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瞼を開くとそこには見知らぬ天蓋があった。
あれ?
昨日は……。
あぁ、メリアーノ王国に到着したのだった。
でも風呂に入った後の記憶がな、い……?
慌てて起き上がり自分の服を見る。
服はきちんと夜着を着ており、おかしなところもない。
「お嬢様、おはようございます。」
昨日の夜ただ一人帰りを待っていてくれた侍女が軽く頭を下げた。
「もしや昨日の夜迷惑をかけたかえ……?」
「確かにお嬢様が夜着をお召しになるのを手伝わせていただきました。しかしお嬢様はご自分で立っておられました。ですのでわたしは少し手伝わせていただいたにすぎません。」
「そうであったか。迷惑をかけたのう。」
侍女に対して謝罪をすることが許されない身であるものの、できる中で最上級のわびをする。
すると侍女が目を見開いた後、柔らかく微笑んだ。
「いえ、問題ございませんよ。今後ももしものことがありましたら、微力ながら力になります。」
「助かるのう。ところでそなたの名はなんと申す?」
「わたしはニーアと申します。」
「ニーアじゃな? 覚えたぞえ。」
侍女に名を聞いたのは久しぶりであり、なんとなく照れくさい。
ニーアをおいて先に部屋から出た。
朝餉を終えた後、部屋にいてはクラウス様から逃げられないと思い、庭を散策する。
供としてニーアがついてきてくれたが、私もニーアもメリアーノ公国の城に来るのは初めてだ。
迷わないように道を確認しながら進んでいく。
「ここの花はルーディンスとは違うのう。ルーディンスはオーフェが名産じゃが、メリアーノ公国はなんであったかえ?」
「メリアーノ公国で有名な花はディールです。ただ、ディールは枯れる際に花がボトリと落ちるので好みか分かれる花だと聞いております。」
「なるほどのう。」
あたりを見ても知らない花が多くどれがディールか分からなかった。
しかし、そろそろ昼餉の時間となったため部屋に戻る。
部屋に着くと侍女から手紙が渡された。
開いてみるとクラウス様からの手紙であった。
『愛おしいリージュへ 』
冒頭を読んだ瞬間なぜか悪寒が走り、手紙を握りしめる。
しかし公爵家の方から頂いた手紙を読まないわけにはいかないため恐る恐る手紙を開く。
読み進めていくと朝から昼にかけて部屋にいなくて寂しい、会いたいという内容であった。
一緒にお茶をしないかという誘いがあったが、本日もパーティーがあるため行くことができない。
その事実に安堵し、紅茶を飲む。
乾いた口の中が潤ったところでニーアが心配そうにこちらを見ているのに気付いた。
「どうかしたかえ?」
「いえ、少々様子がおかしかったので何かよからぬことでも書いてあったのかと邪推してしまいました。申し訳ありません。」
「そうであったか。しかし心配することはないのう。昨日会ったばかりの方に…………。」
そこまで口にした後、手紙の内容を他者に言うのもどうかと思いなおし口を閉じた。
ニーアは変なところで黙ったことを気にするでもなく紅茶のお代りをいれてくれた。
申し訳ないとは思いつつも、なぜ自分が手紙の宛名の書き方に恐怖を抱いたのかわからない。
そういえば昨日の夜も怖かった。
クラウス様はただ笑っておられただけなのに。
一体なぜ……?
笑顔が怖いと思った事は初めてのため、なぜそう思ったのか分からない。
ただ、昨日初めて会った人宛ての手紙に愛おしいと書くのはおかしい。
クラウス様は伴侶を連れてくるようにおっしゃっていた公爵夫人の前に私を連れていった。
そして手紙には愛おしい?
愛おしいと書くということは、伴侶の意味はもしかして恋人とかそういう……?
まさか、そんな……。
確かに一番ピンとくる気はする。
しかし流石に初めて会ったその日に恋人とは言わないだろう。
となるとメリアーノ公国においてはこういった手紙の出し方が普通なのかもしれない。
聞いたこともないけれど。
とりあえずクラウス様からの手紙やクラウス様の行動はメリアーノ公国の文化もしくはクラウス様の人柄ということにして本日のパーティーの用意をする。
メリアーノ公国の正妻選びのパーティーは正妻が選ばれるまで毎日続く。
他国から来ている貴族や王族は予定ができてしまった場合、国へ帰る事も許されている。
このことを知った時、戦時中や政務に忙しい時はどうするのかと思ったが、恐らくそういった時期は避けるのだろう。
避けきれるものなのかは分からないが……。
そんなことを考えているうちにパーティーの準備が終わる。
今日のドレスは胸元と背中が昨日よりも大きく開いた薄紫色のドレスだ。
昨日より気合が入ってる?
なぜこうなったのか分らないけれど、ニーアの笑顔に見送られてパーティー会場へ入った。
昨日とは違い乾杯や開催者への挨拶がないため壁の方へ移動し、他の参加者を観察する。
さすが美男美女が揃うと謳われるだけあって会場には綺麗な顔立ちの人がそろっている。
優雅にダンスをする人たちを見ていると公爵が話しかけてきた。
「リージュ殿ですな? 今日は一段とお美しい。ドレスも大変見事だ。」
「嬉しいことを言ってくれるものじゃな、公爵。公爵も紺色の軍服が大変似合っていらっしゃるぞえ。話を変えてしまってすまぬが、昨日は見苦しいところをお見せしてしもうたのう。本当に申し訳なかった。」
「ありがとうございます。昨日見苦しいことなどありましたか? 最近どうも物忘れが激しくていけません。ところでリージュ様、本日は庭を散策なさっていたとか。クラウスが会えなくて寂しいと申しておりましたよ。」
「それはすまぬことをしたのう。明日にでも謝罪の手紙をしたためようかの。この国の侍女に渡せばクラウス様の元へとどけてくれるのかえ?」
先手必勝とばかりの謝罪であっが、不問にしてくれて良かった。
しかし微笑みを浮かべクラウス様について語る公爵には悪いがクラウス様に会いたくない。
公爵にもそれが伝わったようで公爵が情けない顔になった。
「ええ、侍女に渡してくだされば手紙がクラウスに届くでしょう。しかしリージュ様、クラウスは本当にあなたに会いたがっています。明日のパーティーには出なくてかまいません。どうかクラウスと会ってはいただけないでしょうか?」
「……そうじゃの、そうさせてもらうかのう。」
流石に公爵本人にここまで言われてしまえば断ることはできない。
クラウス様を避けている理由もなんとなく怖いからというだけで、他に理由もない。
そのため諦めて明日会うことを約束した。
その後もしばらくパーティーにはいたものの完全に壁の花状態になっており、ダンスを踊ることもなかった。
本日、次期公爵は何人かの女性と踊っていた。
その様子をぼんやりと眺めながら明日どうするかを考えた。