009
フルールの目が獲物を前にした獣のように爛々と輝き、センシの両肩に両手を置く。
「ちょっと! センシちゃん! あの人は誰なんだい?」
―ああ、おばさんの噂好きの本能がとても反応している。
センシはフルールという蛇に睨まれた蛙。そんな姿を幻視した。
「あの・・・」
「あの?」
「その・・・」
「その?」
食い気味に問い詰められ、センシは、ここに逃げ場はないと早々に悟る。
かと言って、どう説明したら良いものか、なかなかに難しいモノがあった。
【薬草を採取に行って、命を救われました】
事実を言えばたったそれだけだ。それを言うのは簡単だが、それを言うのは躊躇われる。
命を救われた。その一言が、重いのだ。フルールは、ただの噂好きなだけのおばさんではない。自分の娘のように思っているセンシが、命の危機に遭ったとあれば、「そんな危ない事は金輪際止めてくれ」と、心配される。そんな心配を掛けるのも申し訳ないし、薬草が採取できなければ店を続けることも出来ない。そんな事情に板挟まれ、センシは二の句を継ぐことが出来なかった。
「やあ、こんにちは」
いつの間にかセンシの真後ろにいたサクが2人に声を掛ける。
「ぎゃっ!」
フルールは音もなくそこまで忍び寄ったサクに諸手を挙げてビックリし、そのあまりに大きな声にセンシは思わず耳を塞いだ。
「あっはっは」
イタズラが成功した子どものように、そんな2人の様子を見て腹を抱えて笑うサク。
「ちょっと! あんた! 失礼じゃないか! いきなり現れて人のコト笑うだなんて! それに何でここにいるのさ? そりゃあ、センシちゃんは年頃の娘さ。男の1人や2人いたって別に止めやしないけどね、それでも昨日まで男の影なんて欠片もなかったんだ! それはあたしが保証する。あぁそうだとも。それにセンシちゃんの両親にあたしゃセンシちゃんのことを頼まれてんだ。あたしの目の黒い内は、どこの馬の骨とも知れない男にセンシちゃんを渡しゃあしないよ!」
サクが唐突に現れた事に驚き過ぎた自分が恥ずかしかったのか、それともそれを笑われて怒ったのか、そのどちらもなのだろう。顔を真っ赤にして拳を振り上げながら一気に捲くし立てるフルール。
―そこまで言わなくても・・・
別の意味で顔が赤くなるセンシ。
それこそ、フルールのフルールたる所以。本領発揮だった。
立て板に水の如きその言葉に、呆気に取られるサクだった。