友人の友人が殴られたらしい
昨日の学校の帰り道の話なんだけど。私の家がある住宅街の道を歩いていると、後ろから足音が聞こえてきたの。私結構あちこち寄り道をしながら帰るから、そこを通る時間にはいつも辺りが暗くて、だからこそ人気がなくて、余計に後ろの足音が気になっちゃって。
それでね、歩く速度をちょっと上げてみたの。そしたら私の足音はあたりまえだけどちょっと大きくなって……後ろの足音も、やっぱりちょっと大きくなった。
立ち止まってみたら後ろの足音もピタッと止まったから、勇気を出して言ってみたんだ。
「あの、すみません。私に何か御用ですか?」
……これで誰もいなかったら私って変な人に見えるかも?
ちょっと別の心配もしつつ返事を待ってみたんだけど、なかった。
私被害妄想激しいのかな。ってちょっと自分の精神が心配になり始めた時だった。
いきなりダダダダーってすっごい走ってくる音が聞こえてね。
あれ、私もしかしなくても今不審者に狙われてn
ゴッ……
振りかえった瞬間に硬いもので殴られたらしくて、目が覚めるとアスファルトにうつ伏せてた。
怪我? 不幸中の幸いって感じ。後ろ頭に大きいタンコブが出来上がってただけだったよ。
倒れた時にちらっとうちの学校のスカートが見えてたのが気になってる。
……この学校の女子の中に犯人がいるのかな?
✖✖✖
冬にしては随分暖かい日の昼休み。弁当をつつきながらハルの話を聞く。
私の唯一上辺だけじゃない付き合いの友人は随分大変な目に遭ったらしい。
「私じゃなくて私の友達のりっちゃんの話。」
「あ、そう。」
訂正。私の唯一の友人の唯一ではない友人は随分大変な目に遭ったらしい。
ハルは感情をたっぷり込めてさも自分が体験したかのように話してくれたが、微妙に遠い立ち位置のりっちゃんとかいう少女の話なので別段それ以上興味が湧くこともない。
とはいえ、ハルの何か悩んでいるような様子からして本題はこれからであると察しはついていた。
「で?」
何が訊きたいのかな。私が続きを促すと、ハルは怒ったような口調で言った。
「なんか変なんだよ、りっちゃん。普通帰り道いきなり殴られたなら警察に行くか親に相談するでしょ?」
「そだね。」
中々鋭いな、ハル。私は弁当をつつくのをやめてハルの顔を見た。眉間にしわを寄せて、怒った顔と不思議だなって思ってる顔が半々くらいでごっちゃになってる表情。かわいい子が憂いを帯びた表情をしていると美しくも見えて、思わずドキッとする。
「でもね、私が訊いてみたらりっちゃんは警察にも届けてないし、色々忙しそうだったから言えなかったって、親にも相談せずに学校に来てるみたいだったの。」
「ふぅん。」
「なんでなのかな、って思ってさ。私を一番に頼ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりなんか違う気がする。」
なるほどねぇ。つまりそのりっちゃんとやらはハルにだけそれを打ち明け、それに対してハルは高校生であり親の庇護下にある以上保護者である親か、殴られた時点で事件だから警察に相談すべきではなかったのかと、どうにも納得いってないらしい。
ハルらしい考え方だった。いまだに王子様云々とか平気で言ってるような、イタ……失敬、純真な子だけど、常識は持ってるし、友達想いで良い子なんだ。
私の頭にはある仮定が浮かんだ。
「ねぇ、ハル。そのりっちゃんってさ、年が離れた妹か弟いる?」
「……そういえば年の離れた弟がいるって言ってたよ。七歳違いだったかな。やんちゃ盛りで大変ってぼやいてた。」
やっぱり。私は一つ溜息をついた。
「ねぇ、ハル。明日そのりっちゃんも一緒にご飯食べようよ。私もそのりっちゃんを説得するのに協力しよう。」
✖✖✖
「冬樹! 連れてきたよー!!」
翌日の昼休み、ハルと共にやってきたのは不安げな顔をした美少女だった。ハルは大変可愛い顔をしているが、こちらは日本の美人といった感じだ。
「初めまして。桐崎冬樹です。よろしくね。」
「初めまして。北岡理乃です。こちらこそ。」
悪い子ではなさそうだった。ただ、常に迷子みたいな顔で、私はそれがちょっと不快だった。迷子なら迷子らしく、ピーピー泣いてそこらの大人に助けてもらえっての。気に食わない。
しかし、感情が表情に出るほうではない私。かすかな不快感など周りにはまったくもって伝わらなかった。いや、もしかしたらハルは分かってたのか。ちらっとこっちを見た。
やがて、三人で弁当を食べ始めた。
ハルが理乃としゃべるのに、ときどき私が参加する。そんなスタイルでしばらく話を続けた頃。
話もひと段落し、ちょうど弁当も食べ終わった私は箸を置きながら話を切り出した。
「さて、北岡さん。訊きたいことがあるんだけど。」
「……何ですか?」
「一昨日、誰かに殴られたんだって聞きました。大丈夫ですか?」
私の口から出た、次の言葉に、明らかに理乃の顔色が変わった。
今までの不安げな顔から、一気に真っ青な、何かを耐えた表情に。
彼女は傍目から見て一目瞭然なくらい動揺したのだ。
「貴女の心は、大丈夫なんですか?」
理乃は泣きだした。声を押し殺して、シクシクと。
あぁ、なんて面倒な。いくら見た目が綺麗な子でも、私は理乃を好きになれそうにない。
気遣いでも、感謝でも、何でもよかったに違いないのに。
理乃が選んだのは、友人を騙して得る『心配』。
『自分だけを見てほしい。』
そんな理由で殴られたなんて嘘をつく奴を、私は絶対に友人と呼ばない。
そんな奴が、私の友人の隣に立っているのが許せない。
ラストチャンス。彼女が、ハルの横に負い目なく立てるかどうか。
「北岡さん、自分で話せるね?」
理乃は泣きじゃくりながら何度も頷いた。
✖✖✖
「うちは古くから続いてる家だから、両親も祖父母も、ずっと男の子が欲しがってた。お前が男だったらよかったのにな」って、昔親戚の誰かが言ってたの。
小さいときの記憶って案外残ってるものでね、それを聞いてからずっと、家で私をちゃんと見てくれてる人なんて誰もいないと思ってた。今でも思ってる。
昔はあんまり特技もなかったから、私が小学校で初めてもらった賞状は虫歯ゼロのヤツ。お父さんはくだらないって、鼻で笑った。
でも、弟が縄とびで十回あやとびが出来ただけですごく褒めてたの。
私と弟には、生まれた時から差があったんだ。
愛情の差ってさ。ずるいよね、私にはどうしようもないんだから。
私もせめて同じくらいに見てもらえるようにって、中学校では死に物狂いで勉強を頑張って、一番も取った。だけど、弟のサッカーの大会での三位に敵わなかった。
だからね、高校でハルちゃんに出会って、どうしてもハルちゃんの中で、一瞬でもいいから一番になりたくなった。
……ホントは、机の下に落ちた消しゴム拾って頭を上げたら思いっきりぶつけただけなのに、ついあんなことを口走って後戻りできなくなったの。
嘘ついてごめんね。
✖✖✖
あまりにも幼い、自己中心的な考え方。
自己顕示欲から出た愚かな嘘。
ハルは、告白を終え、嗚咽を漏らしながら泣き続ける理乃をふわりと抱きしめた。
「泣き終わったら、机でぶつけてタンコブできたなんてダサいって一緒に笑お。」
ホントは、ハルも理乃が嘘をついていることに気付いてたんだと思う。
けれど、直接言ってしまえば今までの関係が何かが崩れてしまいそうで、嘘をつかれた怒りで何か言ってしまいそうで、それで冷静に理乃と会話するために私という仲介を立てたんだろう。
数日後、晴れやかな顔で笑いあうハルと理乃を見かけた。
そして私の机の上には、ありがとうございました、と書かれたメッセージカードと、コンビニで20円で売っているチョコレートが二つ。一つは私がいつも好んで買って食べている抹茶味、もうひとつは普通のミルク。
そういや今日バレンタインか。
ポケットにチョコキャラメルが二つ。
私はそれをハルと理乃に渡すため、二人を追った。