007
サクが手渡されたもの。
それは、魔除けの香、その原液『イビジ草』から抽出した『ビジル液』だった。小瓶に入れられたそれは、人体には無害であるが、魔物には覿面の効果を発揮する毒である。普通は香の名の通り、その原液をある植物の粉に混ぜ、膠で固めて火を付けて煙りを出して使用する。
しかし、匂いだけで寄り付かなくなるほど強力な毒の原液だ。膠着状態を打破する一手として、それが担う役割は大きい。
サクはその小瓶を握りしめ、眼前の敵へと駆ける。
その瞬間、カダイラリーダーに変化が訪れた。
その姿が視認できないほどの禍々しくどす黒いオーラを放つ。
その間、ほんの数舜。
そこに立っていたのは、それまでの筋肉だけが発達した大きな体躯のそれではなく、精悍な顔つき、引き締まり小さな体躯になった、全く別物の何かだった。
突如、カダイラリーダーに訪れた変化。進化と呼んだ方が相応しい。
時は少し、カダイラの大群が自滅していった時に遡る。
一体、また一体とその命を散らしていくカダイラの無念が怨念となり、やがて、その場に漂い充満していく。それはそのまま空気中に霧散してしまうはずだった。
しかし、魔素の濃い森で怨念が爆発的に一つ所に集まったため、魔素と結合し圧縮され、高密度の結晶となった。
その結晶は行き場を求める。
必然的に行き着く先は一つ。
己の同朋であり、主であった、一体のカダイラの元へ。それは力。圧倒的な力となる。
ソレはどうやら暴力はそのままに、速さを増した。
その証拠に今まで当たらなかった攻撃がサクを捉え擦る。それだけでサクの肌は裂け、鮮血が散る。天秤は明らかにカダイラの方に傾いた。
それでもサクは笑う。強敵を前に不敵に嗤う。
止まらない。否、止められない。
目の前で起こった進化に感化され、己の限界を超えて挑む。
徐々に増えるお互いの傷。徐々に上がる息すらも、この戦闘を彩る装飾品でしかない。カダイラの荒い鼻息を浴びたい人などいないだろうが。
しかし、決着は呆気なく訪れた。
カダイラリーダーの膝がストンと落ちた。戦斧を杖にしサクを見詰める眼光は衰えを見せず鋭いが、その全身から発せられていたオーラが霧散している。
「じゃあな」
サクは己を新たなる高みに導いてくれた相手に敬意すら込め、その首を断ち切った。
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