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SILVER BLADE ZENITH! ~学校ごと異界の森に転移~  作者: 安藤ナツ
一日目

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006

 若い男がわめいているような叫び声を上げる七匹の怪鳥は、突然と現れた奇妙な岩や樹が一切生えていない地面を興味深く観察していた。見たこともない真っ直ぐで巨大な岩。所々に見える泉よりもきれいな色をした物が所々に嵌っている。その大岩は幾つもあって、少しも美味しそうではない。

 しかし、アレは別だ。

 黒い毛皮と、白い毛皮のイキモノ。牙もなければ、爪もない。周囲に対する警戒心が極端に弱く、騒々しく喋って自分の居場所をこれでもかと主張している。その癖、いつも怪鳥が口にしている腐肉とは違う瑞々しい顔の色。邪魔な鱗も堅い甲殻も持っておらず、まるで食べてくれと言わんばかりのご馳走だ。

 しかも、数が多い。怪鳥の掌サイズの脳味噌では数えることすらできない、大量の獲物。普段は狩りをしない怪鳥であるが、それでもあれだけの規模の群れであれば失敗するようなことは有り得ないだろう。

 しかしそれでも少し数が多過ぎる。極めて弱そうな餌ではあるが、数はそのまま暴力だ。龍種の幼体ですら、鱗一枚よりも小さな虫の群れに食い殺されることがある。体格が殆ど変わらないあの餌の群れに突っ込めば、手痛い失敗をすることは目に見えている。

 ただ、大きな問題ではないだろう。一匹か二匹、群れから離れる時を狙えば良いだけの話しだ。幸いにも、待つことには慣れている。それは怪鳥にとって苦痛ではない。もしかしたら、他の生物が奴等を狩って、そのお零れに預かれる可能性もゼロではなく、それはそれで怪鳥には美味しいことだ。

 暫く群れの移動が続くと、はぐれた二匹が岩から出て来た。一人は餌の中でも異様にでかかった。筋張ってはいるが、非常に美味しそうだ。隣を歩く細いのも大きく、肉は柔らかそうに見えた。

 が、アレは駄目だと怪鳥の本能が告げる。

 群れから離れているからか、警戒心が強く、隙がない。

 それに加えて大きい餌の方は、何かを隠し持っている。風のない日の泉のように静かな水面の奥に、角と牙を持った野獣が潜んでいるような気配。怪鳥達とは根本的に格が違う捕食者としての性質が隠し切れていない。射程範囲に入ってしまえば、容易く狩られるだろう。

 対してひょろ長い方は逆に非常に攻撃的な雰囲気を纏い、今すぐにでも得物を八つ裂きにしようと言う気概が見えた。それは野性にはないものだ。必要最低限度の殺傷が狩りの基本であり、殺し過ぎると言うことはまずない。が、アレは違う。破壊と言う破壊を破壊し、解体と言う解体すら解体することに躊躇がない異端だ。戦闘能力として見れば高くないが、命を賭けて戦うには苛烈が過ぎる。手加減だとか躊躇だとかそう言う物を持ち合わせ手にいないのだ。手を出したら、タダでは済まないだろう。

 逸る気持ちを押し殺し、怪鳥達は二匹の餌を見送る。

 それから暫くすると、怪鳥達が数えることも難しい沢山の餌が出て来る。が、先程の群よりは随分と小さい。それに先程の二人の様な戦いの気配を持っていない。そればかりが、自分達が狩られる対象であると言う自覚すらないように思える。

 チャンスだ。怪鳥達は静かに鬱蒼と茂る枝の隙間から飛び出し、不格好に翼をはためかせながら美味しそうな餌の上を取ると、勢い良く襲い掛かった。普段よりも高い位置からの滑空は、今までよりも上手に出来た。

 産まれたばかりの雛よりも警戒心のない餌の足元へと疾風の如く襲い掛かると、地面すれすれから一気に急上昇を試みる。その際、普段は樹の枝に捕まるのに利用する尾っぽのカギヅメを餌の後ろ脚に引っかける。見た目よりも重い。巣まで持ち変えるつもりであったが、このままでは上昇しきれない。餌もろとも落下してしまう。仕方がないと、途中まで飛びあがった時点で餌を離す。

 が、それは失敗が産んだ成功となる。空を飛ぶ術を持たず、おまけに空中でバランスを取ることもできない間抜けな餌はそのまま頭を地面にぶつけて動かなくなったのだ。

「きゃー!」

 と近くの餌が悲鳴を上げてしゃがみ込む。怪鳥の一羽がそれを狙って滑空し、同じように地面へと落とす。餌は小刻みに震え、血を吐いた。

 餌の悲鳴が増える。岩の巣に逃げ込んでいた餌達も一緒になって騒いでいる。

 あまり騒ぎが大きくなると、他の連中も気が付くだろう。怪鳥は自分達がこの極上の餌にありつけるチャンスはもうないだろうと悟り、一斉に餌の確保に向かう。

 滑空。上昇。投下。悲鳴。それが何度か繰り返され、一羽に付き一体の餌が出来る。他の餌は多くが逃げ出してしまった。向かって来る気配はない。大きさの割には憶病な生物のようだ。これ幸いと、怪鳥はその嘴で餌の頭を叩き割った。余り硬くはない。五度も六度も叩く必要はなかった。穿った穴に細長い下を突っ込み、中身を救いあげる。

 美味い。美味い。美味い。腐った肉の百倍美味い。怪鳥は貪る。貪る。貪る。

 周囲の警戒すら忘れ、怪鳥は脳漿を啜り、渇きと飢えを癒す。

 こんなに美味し物が世界にあったのか。その美味さに思わず顔を上げ、叫びを上げる。耳に纏わりつく様なねちっこい叫び声を。

 そんな産まれて初めて味わう『美味』と言う感情に酔いしれる怪鳥は、血で汚れる視界に近づいて来る餌の影をみつける。先程の二つの餌の片割れ、大きくて静かな獣の方だ。相変わらず敵意のような物は感じられず、ただ得物を狙う狩人の気配を漂わせている。

 もしかしたら、この餌が欲しいのだろうか? わからなくはない。例え同族であったとしても、この肉の美味さは味わいたくなるだろう。元々一羽で全て食べ切れる量ではない。少しくらいこの大きな餌に取られても問題はない。

 そう考えた矢先、大きな餌は前足を上げた。器用に木の枝のような物を握っている。一体、それで何をするのだろうか?

 きょとんと不思議そうに怪鳥は首を傾げる。

 餌はそんな怪鳥を見下して何事かを呟いた。


「あばよ」


 北沢誠は言葉など通じる筈もない落書きの様な鳥に別れの言葉を告げると同時に、振り上げた木刀を振り下ろした。もっとも『振り下ろした』と言うよりは『いつの間にか下げていた』と言った方が正確だろう。誠の剣速は常人の動体視力の限界を優に超える。それは例え、足元の敵を斬りつけると言う剣道には存在しない動作でも変わりはない。

 一番間近で見ていた創志すら追い付けない速度で木刀が振り下ろされると同時に、怪鳥の生理的な嫌悪感を催す首は間抜けな声と共にグラウンドへと落ち、それがくっ付いていた首の切断面が一瞬の静寂の後に思い出したように血液を噴き出し始めた。哺乳類のそれとは違う、青とも緑とも判断できない奇妙な色をした血液だった。

 誠は奇妙な笛の音を鳴らす噴水と化した怪鳥だった物を蹴り飛ばすと、身を屈めて木刀を突きだすように走りだす。巨体からは想像できない速度で次の怪鳥を間合いに納めると、踏み込みと同時に左平手片突きを放つ。木刀は躊躇なく怪鳥の左の羽根の付け根の辺りを貫き、誠はそれを見て腕力に任せて左手を振り抜いて蛇の様な身体を両断する。その切断面は穴あき包丁で切られたトマトが如く綺麗で瑞々しく、とてもではないが木刀が行った破壊の後とは思えないだろう。

 いや、例え刃物を使ったとしても、肉体を易々と両断することなど出来るわけがない。

「流石の僕も、アレは真似できない」

 バタフライナイフを怪鳥の背後から眼球に突き刺し、そのまま乱暴に中身を掻き混ぜる創志が感心したように三羽目を斬り伏せる誠の背中に呟く。あれは技術だとか、才能だとかそう言った領域の話しではない。

 しかし複雑な話しでもない。

 北沢誠は自分の意思でモノを『斬る』ことが出来た。

 それだけの話しだ。

 初めてその能力と言うか特異性に気が付いたのは、中学一年生の夏。中学体育連盟によって行われた剣道部の全国大会の決勝戦。最高に集中した誠が相手の面に竹刀を叩き込むと同時だ。冴え渡った誠の一閃は防具の革も金属も関係なく切り裂き、それに守られていた対戦相手の額をカチ割り、頭蓋骨に収まっていた脳髄を露わにさせたのだ。

 周囲が喧騒に包まれる中、誠は初めて斬り殺した少年を見下しながら、広がって行く血の海に自分の正体を見た気がした。何の罪悪感もなく人を斬り殺した少年は、そのことで自分が何者かを悟った。

 以降、その現象は誠の物となった。

 吐き気を催す道場の先輩の手首を斬り落とした後、その首を刎ねた。後輩を人質に取った外国人銀行強盗の頭をスイカの様に割った。逆上したその仲間も同じように殺した。その頃になると、豊夕大学の頭のおかしい教授に目を付けられ、金銭を受け取って様々な生物を実験と称して斬った。最初は鼠だった。次は何だっただろうか? 犬を斬ったこともあった、熊と闘ったこともある、ライオンですら敵ではなかった。

『斬る』と言う行為に置いて、誠は誰よりも上手くこなすことができる。それが全てだ。

 そしてこの奇妙な世界でも、見たことない生物が相手でも、その黄金律は不変だ。七羽いた怪鳥の半数を超える四羽が、その理不尽なルールの被害者となり、四人と四羽の死体を見下す誠の瞳には罪悪感や同情と言った他者を慈しむような感情は微塵も現れてはいない。雨が雲から落ちる様に、人が死ぬことや、誠が斬ることは自然の摂理であり、愚か者か暇人でもなければわざわざ感動しないのと同じだ。

 この現象に気が付いてから、誠はどうにも人に対する執着が薄くなってしまった気がする。どうせ少し棒切れを振るだけで死んでしまうのだ。そんな砂上の楼閣に一々労力を割けないと考えれば、当然か?

「おい。生きてるか? 創志」

 創志はその数少ない例外の一人だ。振りかえり、誠は名前を呼ぶ。怪鳥が空へと逃げて行くのが視界の隅に映った。何故だか、この軽薄そうな男だけは斬る姿がイメージできない。友人と言うよりも、そんな奇妙な存在を監視していると言えなくもない。

「ああ。でも、もう僕はやらない。ちょっと調子に乗ったみたいだ。僕と言う者が、僕らしくない。誠ちゃんに全部任せればよかった」

 怪鳥の身の毛もよだつ叫びも終わり、断末魔の叫びもなくなった。遠巻きに観察して来る不躾な外野の無言の圧力を少しだけ鬱陶しそうに睨み、創志は立ち上がる。なんとか一羽を殺すことに成功した創志だが、抵抗が激しく、バタフライナイフがぽっきりと怪鳥の頭の中で根元から折れてしまった為、非常に機嫌が悪そうだ。

 が、自慢のコレクションがおしゃかになったことを除けば、問題はなさそうだ。がっつりと鳥と組み合っていたので少し不安だったが、日本の学生服と言うのは随分と頑丈らしい。怪我らしい怪我を負ってはいない。不良少年漫画の主人公達が、学生服でアクションシーンに挑むのに不自然なことは何もないわけだ。

 往年の謎に答えを見つけ出した誠は木刀を振って付着したおぞましい色の血を振り飛ばす。厳密には木刀が物理的に接触して切断をしているわけではないので、血は簡単に落ちた。厳密にも何も、何故そんなことが出来るかは誠ですらわからないのだが。

 気が付けば、鬼が憑いていた。と、誠は哂って説明することが多い。

「さて。早速武道場に運ぶ死体が増えたな」

「なるべく早く、片付けた方が良いね。スカベンジャー共が寄って来る」

 死体の数は七つ。全員が女子生徒だ。男子生徒がいないのはどうしてだろうか? 体重が軽そうな者から狙われ結果? それともあの時外に出ていたのが女子だけだった? そんなことを頭の片隅で考えながら、誠は同級生女子の死体を慎重に一か所に集めた。創志は担架を取りに保健室を目指したが、最終的にはグラウンドの倉庫から一輪車を引っ張ってきた。当たり前だが、土を運ぶ為の物で、遊具ではない。

 一輪車が来るまでに変わり果てた少女の顔を少しでもマシにしてやろうと、彼女達の横で膝を折り、一人ずつ瞼を落とす。脳が半分以上喰われても人間の肉体はまだ活動ができるらしく、何人かは力なく瞼を持ち上げ、焦点の定まらない瞳で誠のことをじっと見つめた。

 虚ろな瞳が何を訴えているか、知る術はない。

 もしここが設備の整った現代日本の病院であるならば、適切な処置を施すことで彼女達の命だけは助けることが出来たかもしれない。脳味噌をショットガンで半分吹き飛ばされながらも、日常生活に戻った例も海外にはあったはずだ。死なない限り、生命は生き続けようと文字通りの必死さで足掻く。

 が、学校の保健室にそんな設備はない。骨折ならば接木を当てて石膏で固定することもできたし、裂傷ならば縫い合わせることもできた。しかし流石に頭蓋骨に穴が開き、中身を食われてしまった彼女達を救う術はない。

 残念ながら、彼女達の状態は死と同義だ。

 足元に並べられた哀れな姿の彼女達がこのまま生き恥を晒すのならば――介錯をするのが人と言うものだろう。

 誠は血を拭ったばかりの木刀を一人の少女の喉元に当てた。木刀越しに弱々しい彼女の呼吸が感じられる。それは余りにも細く、しかし生命のしぶとさも隠れている。

「気が付いたら生まれていて、理不尽に死んでいく。人生って言うのはままならねえな」

 弾力のある女の軟肌を、木刀の切っ先が切り裂く。

 生きた人間を斬るのは、約二年振りだった。






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