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神崎家と異世界の三人娘  作者: 未確認物体X
15/21

第4章-3 父と子

「おっ、やっと帰ってきたな」


 宿のフロントで部屋を確認し、ノックしてドアを開ける。

 一番に飛び込んできたのは、水成から借りたのであろう携帯ゲームをプレイしていたブレイズの声だった。

 通信プレイでもやっているのか。ベッドに隣同士に腰かけている水成が視線を向けた。


「遅かったな」

「フローリアちゃん、大丈夫だった? 影一郎さんにヘンなことされなかった?」

「おい!?」


 いきなり予想外の人物から辛辣な物言いが飛んできて、思わず突っ込みを入れる影一郎。

 フローリアはきょとんとする。


「ヘン? ヘンとは……」

「そんなことできるタマじゃないよ、兄さんは」


 テーブルでコーヒーをすすっていた命がやたらと爽やかに言う。


「初めて見た時から思ってたよ、ヘタレだって」

「おいおいおい……」


一方、ゲームから目を離さないままブレイズは影一郎を静かに罵倒した。なぜフローリアとちょっと出かけていただけでこんなに誹られねばならぬのか。


「影一郎くん、もしかしてロリ……」


 とどめに、なんとか流れに乗ろうとしていたのか、そわそわしながら言葉を探していた大地の一言で影一郎は怒り心頭に発する。


「違うわこのクソ親父! グローリーに突き出すぞ!」

「か、勘弁して……」


 影一郎は大地につもる話があったのだが、先に影一郎がグローリーやアーリアで目の当たりにした、フローリアにまつわる奇怪な現象を報告した。ブレイズもそれに相槌を打ち、情報が間違っていないのだと念を押す。

 全て聞き終えた大地はレナードと同じことを口にした。


「わたしが……影一郎さんのお母さんの、生まれ変わり?」

「うん。可能性は高いと思う。僕も、君と初めて会った時は、あまりにも似ているものだからびっくりしたものだよ」


 そんな様子はおくびにも出さなかったと思うが。影一郎は大地の腹がやはり分からない。

 とそこで、影一郎は何かが頭に引っかかった。こめかみに指を当て、付近の情報を繋ぎ合わせて引っかかったことを探り当てようとしている。


「どうかしたのかい?」


 考え込んでいた影一郎は、はっと顔を上げた。その表情はしかし、疑問に満ちている。


「似ているって……アトナさんは、エヴァンと結婚して俺を産んだんだよな?」

「そうだ」

「アトナさんはいくつだったんだ?」

「享年二十二かな」

「それが、今のフローリアと、似てるのか?」


 フローリアは年齢相応に小柄である。地球の十歳少女と比べてもまったく遜色のない、一般的な女児である。十年後の成長した姿と、例えば雰囲気が似ているというのなら、印象に差異があるのではないか。

 しかしその予想は儚くも砕かれる。


「フローリアくんと当時のアトナさんは瓜二つだよ。姿、声、髪、仕草、何から何まで怖いほどにね」

「……そいつは」


 水成が戦慄した。その場にいる誰もがざわざわした。


「……エヴァンはロリコンだったんだ。仕方ない」

「…………」


 渋い顔で大地が告げる。場の誰もが、特にロリ呼ばわりされたフローリアは凍り付いた。残酷である。


「お、お手洗いにいってきますね」


 ふらふらとよろめいて部屋から出ていくフローリアを、誰もが複雑な心境で見送った。

 それから半時ほど小休憩を挟んだのち、改めてテーブルに座って向かい合う影一郎と大地。

 命は壁にもたれかかって、静かに見守っている。相変わらずブレイズと水成は携帯ゲームに夢中になっており、フュリーとフローリアは少し離れてベッドの上に座っている。


「やれやれ、三度目ともなるとスムーズに話せるもんだね」


 宿に到着した直後、ブレイズが到着してから、それと今。大地は同じ話を実に三度繰り返していた。それは、大地にとっては己の原罪をそれだけの回数振り返ったということに他ならない。影一郎はそれを察したものの、なんと声をかけてよいか言葉に詰まる。


「生まれた影一郎くんは、元神さまと人間のハーフということで、世界の異分子になる可能性があるということを決めつけられた。――あれは、ディーアという名だったね。そのためだけに降りてきたそいつに、殺されるところだったんだ」

「異分子って?」


 誰もが疑問視したそれを命が口にする。


「話した通り管理者は異様な魔術を用いる。僕らとは本質が異なるのだろう。その遺伝子をただの人間が受けると、それは人ならざる魔術師に成長する。人の世界に人ならざる存在が根付くことはできない……とね」

「その、アトナとかカンナさんとか、ディーア?っていうのが神界からこっちに来る分にはいいの?」


 引き続き、命が質問役を買って出ているようである。


「神界から遣わされてるから、期限と制限つきで許可されてるって神奈が言ってた」

「そうだったんだ」

「で、それを許せなかった神奈は異世界・地球へ逃げることを提案した。地球には管理者がおらず、手出しはされないからってね」


 命は何かが引っかかった様子で恐る恐る問いかける。


「もしかして、聖石はそのために……?」

「ああ。神奈が必要だと言うから、手伝った。それだけだよ」


 そのためだけに大地は国宝を盗むと決めたのだ。命をはじめ、場の誰もが驚きを隠せない。いわば他人の為に全てを投げ出したのだ。


「まあ、盗んだ時は神奈の妙な魔術のおかげであっさり誰にも見つからずにやれたんだけどね。流石に、直後に行方を眩ませれば僕に白羽の矢が立つよね」


 なんでもないことのように、大地は続ける。

 どのような決意があってのことだっただろう。この世界において聖石とは、国はおろか世界の根幹を成すといってもいい。罪を問われれば、もうユーフェリアに居場所はない。


「神奈の墓石があっただろう。あそこでゲートを開いて地球にやってきたんだ。だから、あの場所が特別繋がりやすかったんだろうね」

「そういうことだったのか!」


 ゲーム画面からぱっと視線を離し、ブレイズはうんうんと頷いている。


「お前その動きしながらしっかり話聞いてるのすごいよね」


 水成が呆れたように言う。

 ゲームの話はさておき、影一郎は胸のすく思いだった。

 殺されそうになっていた自分を、”他人“である二人が助けてくれたのである。感謝してもしきれない。そうして、気持ちが振り出しに戻ったことを本人すら気づかずにいる。

 影一郎の胸にひっかかる黒い淀みは、消えずにくすぶったままだった。


「…………。じゃあ、やっぱり俺は赤の他人だったわけだ」

「そう、なるね。血縁上は。けど……」

「ああ。本当の家族に違いない。だって、その。地球に逃げてきたころから俺を育ててくれたのは親父と母さんだ。それは間違いない。けど、だったらなんでずっと教えてくれなかったんだ? なんで、昔俺が聞いた時も隠した?」


 神奈を亡くした七歳の頃。炎の病室で偶然耳にした話。

 思えば、あの時母と話していた何者かは、ディーアと呼ばれていたような気がしている。

 地球には干渉できないのではないのかとも考えたが、今はそんなことはどうでもよかった。

 目の前の父親は、影一郎とは目を合わせずに俯いている。控えめな性格ながらも、力強くいつでも家族を導いてきた大黒柱は、今や小さく縮こまっていた。


「……出来れば、知らないほうがいいと思った。異世界のことも、アトナさんとエヴァンのことも。僕らのことも。知らないなら、そのままのほうが」

「――どうして」

「言えば、君の心が僕と神奈から離れてしまうんじゃないかと思ったんだ。そして、今ある僕らの家よりも、行けもしない異世界に思いを馳せるようになるかもしれない」


 大地の言葉が影一郎の胸に突き刺さる。事実として、そうなったからだ。あの日電話をもらって、異世界のヒントを得た影一郎は、真っ先に異世界へ行く方法を模索した。


「君が、県外の大学へ通うために一人暮らしをすると言った時、僕は強く引き留めたね?」

「……ああ」

「それは、そういう気持ちがあったからだ。いよいよ君が僕の手の届かない場所に行ってしまう気がした」

「……」


 影一郎は、二の句が告げないでいる。


「だから着いてきたのか」


 いつの間にかゲームをやめていたブレイズがそう口にする。

 それに応えるように、大地は顔を上げる。


「ああ。お尋ね者になっているかもしれない僕が出ると、巻き込むかもしれなかったし、事実今現在巻き込んでいるんだけど……ちゃんと、今まで黙っていた真実を伝えて、この手で、君を神崎家に連れ帰るんだと決めたんだ」


 真摯な大地の瞳に、嘘偽りはもはや見受けられなかった。


「……以上だよ。僕から言えるのはそれくらいだ」


 影一郎が十三年間知りたかった真実が、ここにあった。

 だからこそ分からないことがある。

 影一郎の疑問は、グローリーを経由して二つに増えていた。なぜ、黙って何も話してくれないのかというのが一つ。新たに生まれたもう一つの疑問は――


「じゃあなんで! 本当の子供じゃない、俺のことをどうして今まで――」

 その刹那。影一郎が勢いよく立ち上がった。

 否、立ち上がったのではない。立ち上がらされた。水成に思い切り手を引かれ、目線と同じ高さまで引き上げられた。次の瞬間、影一郎の頬に、水成の渾身の殴打が炸裂した。

 影一郎は尻もちをつき目を瞬かせた。何が起こったのか思考が追いつかない。


「おう、すまんな。それを言ったら殴ろうと思ってたもんで」


 まったく悪びれる様子もなく、水成は影一郎を見下していた。その据わった顔に浮かぶのは、ただただ、静かな怒りのみ。

 空気がざわついた。容赦なく、水成は尻もちをついた影一郎の胸倉をつかみにかかる。


「おいクソ兄貴。全部話してくれた親父に対して、それだけはないんじゃないの?」

「あ? てめえに俺の気持ちが分かるのか?」


 至近距離でガンを飛ばす水成にかけらも怯まず、影一郎は胸倉をつかみ返す。


「分かるかよ。人の気持ちも考えずにぴーぴー喚いてる二十歳サマの気持ちなんざさあ!」


 再度、水成は影一郎に殴り掛かった。その拳は躊躇なく顔を狙っており、一切の容赦はない。影一郎はあえてこれを受け、地面に倒れ伏した。

 すかさず追い打ちをかけようとする水成だったが、その場で無様に転倒する。何者かに思い切り足首を逆に引っ張られ、ものすごい勢いで仰向けに倒れて後頭部を強打した。


 フローリング張りの床だったがそれなりの衝撃があり、ひとしきり悶えた水成は、より一層その瞳に闘志を宿した。水成の足を引っ張ったのは、水成自身の影から伸びた影一郎の手だったのである。

 あえて倒れることで、逆に影を利用して攻撃に転じたのだ。


「てめえ! 魔術使いやがったな!」

「おっと、お前は使うなよ。部屋が水浸しになったらこの宿に迷惑がかかるぞ」

「だらだら能書き垂れてんじゃねえ! ぶっ殺されてえのか!」


 立ち上がった影一郎にまたも殴り掛かる水成。もはやただのケンカに成り下がっていた。


「くっそ、やりやがったな……調子に乗るな!」

「てめえが調子に乗るな!」


 影一郎がやり返す。感情のままにめちゃくちゃに殴り合い、もつれあい、組み伏し合って泥仕合の様相を呈してきた。

 命は静観しているが、フュリーやフローリアは怯えて動けずにいる。

 そこで、ようやくブレイズが動きだした。それを確認して、命もやれやれと腰を上げる。


「おい、やめろ。もうその辺にしとけ!」

「はいはい、兄さんもそこまでだよ」


 命が影一郎を、ブレイズが水成をはがいじめにして無理やり止める。

 暴れるかと思われた二人だが、あっけなくそれで静かになる。


「……くそっ、背中に何も当たらねえ……」


 水成は心の底から無念そうに、何かを悔やんだ。悔やまれる筋合いはないが何か癪に障ったブレイズ。万力のように水成を締め上げにかかった。ぎりぎりと水成の身体が軋む。


「あっやめてちょ、死んじゃう! 死んじゃうから! ギブ!!」

「何やってんだお前ら……」

「こっちの台詞だからね」


 影一郎を捕まえていた命は、いつの間にやら影一郎の頬やら殴られた跡を治していた。

 そして水成にも触れてケガを治す。たちどころに二人は元の状態に戻った。


「……毒気抜かれたな。ちっ」

「悪かったよ……今回は全面的に俺が悪かった」


 痛みと一緒に怒気を抜かれ、二人はすっかりしおらしくなってしまった。


「いや。今まで何も言わなかった僕も悪い。どうか許してくれ」


 ずっと見守っていた大地は、深々と頭を垂れた。それを見た影一郎の胸にちりちりと罪悪感が苛む。一体、今まで何をムキになっていたのか。それになんの意味があったのか。


「親父も、ごめん……俺、どうかしてた」


 ひとまず騒動は収束する様子を見せた。フュリーは、はあとため息をつく。


「はあ……もう、どうなることかと思ったわ」


 頭を抱えるフュリー。その傍らでフローリアはすっと立ち上がり、影一郎に歩み寄っていった。何も言わず、うつむいて影一郎の袖をぎゅっと掴んで離さない。


「……ごめん。君にも心配かけた」


 フローリアの頭を撫でる影一郎。下を向いており表情がうかがえず、ひたすら無言だったフローリアはしかし、最後に少しだけ微笑んだようにも見えた。


          *


「さて、手持ちの聖石は二つ。アーリアの司祭様がそうおっしゃっていたのなら、早めに帰ったほうがよさそうだ」


 大地を中心に、改めてテーブルに集まった七人。現状とこれからのことを整理している。


「しかし、聖石が四つ集まると……災厄が起こる、のか?」


 訝しんだ様子でブレイズが聖石を二つ手に取って、しげしげと眺めている。


「とうていありえない話だと思うけどね。そもそも四つの国宝を一か所に集めるのが無理難題だ」

「でも、ここに二つありますね」


 フュリーが苦笑するが、大地はいや、とかぶりを振る。


「半分という訳ではない。四大国のうちの一つだけだ。アーリアのこれは想定外のものだ。アーリアに聖石が存在するなんて、誰も知らないことだよ」


「そういえば、確かにお城と軍にいた私ですら聞いたこともないですね」

「無論あたしもな」


 軍に所属していたブレイズとフュリーですら、今までずっと四大国にしか聖石は存在しないものと思っていた。秘匿されていたのか、そもそもアーリアに不戦条約があるため、奪うという選択肢自体が不可能な訳だが。


「まあ、それはそれとして。またここから鉄道でヘルドラデ地方に向かって、セントアリアの終点で折りて馬車で孤児院に向かうことになる。そこからフローリアくんにまたゲートを開いてもらって、地球に帰りたいんだけど……」


 ゲートはここでは開くことができなかった。可能ならばここから宿代だけ置いて地球にとっとと帰還すべきだろうが、やはりと言うかそう簡単にはいかなかったのである。

 影一郎らは来た道をとって返すことになるが、やむを得ない。


「聖石は、そこに着くまで二つとも僕が預かっておく。万が一ということもあるし、フローリアくんに危険が及んではいけない」


 そこで、大地は三人娘に水を向けた。


「で、君たちはそのあとどうするんだい?」

「私たち、ですか?」


 道すがら、ティターニアに飛ばされたフュリーとは飛空艇の中でも話していたことである。考えていない訳ではないが、フュリーはどきりとした。フローリア、ブレイズも各々思うことがあるのか、神妙な顔をする。


「ここに残るのか、一緒に地球に帰るのか。……その、予定はあるのかい?」


 何かを言いよどむような、探るような口ぶりで大地は言った。それに、まずブレイズが答えを出す。


「あたしはもう故郷に未練はない。あいつらなら、上手くやってくだろうし」


 続いて、フュリー。


「私は……。そうですね。むしろ、帰らないほうがいいかもしれません。お母さまも、自由にしていいと送り出してくださいましたし」


 最後に、フローリアがきゅっと両手を組んで、強いまなざしで答える。


「わたしは……。わたしを引き取ってくれたお屋敷に帰っても、どうせそのうち出ることになります。ついて行っては、ダメです?」

「まあ、ユーフェリアに行けるってなってたその時に三人で決めてたことでな。地球に戻ったあとは、あたしら三人で、なんとかよろしくやってくよ」


 フュリーとフローリアは、ブレイズのその言葉に強くうなずいた。

 その様を見守っていた大地は、満足そうにうんうんと頷き、そして、まるですごく面白いことを提案しようとする子供のように。にっと笑ってこう言ったのだ。


「よしわかった。ならみんな僕の養子ね」

「えっ」

「え」

「は?」


 三人娘は、目を丸くした。

 対して、薄々父親の言わんとしていることに気づいていた三人兄弟は、やはりなという生暖かい目で父親を眺めている。なおも、大地は続ける。


「地球では一応君たち書類上存在しない人間だから、戸籍がないと面倒くさいんだよ、これが。僕は経験者だから分かるけど」

「は、はあ」


 まだ困惑した様子で、なんとかフュリーは相槌だけ打った。


「そうしてもらったほうが地球でもやりやすいと思う。どうだい? うちは部屋も人数分空いている。僕自身そんなに甲斐性はないから苦労をかけると思うけど」

「親父、一応言っとくけど猫の子を預かる訳じゃないんだぞ」

「三人とも女の子だから難しいと思うよ、父さん」


 影一郎と命が見るに見かねて突っ込みを入れるが、平然として大地はとんでもないことを言ってのける。


「あっ、昔グローリーから聖石ついでに盗んだ財宝、まだ換金してない分があるからそれは使えるんだけどね」

「おいどんだけ罪重ねてんだクソ親父!」


 とは言うが、影一郎がグローリーで見た手配書の罪状に、聖石盗難以外の項目はなかったような気がしている。酒場で聞いた噂話にすら登ってこなかった。

 

「まあ冗談だけど、あるにはある。神奈が持っていたものがね」

「母さんが?」


 大地に食って掛かっていた影一郎は、その一言に静止した。

 同時に、思い知る。いくら産みの親が違うと分かったとはいえ、影一郎にとっての母は神奈であることには違いないのだ。

 と言ってアトナを否定することもできない。母親が二人いるようなものだ。


「その神奈はアトナさんが亡くなる時に譲り受けたと言っていた。なんでも、管理者が地上に降りてくる時に活動資金として神界から宝石をもらうそうなんだけど、アトナさんはほとんどそれに手をつけていなかったそうだ」

「……なんでだ?」


 影一郎の疑問はもっともだ。あくまで人間として生活すれば消費は避けられない。

 世の中いろんなことにお金を使わねばならないのである。


「アトナさんは仕事で神界から降りてきてすぐに諸事情あって、グローリーの魔術士官として迎えられた。給金は国から出ていたからだ」

「年金をもらいながら働くみたいなもんか」


 水成が妙なたとえで表現する。確かにニュアンス的に間違ってはいないが。


「あと、エヴァンがだいぶ貢いでたみたいで」

「エヴァンのこじらせたロリコンのおかげで親父は助かったんだな」

 

 影一郎が残酷に言い切ると、フュリーが苦々しく引きつった笑みを浮かべる。


「み、身も蓋もない……」

「ロリロリ言うのやめてもらえます……」


 表情に影を落としたフローリアが、恨みがましいトーンの低い声で影一郎を咎めた。びくりとして影一郎は繰り返し土下座してフローリアに謝罪した。


「ごめんなさい」

「……ま、まあ。確かに女の子だし、難しいことは難しいかもね。でも部屋はあるからプライバシーは守れるわけだし、一応選択肢の一つとして考えておいてくれると」


 ただひたすら呑気に言ってのける大地。影一郎は頭痛がしてきた。


「……まあ、いいさ。とりあえず地球に帰ってから話し合おう」


 仕方なく、影一郎が言う。どうするにしたって考えをまとめる時間は必要だ。


「就寝は男部屋と女部屋分けてあるからね。女部屋はここの隣。はい、解散」


 手近なフュリーに鍵を渡して、大地は手をぱんと叩いた。


          *


 余談ではあるが。


「そういえば、確かめたいことがある」


 女部屋に戻り、温泉に行こうとしていた三人であったが、ブレイズはそれを引き留める。


「なんです?」


 先ほどの、地球に戻ったあとは神崎家で暮らさないかという提案の件についてだろうか。そう思い、フローリアは改まった。フュリーも同じことを考えたのか、真剣な面持ちになる。


「……違う、地球に帰ったあとの話じゃない。それは置いておくとして」

「あ、そうなんです?」

「じゃあ、何なの?」

「実はちょっと、さっきな。フローリアがトイレに行くと言って出ていた時だが、その時に宿の女将にこれを借りてきた」


 ブレイズがどこからか取り出したるは、テープメジャー。よく女性のスリーサイズなんかを測る時に用いる、アレである。


「メジャーなんかで何をするの?」


 きょとんとするフュリー。ブレイズは、にたりと笑ってフローリアを見る。それによくないものを感じたのか、フローリアは顔をひきつらせた。


「まあそう逃げ腰になるなよフローリア。いやな、ちょっと気になってたんだ。とりあえずお前脱げよ」

「はっ!? いや、どうせ温泉で脱ぐじゃないですか……」


 じりじりと後退するフローリア。なぜここで。どうせこれから脱ぐのではあるが、何も部屋で脱ぐことはないだろう。危機感にも似た羞恥心を覚えていやいやと首を振る。


「フュリー」

「ごめんね、フローリアちゃん」


 ブレイズが名前だけを呼ぶと、フュリーは阿吽の呼吸でフローリアを羽交い絞めに捕らえた。


「ええ!? 嘘でしょう!?」


 そのまま妙に慣れた手つきで、上を脱がしにかかる。

 あっという間にフローリアの華奢な白い柔肌が晒される。もはや逃げるに逃げられず、上だけ下着姿になったフローリアは、胸を手で覆いながら涙目で抗議した。


「ど、どういうつもりです!?」

「温泉で裸の付き合いをする前に、はっきりさせておこうかと思ってな」


 言うなりブレイズも上着やらを雑に脱ぎ捨て、躊躇なく下着姿になった。下着はアーリアについてすぐ、フローリアと選んだ新品である。

 しかも女同士だというのに。なんとなく気恥ずかしさでフローリアは赤くなる。


「じゃ、フュリー頼むわ」

「そんなことだろうと思ってたわ」


 なんで慣れた様子なのだろうと一抹の違和感が脳裏をかすめるが、構わずブレイズはフュリーに身を任せる。


「トップとアンダーの差は7センチ……AAカップ。次はフローリアちゃんね」


 だいぶ慣れた数字であるとブレイズは達観する。もうだいぶ成長していない。この辺りがブレイズが自分で自分を女扱いしなくなった理由の一つでもある。


「…………Bカップ。」

「あ?」

「ぴっ」


 謎の英数字が飛んできてブレイズは思わず凄んでしまう。フローリアは小さく悲鳴を上げた。


「Bって、フローリアが?」

「……ええ」

「何歳だっけ」

「十です……」


 先ほども話題に上った話ではある。分かっていてブレイズは再確認した。

 びくびくと答えて、いそいそとフローリアは着衣を正す。

 ちなみにブレイズは現在は十四であるが十五歳の年である。


「将来有望ね、フローリアちゃん」


 そのやりとりに、半裸のままブレイズはふっと笑う。どこか清々しい気分だ。

 神崎家で共に生活していた時から、薄々感じていたことだ。小さく見えることは見えるが、おそらくブレイズとフローリアには隔たりがあるように見えてならなかった。

 それがはっきりした。別に、大小にこだわっていた訳ではない。断じて違う。断じて。


「あのね、水成さんの持ってる漫画に書いてあったの。貧乳はステータスだ、希少価値だ!って……」

「そ、そうですよ。わたしだってこれから成長するとは限りませんし。わたしから十年経った姿のアトナさんだって、少女のようだったと……」


 どこか打ちのめされたように、少し肩を落として小さくなっていたブレイズにフュリーとフローリアはなだめるように言い聞かせる。

 まあ、逆効果である。持つ者が持たざる者にかける言葉など、ないのだから。

 それに、成長する環境が違えば発育などいくらでも変わる。可能性があるのだ……。


「お前らには言われたくねーよ! バーカ! バーカ!」


 上着だけひっかけて、悪態をつきながらブレイズは部屋を飛び出した。行く先はたぶん温泉である。


「……私たちも、行こっか」

「はい」


 少しだけ遠い目をして、思い出したようにブレイズの着替えも用意して、二人は女部屋を後にした。

 という、それだけの余談である。

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