003
カダイラの大群を確認したサクは、思案した。
クルーレンの街に人を集めに戻るべきか否か。
すぐに出た答えは、否。
一番近いクルーレンは、サクにとって初めての街である。あれほどの規模の街なら戦力はそれなり以上には居るのだろうが、よそ者のサク一人の説得でその戦力が迅速に集められるか内情もわからないし、更には距離の問題もある。サクだからこそそれほどの時間を掛けずここまでこれた。これほどの大群を殲滅するための戦力が移動、到着するためにはどうしても時間が掛かりすぎる。
以上の事からサクはその選択肢を切って捨てた。
では、この局面をどう打開するか…
サクはスルスルと木に登る。
ある程度太い枝の上で足場を確保すると、ポケットから糸を取り出す。その糸はある魔物が吐き出す物で、束になってでもいなければまず視認出来ないほど細いのに、人が束になってぶら下がっても切れないほどの強度を誇る。
その魔物、ズターブはその糸で獲物を捕獲するため吐き出された直後の糸は粘着力が強く、持ち運びには適さない。
しかし、クラニの果汁に浸すことで、その粘着性は失われるためそうした処理をすればサクのように持ち運ぶことも可能となる。
そんな糸をこの場で持ち出した所で無意味にしか見えないが、サクはもう一方で胸ポケットから小瓶を出した。
その小瓶の中身はクラニの樹液だ。
この樹液そのものに粘着性はなくさらさらとしているが、処理して粘着性を失ったズターブの糸に付けると、その糸にまた、粘着性が戻るのだ。
ズターブの糸とクラニの樹のこういった関連性は広く一般には知られていない。
クラニの群生地にズターブの生域圏が拡がっており、肉食のズターブが何らかの肉の捕食直後にクラニの樹液を食後のジュースとばかりに吸っていた事からクラニとズターブに関連性があるのかと疑ったサクが試行錯誤した結果、糸と果汁と樹液の関係を見つけたのだった。
サクの強みはその卓越した観察眼に基づいた洞察力と何事も楽しめる好奇心だろう。
サクはある特殊な方法でその糸を何本かに切り分けるとそれらすべての先端部だけを小瓶に浸した。
そして、徐々に糸を垂らしていき、ある一体のカダイラの肩や腕、腰や首といった生物の可動に重要な部分を重点に貼り付けて行く。見えなく、重量を感じない糸が己の身体に付けられているというのにカダイラは気付く様子もない。
その様は、さながら大道芸人が子どもらを楽しませる人形劇、その操り人形のようだ。
こうして一体の醜いカダイラは傀儡と化した。
サクは慎重に糸を手繰る。万が一、いや、億が一にも自分が攻撃したと傀儡と化したカダイラにも悟らせないよう、慎重に。
傀儡と化したカダイラも自分が操られていることにすぐに気付く。しかし、なぜ、なんのために操られているのかはワカラナイ。解らないがそれが良くないことくらいは本能でわかった。
なので必死に抵抗した。
しかし、それすら織り込み済みのサクにとってその抵抗はあってないようなものだった。
焦らないと決めたサクに焦りは微塵もない。ここからは我慢比べだ。その方が断然早い。いっそ鼻唄でも聴こえてきそうなほど落ち着き払って糸を手繰り寄せては引き、寄せては引いて遂には武器を構えさせた。
その様はまるで釣りの様だった。
これで仕掛けは完璧だ。後はその武器を降り下ろさせるだけで良い。
サクは汗ひとつかかない涼しい顔である種残酷な未来を描き切った。
後はカダイラにカダイラを攻撃させるのみ。
サクはタイミングを見計らい、その武器を降り下ろさせた。