001
現時点で、特に決まったストーリーはありません。
ただ、決まっているのは、一人の若者、サク・ラシードが広大で果てしないハーベストの世界を旅します。彼が、どこを目指し、どこへ行くのか。描きながら彼と共に成長出来ることを願って。
雑多な人々が行き交う交易の港街、クルーレン。
市場では威勢の良い屋台のオヤジのダミ声が今日も響いている。
「お!ねえさん今日も美人だね~どうだいこのスルーラ。正真正銘今朝揚がったばかりの逸品だよ!」
「やだよ。こんなおばさん掴まえてねえさんだの美人だの。けど、そうねぇ~本当に活きが良いね。今夜は煮付けに決まりかしら」
「おぅカルッパ、ムネルなんでもござれよ!」
「そうね。うん!一本ちょうだい」
「お!毎度あり!1300ゴルだ!」
「あら、思ったより高いのねぇ」
アゴに手を当てて少し小首を傾げるご婦人もご婦人なら、
「かぁ~美人のねえさんには敵わねえ!」
額に手を当てて参ったと天を仰ぐ店主も店主か。
「よっしゃ!1200ゴル!」
どうだ!と言わんばかりの店主。それでもポーズを崩さないご婦人。
「1150ゴル!おまけでここらのイーシュ一篭!これ以上は負けらんねぇ!」
焦れた店主の懇願のような値切り交渉にやっとにこりと首肯くご婦人だった。
と、言っても店主も予め値切られても良い値段を設定しており、それをお互いに理解している街民同士ならではのやり取りと言える。
こんなやり取りがそこかしこで、日常茶飯事に行われている活気溢れる港街がクルーレンだ。
因みに、スルーラというのは割りと大きさのある白身魚の一種で、淡白な味ながら、香り高いオリップの油や動物性の乳の脂肪分を固めた濃厚なコクのバタとの相性が良く、その卸した生身を薄くそぎ切りにして皿に並べ、千切りにした野菜や千切った香草をその上に散らしオリップ油を回しかけるカルッパや、半身に小麦粉を叩き、溶かしたバタでパリッと焼き上げたムネルなど、様々な料理に用いられる。その日の水揚げ量にも左右されるが、一尾の値段が概ね1500ゴル、黄銅貨3枚程だ。一泊の宿賃が場末の素泊まりでどんなに安くても4000ゴル、赤銅貨4枚である。一尾あればここら辺りの一家の平均人数である七~八人の腹を十分に満たせるのを鑑みれば、財布にも優しい魚である。
それに対してイーシュという魚はとにかく小さい。小さすぎて群れを成して大魚に見せようとする習性があるため、一度網に掛かればもれなく大漁になるため、一篭幾らという捨て値で取引される何とも残念な魚である。しかしその身は不味くなく、素揚げで良し、骨ごと叩いて調味料と合わせ練り上げ団子状にして根菜と煮込んだスープも美味い。足が早く保存は効かないが、その分発酵させれば立派な調味料クニャップにもなるなど、意外と用途の広い魚でもある。
どちらもこの街近海で良く水揚げされるので一般家庭の食卓でも馴染みの魚だ。
そんな街に若者が一人、近付いていた。
旅に汚れた装いで若干、臭う。それでも鼻が曲がるほど臭わないのは、彼、サク・ラシードの気遣いの賜物だろう。それだけでもサクが旅慣れていることを示しているようだ。
街を覆う外壁まであと半刻(30分)も歩けばたどり着くだろうその場で、サクは徐に立ち止まった。
微かに、本の微かに風が運んできたその音は、間違いなく悲鳴だった。進行方向から向かって左、西に二刻(2時間)歩いてようやくその入り口にたどり着くようなかなり距離のある森の奥から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
サクは、その場で回れ左をすると駆け出した。
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