3 嫌われ王女、嫁ぐ
「私は嫌ですわ」
開口一番、お父様が顔をしかめるのも構わず、私言ってやりましたわ。
だって、本当に嫌だったんですもの。考えただけでイライラしますわ。
謁見の間は拒否いたしまして、王の執務室で私久しぶりにお父様と対面いたしましたの。
私、スカーレット・トリムルト第一王女の名にかけて、この婚姻は不適当であると断言できます。だからこうやって、嫌々地味で埃っぽくて床のザラザラした執務室に来てさし上げたのに。
「スカーレット様、王女である以上、婚姻とは政治によって左右されるものです。特異な理由もあちらに提示できない以上、貴方がいくら不平を言おうとも、これだけは変わりません」
宰相のアルヴィー様ったら、目も合わせずに言い放つんですもの。ひどくありません?
「……姫や、我らもなるべくお主の意向をくみ、譲歩してきたつもりだ。それでもやむを得ぬ事情があることも、お主はわかっているだろう、我が娘」
棒読みですわ、お父様。
なんて拙い言葉でしょう。乙女の一生が決まるというのに、まったく自由な爺どもですわ。
「私もどこかの誰かさんみたいに、市井に繰り出して勇者のおっかけでもしてみたらよいと?」
「……あれは彼の方に与えられた使命です。貴女が代わることはない」
首をふるアルヴィー様は、四十を越えていらっしゃるはずなのに、未だに美しいですわ。
海を越えて遠くから仕入れたメガネは青いフレームで、その淡い髪色にも、瞳にも合ってますの。
さすがですわ。総合的に見て美しいのですわ。よく見るとうっすらと目元、口元に皺がありますけれど、どれも知性がかいま見えるいい男ですの。それはもう、スマートな体を包む深い色のぴったりした正装もお似合いです。
ああ、目を合わせられないのが残念ですわ。
それに比べて、温厚なお父様のだれんとした体軀。宴でもやり過ぎたんですの、酒を飲み過ぎたんですの? うっすらクマだってできてますわ。
――まったく、このご時世に。
魔王軍が強くなって、山際の村にまで人語を理解する魔物が接触するようになった昨今、ついに勇者様が発見されましたの。
勇者様ったら、もうそれはそれは男前との噂ですわ。
オレンジ色の髪は太陽をうつしたようにキラキラで、夏の青空みたいに深くて澄んだ青い目をお持ちなんですって。ムッキムキということはなく、十八とワタクシと同い年のその体はぴっちぴちのギュッと引き締まっているとの噂が、この小さな国の私の元まで届いているのですもの。
魔王軍を打破するための強行軍は少人数でありながら、戦士、魔法使い、神官――すべてがもう、いい男で勇敢でそれぞれに魅力をお持ちとのことですわ。手こずっていた魔族を着実に倒し、魔王の城を発見して向かっているとのことで、私ひと安心。
まあその勇者の助太刀で妹が飛び出していったから、私にもいらぬ飛び火がきたのですけれど。
現在、勇者率いる少数精鋭で魔王の城を目指し、複数の国と名だたる冒険者達がその周囲を囲むように連合軍を組んでそれを助けています。
妹は聖女ですので、魔族によってできた穢をはらい、勇者に加護を与えることができますの。そう神官に知らされた途端、あのバカ娘は従者一人と共に勇者のもとに旅立ちましたのよ。
いいですこと、連合軍を結成する時にですら、パワーバランスに苦心してましたのよ。
国内外を問わず、聖女が旅に加わる利点を説いていたものもおりましたが、それが却下された理由は明白ですわ。あの子一人が勇者様一行に恩を売るようなことがあれば、小国が築いてきた信頼関係なんて、一発でシュ、の風前の灯火ですわ。勢いづいて隣国にでも侵攻する気ですの。そうですの。
結果、私が大国のもとに嫁ぐ、とは名ばかりの人質として赴くことになってしまいました。
私は今までの生活を生涯続ける気でしたのにっ。きいいい!
「あのいけ好かない王子に嫁ぐだなんて――まったく我慢がなりません」
「一時とはいえ、伴侶となる方にそのような言いようはおやめなさい」
あら、たしなめられてしまいました。
「うむ、こちらとて大国に足元を見られては困るからの。
こちらとしても、同等に渡り合うための手段なのだ。耐えてくれ、姫や」
「一時、ですわね。その言葉を私信じております」
とりあえず、と私は嫁入り道具のリストと、必要経費の申請書をお渡ししました。もちろん全てを認めていただける、宰相のアルヴィー様は素敵ですわ。「高……」と高貴な身に合わぬつぶやきは、聞かなかったことにいたしますわ空気兄。次男。