんだけど」

「はい?」

「差出人不明の手紙って、そこまで信用できるものかな」


 普通に考えれば怪しいことこの上ない匿名の手紙。しかも同じタイミングに三通存在することが判明し、受け取った三名はもれなく異世界の疑いのある場所に飛ばされている。

 流石にフュリーもそのくらいは理解しているし、だからこそブレイズも神崎家に対して強い警戒心を抱いていた。

 だが、それらはあくまで結果でしかない。


「私たちは孤児ですから。ほんの些細な情報でも、やっぱり欲しいんですよ」


 自らの出自について、どれだけ調べてどれだけ歩き回っただろうか。とにかく縋れるものにはなんだって縋ってきた。

 とうとう、今に至るまで育った孤児院と、拾われた場所くらいしか分かっていない。


「国を出たのは、ブレイズちゃんも私も、たまたま個人的な事情が重なっただけです。この手紙を信用して飛び出した訳じゃないので、そこは安心してください」

「そうか。なんだか、立ち入ったことを聞いてしまったね」


 申し訳なさそうに大地は頭を下げた。


「いいんですよ。至極当然の疑問だと思います」


 フュリーとしては、今回もまた空振りに終わった。程度のことに過ぎない。

 ブレイズとしても同じようなものだろう。今後の生活など、生きてさえいればどうとでもなるのである。


「とりあえずもう遅いし、女の子二人を放り出すことはできない。今日は泊まっていってもらう。明日以降も君たちさえよかったら好きにここに滞在してくれて構わないよ」


 気持ちを切り替えつつあるフュリーに、大地は一つそう提案した。


「え……よろしいので?」

「いいよいいよ。実は都合よく部屋が余ってるんだ。あと二人分」


 願ってもないことだ。この国を調べようにも拠点が必要だし、いつ帰れるかの検討なんてとんとつきそうにない。

 それに、私情になるがもっと大地のことを見ていたいとフュリーは思っている。単純に下心もあるのだが、それ以上に大地には言いようのない違和感があるような気がしている。   

 上辺では推し測れない何かを一物抱えているのではないか。

 ブレイズはそのように言っていた。食後の一件では矛先を収めていたものの、やはり納得がいっていないとこっそり話していたのだ。

 フュリーは特に疑っている訳ではない。……ないのだが、完全に信用するのもどうかというところで、どっちつかずの気持ちでふらふらしている。


「でも、なぜ都合よく部屋が?」

「あと二人、子供がいる計画だったからね。この家もそのつもりで購入したんだけど」

「あ……」


 その寂しそうな微笑みの中にどうしようもなく、父親を感じてしまう。それを理解した時、フュリーは顔に急激に熱が駆け巡っていくのを感じた。

 やはり疑うべきではなかった。

 自分が恥ずかしい。善意とはかりごとの区別すらつかないとは!


「あー、気にしないでくれ。そして、君たちは自分なりに動いて、自分なりに結論を出してほしい。それが出るまではずっとここにいていいから」

「優しいんですね」

「……どうかな。自分ではよく、分からないよ」


 そうして、やっぱりその微笑みがたたえているのは一抹の寂しさと、読み解けない何か。さっきのそれとは違う感情が読み取れて、

(どうして――)

 問いかけようとした時、玄関の戸が開く音がした。


「アイス買ってきたぞー。食う奴集合ー」


 コンビニに行っていた水成とブレイズが戻ってきたのである。

 水成が軒先から二階に向かって一声上げると、すぐに影一郎と命が降りてくる音が聞こえてきた。


「さんきゅー。持つべきものはできた弟だな」

「そうだね兄さん」

「うっせ、言っとくがお前らなんてついでだついで」


 そう言い捨てて雑にアイスの袋を二人の兄に投げ渡す水成。


「あ、水成さん食パン買ってきてくれました?」


 台所仕事を終えたフローリアが、手をぬぐいながら玄関にぱたぱたと歩いていく。


「ほい」

「ありがとうございます。持つべきものは出来たお兄さんですね」

「おう、頼っていいぞ」

「対応違くない? 兄だよ?」


 露骨に態度を変える水成に、影一郎が抗議の声を上げた。


「うるせえ、ロクに帰ってこねえくせに兄貴面すんな! 死ね!」

「水成、言いすぎだよ。滅びろくらいにしとこう? ねえ兄さん」

「お前ら……」


 やいのやいのと騒がしくなってきた神崎家に、フュリーはくすりと笑った。


「にぎやかになってきましたね」

「影一郎くんが大学生になってから、この広い家に男三人だったからね……こんなに騒がしいのは初めてだよ」


 その優しい横顔にフュリーは胸がじんわりと温かくなるのを感じる。

 一歳のころに孤児として拾われ、三歳のころには魔力の開花を見出されてティターニア王国の王室に引き取られた。それから来る日も来る日も勉強と訓練の繰り返しだった。

 義理の両親には愛されていた。だが――。


「フュリーは? いらんの?」

「あ、いただくわね」


 ひんやりとしたアイスの小袋を水成から受け取り、フュリーはしばしそれを眺めていた。


「なんか、いいですね。こういうの」

「そう思うだろう?」


 不思議と。冷たいのに、心は温かさを感じていた。



 翌日の朝――、もとい、太陽も南中に差しかかろうかというところ。フュリーはいまだ寝床から起きられずにいた。フローリアに何度か揺すられてようやく意識を取り戻す。


「だ、大丈夫です? もうお昼ですよ」

「……へ? お、おひる……」


 起き上がろうとするフュリーだが、体が鉛のように重く、意識がひどく希薄だった。瞼が断頭台の刃のように落ちたまま戻ってこない。今にいたるまで寝坊のねの字もないほど規則正しい生活を送ってきたフュリーには自分の身に起こっていることが信じられない。


「うーん、ブレイズさんもおんなじような感じで……まだ起きられないみたいです」

「だ、だい……ち……さ」

「大地さんならお仕事に出かけられましたよ」

「くっ」


 すっかり起き上がる気力を失ってしまい、ぱたりと沈むフュリー。


「おいおい、今日は調べものするから図書館に行くって言ってたろ、いい加減に起きろ」

「おうそうだぞー……起きろ起きろ……」


 寝ぼけ眼をした、ジャージ姿のブレイズを引っ張って水成が部屋に入ってきた。

 なぜだかブレイズの髪はずぶ濡れのボッサボサになっている。


「わ、よく起こせましたね。テコでも動かないって感じだったのに……」

「おうよ、まあ見てろ。おい命兄、兄貴」

「はいよ」

「ごめんね、フュリーさん。ちょっと失敬して」


 神崎家の兄が二人。フュリーの腕を担ぎ上げて強引に起こす。裸ワイシャツ姿に露骨にうろたえたものの、そのまま窓のほうに引っ張っていき、頭だけを窓から出させる。

 一体全体何が始まるのか。フローリアははらはらとその様子を見守っていた。


「い、一体何を……」

「おっけーそうだそうだ、二人ともそのまま頼むぜ。んじゃ、せーの!」


 ばしゃああ!


 水成は手をかざし、精神を集中した。振り下ろすと窓の外に滝のようなおびただしい水が流れ出し、フュリーの頭を容赦なく叩いてゆく。


「!?」

「どうだ、これで流石に起きただろう! ほれ、タオルよこして」

「はいよ」


 頭がずぶ濡れになり、長髪で顔の隠れた妖怪と化したフュリーに用意してあったバスタオルをぽすっとかぶせる命。

 ブレイズのことも、つい先刻そうやって起こしたのだろう。というか、そうやってようやく起き出してきた。フュリーも同様のようで、なんとかふらつきながらも自前の足で立って頭をぬぐい始めた。

 そしてフローリアが二人を洗面台まで引っ張り、髪を乾かし始める。ケアが終わったところでようやく平常の状態に戻った。それでも具合が悪そうではある。


「……ちょっと頭痛が」

「あたしもだ」

「頭痛の常備薬をもらいました。これでも食べてから飲んでくださいね」


 あらかじめ用意していたらしい、二人分のサンドイッチの皿が差し出される。


「ブランチになっちゃいましたけど、どうぞ」

「何から何までごめんね、ほんとに……」

「おかんって呼んでいいか」

「そんな歳じゃないですよ、もー」


 年上のはずのブレイズに母と呼ばれて、露骨に嬉しそうなリアクションをした十歳女児は、キッチンの奥へ消えていった。

 さて、サンドイッチを頬張りながらフュリーはしばし考える。


「この辺りはマナが極端に薄いから……復調に時間がかかったんだと思うの」

「ああ、なるほどな。それならフローリアがぴんぴんしてるのも分かる」


 ブレイズはもっきゅもっきゅとサンドイッチを口いっぱいに頬張りながら言った。

 通常、フュリーやブレイズのような魔術師は睡眠によって日々消費した魔力を回復させるものだ。たとえば、眠っている間に記憶の整理、定着などを行うのと似たようなもので、眠っている間に自然にマナを取り込み身体を循環させ、魔力を身体になじませていく。そうやって回復するものだ。

 だが、あの禍々しいブラックホールに飲まれてこの場に来てから、フュリーとブレイズはどうにもマナの薄さを感じている。まったくない訳ではないものの、極端に少ないのだ。


 だからより少ないマナですり減った魔力を補てんしようと無理をして、中々起きることが出来なかったのだとフュリーは考えた。

 その一方でフローリアはマナの薄さは感じているものの、特に身体の変調はきたしていないなど。この辺りは魔力量により個人差が生まれているのだろう。

 ブレイズとフュリーは魔術師であるが、フローリアは民間人なのである。

 なにはともあれ、昼まで寝こけた結果として魔力はそこそこ回復している。


「それより、聞きたいことがあるのだわ。水成くん」

「ん?」


 サンドイッチ完食と同時に、どこからかすっと差し出されたコップの水で頭痛薬を飲み込むと、フュリーは水成のほうに向きなおった。


「寝ぼけていた私にもはっきりとマナの流れがわかったんだけど……。さっきの水は、あなたの魔術なの?」

「あんたらんとこじゃ魔術って呼ぶのか。俺らは魔法って呼んでたけどな」

「はあ。それにしても、こうマナが薄いのによくちゃんと制御できるわね」

「ここまでマナが薄いと、フツーの魔術師じゃあまず酸欠起こして使いモンにならなくなるのが関の山だけどな。まあ、少しは慣れたが……」


 ブレイズとフュリーは素直に感心した様子で水成を褒めそやす。水成は満更でもないと言った風にドヤ顔をした。


「そりゃ、小さい頃、この魔法に目覚めてから水ばっかいじってたからな。浄水に水圧調整、水質調整なんでもござれだ」

「その言い方だともしかして、独学で?」

「ああ。というかどこかで習えるモンなのか」


 フュリーは首をひねった。ここまで魔術の制御ができるといっぱしの魔術師と同レベルなのだが、これを独学でここまで昇華させるのは並大抵のことではない。

 ……何か。何か、重要なことを見落としているような。

 思考に沈んでいくフュリーを、影一郎が引き戻す。


「……昨日君らが落っこちてきた時、ものすごい風を巻き起こしていたように感じたんだが、あれはもしかしてどっちかの魔術?」


 影一郎は、自身が気絶する前の壮大スペクタクルを思い出していた。


「あれは……うーん、あの謎の異空間から放出されたでたらめな反重力と斥力が働いていて……。私も落下の衝撃をなんとかしようと頑張ってはいたんだけど」

「じゃあつまりフュリーは風か何かの、えーと魔術師、なのか?」

「風よ。お国柄、ということになるわ」


 言って、フュリーがにこっと微笑むと同時に涼やかな風が居間を吹き抜けていく。


「あたしは炎だ。命と影一郎は何かできるのか?」


 指先に小さな炎をともすブレイズ。時折ひときわ大きくなったり、はたまた風で消えそうなともし火になったりしている。


「おれは……まあ、兄さんのコブを治した時は見られないようにしてたけど、回復かな」

「あの時はまだ余裕がなくてマナの動きとかに反応できてなかったな……そうか、回復か」


 ブレイズが眉根を寄せていぶかしむ。


「回復魔術を使える魔術師なんて相当限られてるんだが、本当なのかよ」

「本当だよ。なんなら、試してみる?」

「自信ありげじゃないか。なら……フュリー、じゃあ腕でいいや、ちょっと頼むよ」


 惜しげもなく二の腕を差し出すブレイズ。一見きれいな白い腕だが、よくよく見ればところどころにうっすらと傷の痕が見て取れた。


「ええ……もう、嫁入り前の身体なんだから、いたわらないと駄目なのよ」

「ンな予定はないから安心してバッサリやってくれ」

「はあ。気は進まないし、こういうの苦手なのに。……じゃあ、いくわよ」


 しぶしぶと言った体で、フュリーは手のひらに風を集める。目に見えるほどの密度で、しかし小さい規模で風がうねり、渦巻いていく。真空の刃だ。

 そっとブレイズの腕に近づけると、少しばかりその細腕に裂傷が走り、赤い線となる。

 ずずいっとブレイズは命に腕を差し出した。


「ほれ」

「はいはい」


 命がブレイズの傷に手を触れると、たちまち淡い光がそこに宿ってゆく。

 光の中で、傷はみるみる小さくなっていき、あっという間に傷はなくなってしまった。


「こんなところに逸材とはね。この国の軍がどうして放っているのか不思議だよ」

「軍って。まあ時代が時代ならおれはおおいに役に立てたろうね」


 とそこで、食器とコップを下げにフローリアがやってくる。


「マナが薄いんですから、まだあんまり使わないほうがいいんじゃないです?」


 紅茶のカップを並べ、洋菓子の入ったバスケットをちゃぶ台中央に置く。空いたトレイに空の皿とコップを乗せてキッチンに帰っていった。

 すでにその立ち居振る舞いは主婦のそれと化している。

 フュリーたちと同じ来訪者のはずなのだが、すっかり馴染みきっていた。


「昨日スーパーってところで見つけたんですけど、その紅茶はカフェインが含まれていないらしいです。この国は進んでますねー」


 先ほど頭痛薬を飲んだ二人への配慮も完璧である。


「ちなみに私の魔術は光です。明るいからよく分からないと思いますが、光りますよ」


 キッチンのカウンターの向こうでフローリアが広げる小さな手のひらの中には、淡い光が生まれていた。


「あと、魔力付与……なんですかね? 魔力を分け与えているのか、それとも対象の魔力を増幅させているのか……。あと、微妙に生命力にも働きかけているみたいで、回復効果もあるようです」


 布巾を持って歩いてきたフローリアは、並んで座っているフュリーとブレイズの肩に両手を乗せる。命の回復魔術のように、フローリアの手から光が生まれる。じんわりとそれが二人に伝わってゆく。

 二人は満足に回復できていなかった魔力が充足していくのを感じてほう、と一息。


「あー、生き返ったわ。ありがとな」

「頼りになるわ」

「いえいえ。ところで、影一郎さんはどんな魔術が得意なんです?」

「……逆、だな」


 影一郎は微妙な表情を浮かべている。


「影の中に入れる。影の中は四次元空間みたいになっていて、あまり大きなものは無理だが色々収納できる」


 は?とブレイズは間の抜けた声を上げた。


「なんだそりゃあ」

「……あとは、これかな」


 影一郎が水成の頭に触れると、びくっと跳ねて距離を取る水成。


「勝手に吸うな、びっくりするだろ!」


 すぐさま命が手を触れてそれを癒す。水成は恨みがましい目で影一郎を睨んだ。


「ははは。俺は勝手に生命吸収なんて呼んでたけど、きっと魔力も奪っているんだろうな」

「……なんというか、聞いたことのない魔術ね。コメントに困るのだわ」


 フュリーもブレイズもとにかく微妙な顔をして影一郎を見る。

 影一郎はただ魔術を見せただけなのに。なぜか責められているような立場になった。


「言っちゃ悪いけど初見でおまえのこと根暗で薄幸そうだと思ってた。でも魔術も根暗だとは」

「うるさいよ! 悪かったな見た目通りで!」

「わたしは……その、影一郎さんの見た目、好きですよ。ダメっぽくて」


 特に理由のない追い打ちが影一郎を襲う。


「だから俺はダメ男じゃない! ダメ男じゃない!」

「二度も言ったな。自覚でもあるのか、兄貴」


 露骨ににやにやとする水成。影一郎はぐぬぬと悔しがって立ち上がった。


「……もういいよ。で、用事があったんじゃないのか。行かなくていいのか?」

「ああ……」


 そういえば、とすっかり頭から抜けていた様子のフュリー。

 とにかくここがどこなのか、情報を得ないと動くに動けない。情報と、その信ぴょう性を求めて県立図書館へ向かう予定となっている。

 はっきり言って、フュリーは地球だのという謎の惑星の話を信用していない。ブレイズだってそうだ。ただ、フローリアはあっさり信じていたようだが。


 ここが惑星ユーフェリアのどこの国の、どの辺境にあたるのか。あくまでそこを前提にすべての成り行きを組み立てようとしている。

 仮に、仮にだがその前提が覆された場合、仮説「異世界・地球」を繰り出していかねばならぬことになる。こうなってしまうともはやお手上げだ。

 それはそれでまあ、別にありかもしれないとフュリーは一人思う。ほかの二人がどう考えるのかはさて置きたいが、案外二人も拒絶はしないのではないか。


 『長い暇』をもらって国を出てきたフュリー。

 とある理由により、死んだことになっているブレイズ。

 仕えていた主人のもとを離れてきたフローリア。


 三人に共通するのは、孤児であったこと。育ての親しか知らず、産みの親を知らぬこと。そして、ほぼ同じタイミングで『母親に関する情報』を手に入れ、控えめに言って家出のような形で出立し、手紙に記された孤児院に向かって旅をしていたこと。

 まったく同じデザインの、まったく同じ魔力封をほどこされた手紙封筒を三人が同じく所持しており、日時場所指定までされて本当の母親なる情報を提示された。そうしてこの三人は時を同じくして、同じ場所に集った。


 実は三人とも、グローリー王国の海沿いにある、セントアリアという教会が慈善事業でやっている孤児院で幼少期を過ごしていたのだ。

 母親の手がかりは、便せんに記されたカンナという名前。果たしてカンナという女性の手がかりは、確かにあった。


 教会から少し離れた岬の近くにある墓地に、その名の墓石を見つけた。

 シスターいわく、カンナという女性は確かに存在した。そして、ここで亡くなった。

 探し物は、結果として不発に終わった。

 だが、手紙の差出人が何者なのかが分かっていない。孤児院の関係者ではなかった。

 最後まで差出人の正体はつかめず、最後に母親の墓石を清めようとしたところ、フュリーとブレイズの二人は突如として発生した暴風に襲われた。


 その正体は、岬の上空に発生した巨大なブラックホールのような、何か。

 大気が渦を巻いていた。黒い空間の裂け目に吸い込まれそうになる二人だったが、絶妙なコンビネーションで魔術を展開させ、踏みとどまっていく。しかしそれも長くはもたず、勢いを増してゆく暴風に耐え切れず、それに吸い込まれていった。

 そして、影一郎――もとい、カンナの墓石の上空から吐き出されたといった経緯である。

 ユーフェリアには空間転移のできる魔術師はハッキリ言っていない。それどころかその分野の魔術は研究段階でおり確立されていない。


 はっきり言って謎だらけであるし、結局のところ手紙に記されていた母親情報もデマである可能性すらあった。踏んだり蹴ったりである

 何にせよ、今は自分たちが置かれている状況を把握せねばならなかった。


「あ、わたしはお留守番してますので」


 台所にいるフローリアは挙手し、待機を宣言した。ブレイズが声を上げる。


「え、行かないのか」

「今朝水成さんから教えてもらったグーグル先生に、もう少し教えを乞いたいので……」

「なんだそりゃ、誰だよ」

「なんでも知っている偉い御仁です」


 この国に来てから驚くことばかりだが、目を見張るべきはその技術力である。今フローリアが持っているスマホ(水成の私物。予備らしい)なるものは、ユーフェリアの四大国の中でも技術力のあるレッドヴォルフやティターニアのそれをはるかに凌駕している。


「実はこのキッチンの使い方もまだよくわかっていないので……。ここに滞在する限りは、わたしのできることはやりたいのです」

「そういえば、ずいぶん手慣れてるわね」

「食材は大きく違わないのと、いろいろ便利なものもありますし……このくらいしかわたし、取り柄もないので」


 それに、と付け加え、眉をハの字にして困ったように笑った。


「わたし、お二人ほど聡明ではないので……きっと、二人で十分です」


 ブレイズは腑に落ちないといった風だったが、あえて飲み込んだようだった。

 確かに大挙して押し寄せる必要もない。それに、家の留守を預かってくれるのなら。


「それならいいけど。じゃ、メシも食ったし行くか」


 ブレイズが立ち上がった。


「サンドイッチ、美味しかったわ。ありがとう」


 紅茶のカップを台所のフローリアに届ける二人を見届けて、ソファに掛けていた影一郎も立ち上がった。


「じゃ、俺もそろそろ行くかな」

「あれ、影一郎さんは一緒に行かないんです?」


 洗い物をてきぱきと片付けながら話に耳を傾けていたフローリアが問う。


「水成と命に任せる。俺はバイトもあるし、帰らないと」

「帰る……? あれ、影一郎さんの実家はここじゃないんです?」

「実家はね。今は県外の大学に通ってるから、バイトしながら一人暮らししてるんだ」

「あ、そうだったんですか……。では、次はいつお戻りになられるんですか?」


 心なしか寂しそうな表情を浮かべて、フローリアは訊ねた。


「分からない。そこまで遠くはないけど、近くはないし。こういう時くらいしか……」

「そうですか……、残念です」

「今生の別れじゃないし、様子を見にまた近いうちに来るよ。それじゃあ」


 すでに用意していたらしい、部屋にまとめていた荷物を肩にひっかけて、影一郎はあっけらかんと家を出て行った。あまりにもあっさりしている。フローリアはぽかんとした。


「よーし、そんじゃお前らも早いとこ準備してくれや。俺たちも準備して出るぞ」

「そうだね」

「あの、影一郎さんって……」


 フローリアは困惑を隠せない。とっとと二階に上がっていく命と水成の二人を見て、言葉を飲み込んでしまった。やけにあっさりし過ぎているというか軽いというか。

 フュリーは影一郎の態度が少しばかり気にかかった。用事があるといえばそれまでだが。

 そんなに大変な思いをしてまで、学びたいものがあるのだろうと考えもしたが、妙な違和感が頭をもたげている。

 そういえば、昨日の夜。ろくに家にも帰ってこないと水成がぼやいていた気がする。


「こればっかりは家庭の事情だからな、あたし達がとやかく言うことじゃねえかな」


 今のところ首をつっこむつもりはないと、ブレイズは目を伏せた。

 やがて、手荷物をひっかけて水成と命が降りてきた。


「まあ、兄さんのことは、ちょっとね。大したことじゃないんだけど」

「ああ。別に話すようなことじゃねえよ。おらとっとと着替えてこい、いくらなんでも裸ワイシャツとジャージで出る訳にはいかん」


 フュリーははっと今にして、寝間着のままだった自分の姿に気がつく。

 いくらなんでも寝ぼけ過ぎである。フュリーは大きめのワイシャツ一枚という見た目。ブレイズは黒基調に白いラインが二本入った野暮ったいジャージ姿だった。

 ブレイズのそれは水成に借りたらしい。地味なのは確かだがなぜだろう、無駄に似合っているように見えた。


「っていうかそのワイシャツ、親父のか……」

「ちゃんと本人に断りを入れてるのよ。あと裸じゃなくてインナー着てます」

「やめろ開けんな」


 ちらっと胸元を開けてみせると、水成が心底嫌そうな顔をした。

 命は顔を赤くしてそっぽを向いている。


「……あっ」


 我ながらはしたないことをしたと、今更になって恥じ入るフュリー。


「別に照れてるわけじゃないぞ。別に今までずっと男所帯だったからそういうのに免疫がなくてリアクションに困ってる訳じゃないんだからね!」

「代弁ありがとう水成」

「ああ……なんか、ごめんなさい」


 男所帯に厄介になっていて、これはよろしくない。

 そう自覚したとたん、フュリーの胸に言いようのない恥ずかしさがふつふつと湧き上がってくる。


「……わ、私はなんてはしたないことを……」

「そのへんでいいだろ、おら、行くぞ」


 ブレイズに引っ張られたフュリーはそそくさと二階の自室に戻った。


          *


 その日、図書館で閉館ぎりぎりまで書物を読み漁ったフュリーとブレイズは、ある一つの事実を認めざるをえない状況に陥るのであった。


 『異世界・地球』


 図書館にも、途中で立ち寄った書店にも。どこにも『惑星ユーフェリア』についての記述が存在しなかったのである。『アスロック大陸』『グローリー王国』『レッドヴォルフ帝国』『ティターニア王国』『アニス公国』など、見知った大陸や国の名称はどこにもなく、あまつさえ魔術についての書物が、怪しげなオカルト書くらいしかなかった。


 魔術については、まだ分かる。マナの薄さはこの国特有のものであれば魔術が発展しえないのも納得がいくが、それすらも水成と命にあっさりと覆される。


 「魔法……いや、魔術か。それが使えるのはうちの家族しか知らん」

「普通の人はまず使えないだろうね。おそらく全世界レベルで。だから、君たちが魔術を使えることには多少驚いたんだよ」


 その概念すらも否定されてしまっては、認めるほかに道はなかった。

 水成と命は言った。魔術はこの世界の常識ではないと。


「じゃあ、あなたたちが魔術を使えるのはなぜ……?」


 夕暮れに染まる帰路の中、とぼとぼと力なく歩くフュリーは問うた。


「あんま覚えてないんだけど、母さんが亡くなった直後に突然使えるようになったんだ。その時は病気か何かかと勘違いして、戸惑ったよ」


 神崎家の母、神崎神奈。――カンナ。

 やはり、その二つの符号は何か関係があるのではないか。

 もしもカンナがユーフェリア人で、何らかの方法で地球にやってきたのだとしたら――。

 その子供が、たとえ薄いマナの中とはいえ魔術に目覚めることはあるかもしれない。

 ではそうなった場合。そこまで考えて、フュリーははっとした。


「……」


 隣を歩くブレイズと、不自然に目が合う。

 同じことを考えているのだろう。静かにお互い、目線で何かを示し合わせた。

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