008
港から領主館まで延びるクルーレン一の目抜き通り。
正式名称『クルラクラ通り』。通称『大通り』。
左右に様々な商店が立ち並ぶ一角に、その店はあった。
『シャウベール薬店』
日当たりの良い落ち着いた店内。独特で様々な香りの入り混じったそこから少し奥に入った居住部の一室で、センシはお気に入りのリラックス効果のある薬茶を飲み、やっと人心地ついた。
あれだけのカダイラを見たのは初めてで、さすがに命を諦めかけた。
が、こうして今も命がある。こうして変わらない日常を営むことができる。そのことが不思議で、嬉しかった。
対面に座り、物珍しそうに店内をきょろきょろ眺めている目の前の彼には感謝してもしきれない。
背中まで伸びた青み掛った銀色の髪。端整な顔立ち。年は自分と同じくらいか。ニパっとした笑顔は幼さが残り、年下の少年の様でもあった。
センシは、彼をそっと観察し、そう評していた。
「こんにちは」
カランコロンと軽やかな鈴の音と共に、近所に住む、噂好きのフルールおばさんがやって来た。
彼女にかかれば、一の事も尾ひれ背びれ、胸びれ、果てはえらまで付いて百にも二百にも膨らんだ話題が翌日にはそこら中に広まっていることから、『ゴシップ師』の名をほしいままにしている強者だ。
そこさえ目を瞑れば決して悪い人ではないのだが、いかんせんその感染力が凄まじ過ぎて瞑った目も強引に開かせてくれるものだから、どうしても構えずにはいられない。
近所では有名な、総合評価で残念なおばさんである。
「フルールさん、いらっしゃい」
センシはそんなおばさんを笑顔で迎えた。
センシにとってみれば、彼女は両親を亡くしてからもあれこれと世話を焼いてくれ、独り身の寂しさを救ってくれた恩人で、感謝こそすれど、他の感情はあまり抱かない。
「今日もいつものヤツお願い・・ね・・・」
フルールの言葉が途切れる。
奥に見える流れるような銀髪に、フルールの本能が反応した。
「ちょっと! センシちゃん!」
大きな声が店内に響く。センシはビクッと肩を竦め、用意していた薬を落としそうになりワタワタとしている。そんなセンシにお構いなく、フルールはズイっとカウンターから身を乗り出して、その奥の人物に注目している。
センシは居住部と店内を隔てる扉を開けっ放しにしていたことを後悔し、サクはその光景が何だか可笑しく、プッと笑いを吹きだした。