012
「ウォンウォン」
「グヮングヮン」
2人の泣き声が、狭くもないが広くはない部屋に木霊する。
ポリポリと頬を掻く、1人取り残された感満載のサク。
どうしたものかと思案し、なるようにしかならないかと諦める。
しばらくして、2人の泣き声が止んだ。
「センシちゃん、今度から1人で森へ行くのは止めておくれ」
フルールがセンシに懇願する。
センシが恐れていたことが現実になった瞬間だった。
―それでは生活が・・・お父さん、お母さんが残してくれたこのお店が・・・
「だけど、それでは薬を作ることが出来ません・・・」
尻すぼみに、口に出来ない思いを呑み込み、それでも言わなければならないと、それだけを言う。
2人が見つめ合い、しばしの間、騒がしかった部屋に沈黙が降りる。
「なぁ」
そこに割り込む第三者の声。
ここぞとばかりに“忘れてないよね?”という思いを込めて声を掛けたのは当然、サクだ。他に人は居ないのだから当然なのだが、揃ってキョトンと見つめられるのを見るに、2人はすっかりサクの存在を忘れていたのかもしれない。
「はぁ~」
思わず、大きな溜め息をこぼしてしまうサク。ついでに大きく息を吸い込む。
「おばちゃんはセンシに1人で森へ行って欲しくない。だけど、センシは、森へ行く必要がある。ここまでは良い?」
確かめるようなサクの言葉に、2人そろってコクコクと頷く。
「だったら、簡単な解決方法が一つある」
ニヤリと口角を上げるサク。
2人は黙って何を言い出すのだろうと先を促す。
「護衛を雇えば良い」
サクのドヤ顔が炸裂した。
2人は黙って何を言い出すのだろうと隠すことなく疑問を顔に貼り付ける。
・・・
2人と1人の間に横たわる何とも言えない重い沈黙。
客観的に見てサクの意見は間違っていない。というより、的を射ている。
それでも、2人と1人の間に温度差があるのは、致し方ないとも言える。
センシが行くあの薬草の群草地は先祖代々受け継がれてきた大切な場所であり、おいそれと他人に教えて良い場所ではない。それを承知している2人。そんなことは知らない1人。それが、その温度差の正体だった。
フルールも内心では、葛藤していた。自身の一言がセンシを、その生活を縛りつけてしまうことを承知していながら、それでも言わずにはいられなった。それほどにフルールの中でセンシの存在は大きい。いっそ、これを機に店なんかやめて愚息の嫁にでも・・・。そんな、己にばかり都合のよい感情まで生まれてしまう。
しかし、細腕でこの店を必死に守ろうと努力し続けてきたセンシを、ずっと見守って来ただけに、そんなことは、口が裂けても言ってはいけないことも理解している。ともすれば、言葉が口を吐いて出てしまいそうになるのを必死の理性で堪えている。
―堪え性のないこの口もどうか今だけは我慢しないといけない。
恐らく、フルールの人生初だろう。自制心で己の口を塞ぎ続ける。
「でも、あそこは・・・」
センシは、力なく言うと項垂れた。




