19 女子の化物茶会
「まあ」
「とても芳しいわ」
正妃、側妃、妾妃はそれぞれ、自席に置かれた焼き菓子を口に含み、歓声を上げました。色とりどりの淡い色が、ふわふわと動きます。
その中で、淡い茶色の髪の毛は、貴族には珍しく、肩にかかるくらいで切りそろえられています。赤茶の瞳は少し明るく、愛らしいその容姿に合った淡いピンクの唇が、つたなくに動きます。
「私の出身地は、高い山が直ぐそばに有りますの。谷の先にはシュルツの花が咲くと言われています。ですから、そこで採れるはちみつはとても芳醇で甘く香ります。濃密すぎてすぐ結晶してしまうくらい」
オルタ様はの言葉に、他の方々の口が動きます。それはまるで、餌をもらうためにさえずる、雛のよう。愛らしくて私、微笑んでしまいました。
「わたくし、一度冒険者に依頼したのですけれど、手に入れられなくて……その時の悲しさと言ったら」
「精霊に愛される儚い花ですものね」
シュルツの花は、険しい山々や谷にひっそりと咲くといいます。白く、気高いその花は、春夏秋冬、常に咲いているといいますが、摘んでしまえば一晩と保たないので、王族貴族にとっては幻の花なのです。
「シュルツの花……一度見たことがありますわ」
「さすがアルミナ様」
白く優雅なその花は、とても甘い蜜をもつといいますから、オルタ様の生家の養蜂産業は相当の価値をもつのでしょう。
私も一度、その花を見たことがあります。
悲しい記憶。
涙にぼやけて、その花はただ点を重ねたような印象しかありません。
そして次に現れるのは、あの子の涙に歪んだ顔。
私に頭を垂れ、許しを乞うために跪いて、よろよろと見上げた時に、胸が引き裂かれる思いだった。
だけれど、それに耐えなければ、私は生きていけなかった。
だから。
「人が触れば、すぐに枯れてしまいますから……毎回蜂たちが多く見つけてくれるのを領民達と祈りますし、最初に蜂箱を開ける時は、領主――私のお父様や、私も同席してその出来具合を確認いたします。――そして、そのままお祭りになるの」
夢見るようにオルタ様はうっとりとお話を続けます。宙を見つめるその目は、穢を知らぬ乙女のよう。
「そこで――私、クロヴィエ様とお会いいたしましたの……」
そう言って、優しくお腹を撫でる仕草に、母親特有の美しさが現れます。――そう、彼女は王子の子を妊娠しているのです。身重ですのに、お茶会にご出席されて、とても勤勉な方だと私、感心いたします。
「おやさしいクロヴィエ様」
「私は舞踏会で初めてお会いしただけで、そんな運命的な出会いではありませんわ――うらやましい」
そう他の方が扇を口に当ておっしゃると、オルタ様は叱られた子どものように俯いてしまわれました。
「あの、私」
「クロヴィエ様は、伴侶に愛をもつお優しい方。政のためと引き取られた方にも、存分に気遣われますわ。私たちに与えられる愛は平等です。慈悲深く誠実な旦那様ですわね」
ふふ、と閉じた唇から笑みが漏れます。
「いいえ、マルティナさまに向ける目には、信頼も含まれていますもの。庇護されるばかりの私たちとは違います」
「ええ」
「本当に」
マルティナ様の言葉に、皆が皆、肯定の言葉を重ねます。
「まあ」
そんなに良い旦那様なの。私の前では、いつも悪戯が失敗してすねている子どもにしか見えないわ。
私一言感嘆の声を上げると、周囲は一瞬のうちに言葉を失ってしまいました。
気を取り直すように、黄色い髪の方が声をあげました。
「そういえば、魔王討伐はどうなっているのでしょう」
「魔獣が大きくなっただけの蛮族であるにも関わらず、あの者たちは徒党を組んでいる様子。連合軍のも有りますけれど勇者さま達は着実に進んでおられる様子です。――特に勇者さまは、人以外に獣神からの加護を受けているとお聞きしております」
「わたくし、同じ一度武闘会で拝見いたしましてよ」
「まあ!」
「あら!」
「とても素敵な方でしたわ……鋭い眼差しが、勝ちを取った瞬間に少年のような笑顔になって」
「武闘会では、一撃で相手の方を倒されたとお聞きしたわ」
「ええ――さすが神の称号を得る方ですわ。
衝撃で相手の肩が、ぽんとワインの栓のように飛びましたの」
「どの試合をご覧になったの」
私も勇者様の試合には興味がありました。
ですが私が疑問を口にした瞬間に、またしん、と静まり返ってしまいました。
段々と、このお茶会の意味が分かってきました。
どうやら私の存在を無視しながら茶会を勧めたいようですわね。
ふふ、と私は笑みをこぼしてしまいました。あら、はしたない、と私は扇で笑みを隠します。
普段見ることのできない女の園の一幕を垣間見られると思えば、こんなに楽しいことはありません。
人を貶める方々の顔は、一様に醜く歪んで見える、ともうしますけれど、ここにいる方々の綺羅綺羅しいこと。
お母さんも似たようなことをおっしゃっていましたわ。
禁じ手を使う兵士の、その険しい表情ですら、美しく見える瞬間がある、と。
生きる、生き残る。そのことにおいて、人々はいつも以上に美しくなるものだと。
きっとこの、小さなお茶会の世界にあっても、そのような理が働いているのでしょう。
大国の王子に選ばれた美しい娘達ならばなおのこと、それは蝶のようであり、芳しい花々のようである、ということなのでしょう。




