014
―自分を、護る
センシは今一度、サクの言葉を反芻した。
―わたしはまだ、死にたくない
―今死ねば、わたしも誰かに『ごめんなさい』と言うだろう
―だから、まだ・・・
センシはこれまで、この店の在り方に、ご先祖様の“技術を秘匿せよ”という教えに、何の疑いも抱かなかった。父母も皆に慕われ、笑顔の絶えなかった暮らし。そんな当たり前な幸せの中で、疑う余地はなかったのだ。しかし、今、その在り方と初めて向き合うことに。
―そこに、わたし達の作る薬は特別だと、驕りはなかった?
―本当に、今のままで良いの?
―だけど、今は違う。フルールさんの様にわたしを、わたし自身を必要としてくれる人がいる。
―だったら、薬に執着するのはなぜ?
―それがわたしの生きる道だって、ずっと・・・
―一番救いたかったお父さんもお母さんももういない。けど、
―お父さんとお母さんに教えてもらったのは、薬を作ることだけだった?
―いいえ。そんなはずない!
―たったそれだけなんて、わたしが認めない!
「お願いします」
センシは、それだけを言い、サクに頭を下げた。
「おう! 任せとけ!」
サクは一層笑みを深めた。
その瞬間、センシの胸にあった言葉に出来ないモヤモヤとしたモノが晴れていく。フッと肩から力が抜けて、顔を上げるとそこには、両親を亡くしてから鳴りを潜めていた笑顔があった。
―ああ、この笑顔! これだよ! あたしが見たかったのは!
フルールもしばらく振りに見る、センシの満面の、花が咲いたような笑みだった。何かが動き出す瞬間に立ち会って、年甲斐もなく少女のようにワクワクした。そして、目尻から引いたはずの涙が零れる。
サクは、パンッ! と、両手を打って、
「じゃあ、決まりだな! なぁ、おばさん、ここいらで泊まるのにお勧めの宿ってどこ?」
話題を変えた。
「宿かい? そうだねぇ、ここから一番近くだと、ハジュールがある。そこの主人は料理の腕も良いし部屋も清潔だって評判さ。だけど、女癖が悪いんだ。上玉な客とみるや露骨に贔屓しては引っかけようとしてるらしい。そんなんに引っ掛かる女なんていないんだけどね。だから、良い年して独身なんだよ。あとは・・・」
長くなりそうだった。
「あの・・・」
そんなフルールの話しをぶった切ってセンシがおずおずと声を掛ける。
「サクさんは、まだ、宿が決まっていないんですか?」
「ああ。なんせ、街に入る前に悲鳴が聞こえたからさ。そっちを優先したらこうなった」
「じゃあ、わたしを助けるために?」
「結果的にな」
「でしたら、家に滞在しませんか?」
センシの大胆とも取れる発言に、
「良いのか?」
サクは無頓着に応じる。
「ええ! ぜひ!」
「そんじゃあ、よろしく!」
何か言いたげなフルールを置き去りにして、サクとセンシは固い握手を交わすのだった。




